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【みんな生きている】古屋圭司編/NHK[全国]

2014-08-31 09:34:29 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!古屋大臣、「政府を挙げて、あらゆるシミュレーションをしている」》

古屋圭司拉致問題担当大臣は8月26日、栃木県宇都宮市で開かれた拉致問題の解決を目指す集会で、北朝鮮から拉致被害者等の調査結果の報告を受けた際に迅速に対応できるよう、各府省が連携して準備に万全を期す考えを示しました。
この中で、古屋拉致問題担当大臣は、北朝鮮が拉致被害者等を調査するために設置した「特別調査委員会」の調査結果について、「まだ一切、報告はきていない」と述べました。
そのうえで、古屋大臣は

「政府を挙げて、あらゆるシミュレーション、頭の体操をしている。『どういう場合にどういう対処をすべきか』ということを考えている」

と述べ、北朝鮮から、拉致被害者等の調査結果の報告を受けた際に迅速に対応できるよう、各府省が連携して準備に万全を期す考えを示しました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。

《特定失踪者・荒井セツさんについて》
◆氏名:荒井 セツ
(あらいせつ)
◆失踪年月日:昭和29(1954)年冬
◆生年月日:昭和11(1936)年1月12日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:156cm~158cm
◆当時の身分:住み込みの店員
◆当時の住所:東京都墨田区
◆栃木県宇都宮市出身
◆失踪場所:東京都台東区

【失踪状況】
宇都宮にいた知人の紹介で東京に行き、住み込みで働いていた。
冬に入った頃、夕方カーディガンを着て、下駄かサンダルを履いて外出したまま戻らず。
現金や身の回りのものは持ち出さずそのまま。
当時のお金で千円札1枚と小銭は残されていた。

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。

《特定失踪者・永島康浩さんについて》
◆氏名:永島 康浩
(ながしまやすひろ)
◆失踪年月日:平成14(2002)年4月30日
◆生年月日:昭和53(1978)年7月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:168cm
◆体重:67kg
◆当時の身分:准看護士
◆失踪場所:栃木県下都賀郡の自宅を出てから不明

【失踪状況】
平成14年4月29日、仕事場を変わりたいような話をしていて、夕方求人広告を見ていた様子。
家庭では看護師そのものをやめたいとは言っていない。
4月30日19時頃、本人が母に「レンタルビデオ屋にビデオを返してくるから夕食は帰ってから食べる」と言った。いつもと変わらない様子だった。
20時頃、隣の部屋で携帯電話の相手に「今すぐ行く」と言っていたのを父が聞く。明るい感じの声で話していた。
その後行方がわからなくなる。
数ヶ月後「康浩さんが病院に運び込まれた」との報があり、その病院と思われる番号に何度か電話するうち、繋がらなくなった。

《栃木県警公開特定失踪者・寺内正夫さんについて》
◆氏名:寺内 正夫
(てらうちまさお)
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:福岡県福岡市博多区
◆当時の職業:会社員
◆身長:160cm~165cm
◆体重:55㎏くらい

【失踪状況】
昭和28年3月13日、出張で訪れていた福岡市博多区の会社寮から行方不明となっています。
寺内さんは、幼少期を栃木県で過ごしました。

《栃木県警公開特定失踪者・武田紀子さんについて》
◆氏名:武田 紀子
(たけだのりこ)
◆当時の年齢:21歳(昭和42年当時)
◆当時の住所:栃木県足利市
◆新潟県上越市出身
◆当時の職業:家政婦
◆身長:155㎝くらい

【失踪状況】
昭和42年12月、栃木県足利駅でタクシーを降りた後、行方不明になっています。



【拉致事件、再調査の現状】
北朝鮮による拉致被害者らの調査に関する初回の報告を9月第2週以降に行う方向で日・朝両政府が調整していることが、8月21日分かった。日本側は報告の内容を精査の上、疑問点をただしたりするための調査団を北朝鮮に派遣する準備に入った。複数の政府関係者が明らかにした。
最初の調査報告をめぐっては、両政府は7月1日の北京での外務省局長級協議で、「夏の終わりから秋の初め」に行うことで合意した。岸田文雄外相は8月10日にミャンマーで非公式に協議した北朝鮮のリ・スヨン外相に着実な調査を要請。
前後して両政府が水面下で接触した結果、安倍晋三首相が9月3日に内閣改造、6~8日の日程でスリランカとバングラデシュを訪問した後に、局長級協議を改めて開いて報告を受けることになった。
日本政府が認定した未帰国の拉致被害者12人について、北朝鮮はこれまで「8人死亡・4人未入国」と説明してきた。
今回の調査は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記体制に代わってから初めて行われるもので、第1書記の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代に展開した主張を覆す形で新たな結果を示すかが焦点。また、拉致の疑いがある「特定失踪者」の安否情報をどの程度提示するかも注目される。
日本政府の調査団は、外務省を中心に拉致問題対策本部や警察庁などの担当者で構成される。
北朝鮮に一定期間滞在し、関係者への聴取や現地視察を行う方向だ。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】栃木県総合文化センター編/NHK[栃木]

2014-08-31 09:30:27 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!飯塚代表、「今年こそ結果を!」》

北朝鮮による拉致被害者等の最初の調査結果が9月にも伝えられる方向で調整が進むなか、拉致被害者の家族が栃木県宇都宮市で開かれた集会に出席し「政府は何としても今年中にいい結果を出してほしい」と訴えました。
拉致問題を巡っては、北朝鮮が7月、拉致被害者等の調査を行う委員会を設置し、最初の調査結果は9月の第2週以降に日本側に伝えられる方向で調整が続けられています。
8月26日の集会で、拉致被害者の家族会代表で田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんは

「妹は22歳で拉致され、残された2歳と1歳の子どもも38歳と37歳になりました。動かなかった拉致問題が前進するのではないかという期待もありますが、北朝鮮がどんな報告をするのか不安があるのも事実で、政府は何としても今年中にいい結果を出して頂きたい」

と話しました。
また、増元るみ子さんの弟の照明さんは

「普通に暮らしていた24歳の姉が、なぜ突然、拉致されなければならなかったのかと今でも思います。北朝鮮が今回の調査でまた嘘をつく可能性は否定できず、『誠意の無い回答や中途半端な報告をしたら許さない』という声を上げてほしい」

と求めました。
松木 薫さんの姉の斉藤文代さんは

「薫が目の前に帰って来た時に初めて泣こうと決めています。一刻も早く家族と会わせて頂きたい」

と訴えました。

◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(拉致被害時22歳)
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)

◆昭和55(1980)年6月中旬
辛光洙(シン・グァンス)事件
被害者:原 敕晁さん(拉致被害時43歳)
宮崎県内で発生。
本件については、北朝鮮工作員・辛光洙(シン・グァンス)が韓国当局に対し、原さん拉致を認める証言をしている。
捜査当局は辛光洙について、これまで原さんに成りかわった容疑で逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求してきたが、平成18年4月には、新たに拉致容疑の主犯として逮捕状が発付されている。
北朝鮮側は身柄の引渡しに応じていないどころか、同人を「英雄」として称えている。
また、捜査当局は原さん拉致容疑の共犯者である金吉旭(キム・キルウク)についても逮捕状の発付を得ており、国際手配を行うなどの所要の措置を講じている。
北朝鮮側は、原さんは1984(昭和59)年に田口八重子さんと結婚し、1986(昭和61)年に肝硬変で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

※「辛光洙は原 敕晁さんになりすますために、原さんについてのあらゆることを調べあげた。それこそ、チャーハンの作り方まで調べあげた」
(石高健次さん)

◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:増元るみ子さん(拉致被害時24歳)
被害者:市川修一さん(拉致被害時23歳)
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。



【拉致事件、再調査の現状】
北朝鮮による拉致被害者らの調査に関する初回の報告を9月第2週以降に行う方向で日・朝両政府が調整していることが、8月21日分かった。日本側は報告の内容を精査の上、疑問点をただしたりするための調査団を北朝鮮に派遣する準備に入った。複数の政府関係者が明らかにした。
最初の調査報告をめぐっては、両政府は7月1日の北京での外務省局長級協議で、「夏の終わりから秋の初め」に行うことで合意した。岸田文雄外相は8月10日にミャンマーで非公式に協議した北朝鮮のリ・スヨン外相に着実な調査を要請。
前後して両政府が水面下で接触した結果、安倍晋三首相が9月3日に内閣改造、6~8日の日程でスリランカとバングラデシュを訪問した後に、局長級協議を改めて開いて報告を受けることになった。
日本政府が認定した未帰国の拉致被害者12人について、北朝鮮はこれまで「8人死亡・4人未入国」と説明してきた。
今回の調査は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記体制に代わってから初めて行われるもので、第1書記の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代に展開した主張を覆す形で新たな結果を示すかが焦点。また、拉致の疑いがある「特定失踪者」の安否情報をどの程度提示するかも注目される。
日本政府の調査団は、外務省を中心に拉致問題対策本部や警察庁などの担当者で構成される。
北朝鮮に一定期間滞在し、関係者への聴取や現地視察を行う方向だ。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】栃木県特定失踪者編/NHK[栃木]

2014-08-31 09:26:36 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!栃木県の特定失踪者を救出しろ!》

栃木県警察本部によりますと、拉致された可能性が排除できないとされる人のうち、栃木県警が主体となって捜査している人は6人いるということです。
このうち、4人は家族等の意向で情報が非公開となっていますが、残りの2人については顔写真や行方不明時の状況をホームページで公開しています。
このうち、安西正博さんは小山市の出身で、平成8年4月、27歳の時に名古屋市の会社の寮を出たまま行方が分からなくなりました。
また、荒井セツさんは宇都宮市の出身で、18歳だった昭和29年12月、東京・台東区で行方が分からなくなりました。
8月26日に宇都宮市で開催された集会には安西さんと荒井さんの家族も出席し、司会者から紹介を受けると立ち上がって頭を下げ、拉致問題解決への支援を呼びかけていました。
安西さんの父親の茂雄さんは

「拉致被害者の家族は高齢化し、息子たちに会えないまま亡くなる人もいる。1分でも早く返してほしいし、息子には早く日本の土を踏ませてあげたい」

と話していました。
また、荒井さんの弟の俊雄さんは

「このような会が栃木県で開催されてよかったと思う。姉には早く帰ってきてほしい」

と話していました。
拉致の可能性が排除できないとされる人で、栃木県にゆかりのある人はこの他にも2人いて、警視庁などが捜査を進めています。
栃木県警は、幼少期を栃木県で過ごし昭和28年に福岡県で行方がわからなくなった寺内正夫さんと、新潟県の出身で昭和42年に足利市で目撃されたのを最後に行方がわからなくなった武田紀子さんについても顔写真等を公開して情報の提供を呼びかけています。

《特定失踪者・荒井セツさんについて》
◆氏名:荒井 セツ
(あらいせつ)
◆失踪年月日:昭和29(1954)年冬
◆生年月日:昭和11(1936)年1月12日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:156cm~158cm
◆当時の身分:住み込みの店員
◆当時の住所:東京都墨田区
◆栃木県宇都宮市出身
◆失踪場所:東京都台東区

【失踪状況】
宇都宮にいた知人の紹介で東京に行き、住み込みで働いていた。
冬に入った頃、夕方カーディガンを着て、下駄かサンダルを履いて外出したまま戻らず。
現金や身の回りのものは持ち出さずそのまま。
当時のお金で千円札1枚と小銭は残されていた。

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。

《特定失踪者・永島康浩さんについて》
◆氏名:永島 康浩
(ながしまやすひろ)
◆失踪年月日:平成14(2002)年4月30日
◆生年月日:昭和53(1978)年7月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:168cm
◆体重:67kg
◆当時の身分:准看護士
◆失踪場所:栃木県下都賀郡の自宅を出てから不明

【失踪状況】
平成14年4月29日、仕事場を変わりたいような話をしていて、夕方求人広告を見ていた様子。
家庭では看護師そのものをやめたいとは言っていない。
4月30日19時頃、本人が母に「レンタルビデオ屋にビデオを返してくるから夕食は帰ってから食べる」と言った。いつもと変わらない様子だった。
20時頃、隣の部屋で携帯電話の相手に「今すぐ行く」と言っていたのを父が聞く。明るい感じの声で話していた。
その後行方がわからなくなる。
数ヶ月後「康浩さんが病院に運び込まれた」との報があり、その病院と思われる番号に何度か電話するうち、繋がらなくなった。

《栃木県警公開特定失踪者・寺内正夫さんについて》
◆氏名:寺内 正夫
(てらうちまさお)
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:福岡県福岡市博多区
◆当時の職業:会社員
◆身長:160cm~165cm
◆体重:55㎏くらい

【失踪状況】
昭和28年3月13日、出張で訪れていた福岡市博多区の会社寮から行方不明となっています。
寺内さんは、幼少期を栃木県で過ごしました。

《栃木県警公開特定失踪者・武田紀子さんについて》
◆氏名:武田 紀子
(たけだのりこ)
◆当時の年齢:21歳(昭和42年当時)
◆当時の住所:栃木県足利市
◆新潟県上越市出身
◆当時の職業:家政婦
◆身長:155㎝くらい

【失踪状況】
昭和42年12月、栃木県足利駅でタクシーを降りた後、行方不明になっています。



【拉致事件、再調査の現状】
北朝鮮による拉致被害者らの調査に関する初回の報告を9月第2週以降に行う方向で日・朝両政府が調整していることが、8月21日分かった。日本側は報告の内容を精査の上、疑問点をただしたりするための調査団を北朝鮮に派遣する準備に入った。複数の政府関係者が明らかにした。
最初の調査報告をめぐっては、両政府は7月1日の北京での外務省局長級協議で、「夏の終わりから秋の初め」に行うことで合意した。岸田文雄外相は8月10日にミャンマーで非公式に協議した北朝鮮のリ・スヨン外相に着実な調査を要請。
前後して両政府が水面下で接触した結果、安倍晋三首相が9月3日に内閣改造、6~8日の日程でスリランカとバングラデシュを訪問した後に、局長級協議を改めて開いて報告を受けることになった。
日本政府が認定した未帰国の拉致被害者12人について、北朝鮮はこれまで「8人死亡・4人未入国」と説明してきた。
今回の調査は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記体制に代わってから初めて行われるもので、第1書記の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代に展開した主張を覆す形で新たな結果を示すかが焦点。また、拉致の疑いがある「特定失踪者」の安否情報をどの程度提示するかも注目される。
日本政府の調査団は、外務省を中心に拉致問題対策本部や警察庁などの担当者で構成される。
北朝鮮に一定期間滞在し、関係者への聴取や現地視察を行う方向だ。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】松木 薫さん/NHK[熊本]

2014-08-31 09:22:24 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!松木 薫さんを救出しろ!》

熊本市出身の拉致被害者・松木 薫さんの姉の斉藤文代さんは栃木県宇都宮市で開かれた集会に出席し、「一刻も早く家族と再会できるようにしてほしい」と訴えました。
8月26日に宇都宮市で開かれた集会には熊本市出身の拉致被害者・松木 薫さんの姉の斉藤文代さんたち拉致被害者の家族3人と古屋圭司拉致問題担当大臣が参加しました。
この中で、文代さんは今年1月に薫さんとの再会を果たせずに92歳で亡くなった母親のスナヨさんに触れ、

「母は生前、認知症を患いながら北朝鮮にいる弟を探しに1人で県内の海岸まで行ったこともあります。母のように再開を果たせないという悲しみを再び、起こさないでほしい。一刻も早く、家族とあわせて頂きたいです」

と訴えました。
また、この中で、文代さんは

「家族皆が年をとり、最近では『薫に会えないのでは』という弱音も出てきます」

と解決しない拉致問題に対する苦しみを訴えました。
講演のあと文代さんはNHKの取材に対し、

「家族の長い苦しみと、もう我慢できないという家族の訴えが伝わったのではないかと思います」

と話していました。
拉致問題を巡っては、北朝鮮が7月、拉致被害者等の調査を行う委員会を設置し、最初の調査結果は9月の第2週以降に日本側に伝えられる方向で調整が続けられています。

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

《特定失踪者・高松康晴さんについて》
◆氏名:高松 康晴
(たかまつやすはる)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年11月1日
◆生年月日:昭和16(1941)年3月23日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:165cmくらい
◆体重:50kg
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市材木座海岸

【失踪状況】
就職が決まり、東京の本社で辞令をもらって鎌倉の寮に入った。
その翌日の夕刻、他の同僚2人と材木座海岸の浜辺へ散歩に出て、3人で話をしているうち、高松さんひとり、そこを離れて行った。
その後、寮にも戻らず。
昭和36年12月『週刊読売』で、2週間前に失踪した他の男性とともに記事になっている。

《特定失踪者・西村三男さんについて》
◆氏名:西村 三男
(にしむらみつお)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年5月
◆生年月日:昭和37(1962)年5月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆身長:170cmくらい
◆血液型:O型
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:山口県山口市
◆熊本県出身
◆失踪場所:山口県山口市

【失踪状況】
ゴールデンウィーク後、実家の熊本から山口市にある会社に戻り、寮から工場へ移動中失踪。
原付免許も寮に置いたまま、住民票もそのまま。
失踪後6カ月程して無言電話あり。

《特定失踪者・藤山恭郎さんについて》
◆氏名:藤山 恭郎
(ふじやまやすろう)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年12月14日
◆生年月日:昭和35(1960)年1月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:大阪府大阪市
◆血液型:B型
◆当時の身分:大学中退直後
◆失踪場所:大坂府大阪市?

【失踪状況】
昭和57(1982)年12月14日、本人から実家に荷物と手紙が来てそれ以来、音信不通。
親子関係は良好だったが、昭和57年夏、帰省中に大学を中退したい、郵政省の試験を受けたいなどと話す。
昭和57年12月9日大学に中退届け。
失踪後約1年間、毎月15日前後に呼び鈴が2~3回なりすぐ切れる電話があった。
一度、父親が出ると声が聞き取れずにすぐに切れた。

《特定失踪者・稲田裕次郎さんについて》
◆氏名:稲田 裕次郎
(いなだゆうじろう)
◆失踪年月日:平成14(2002)年2月25日
◆生年月日:昭和56(1981)年4月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:162cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:熊本学園大学商学部経営学科2年
◆当時の住所:熊本県熊本市帯山
◆特徴:
1)髪の毛多い
2)水泳が得意
3)考え事をするときに耳を触る癖
4)ある程度パソコンの知識がある
5)関西弁で話すことがある
◆失踪場所:熊本県熊本市の自宅から

【失踪状況】
2月21日「高校水泳部の友人とたまたま会ったので一緒に食事をして帰る」との電話。
夜12時頃帰宅(後に確認したところ元水泳部の友人は誰も会っていないことが判明)。
25日朝9時半頃、自宅にいるのを父親が確認。
夜11時頃バイト先から「無断欠勤している」との電話がある。
本人の預金通帳は16日から25日の間に4回に分けてほとんど全額引き出していることが分かる。
大学で出席状況を調べると2001年5月頃からずっと欠席している。
学内のパソコン室はよく利用していたらしく、失踪当日午後6時頃パソコン室の利用カード返却の記録があった。
3月21日夜以来無言電話や不審な電話が何度かかかっている。

《熊本県警公開特定失踪者・濱野喬一さんについて》
◆氏名:濱野 喬一
(はまのきょういち)
◆行方不明当時の年齢:44歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市
◆当時の職業:調理師
◆身長:165㎝
◆特徴:痩せ型

【失踪状況】
昭和54年10月、熊本市内で兄に「福岡に行く」と言って別れたまま、以降音信不通となり、行方不明となっています。



【拉致事件、再調査の現状】
北朝鮮による拉致被害者らの調査に関する初回の報告を9月第2週以降に行う方向で日・朝両政府が調整していることが、8月21日分かった。日本側は報告の内容を精査の上、疑問点をただしたりするための調査団を北朝鮮に派遣する準備に入った。複数の政府関係者が明らかにした。
最初の調査報告をめぐっては、両政府は7月1日の北京での外務省局長級協議で、「夏の終わりから秋の初め」に行うことで合意した。岸田文雄外相は8月10日にミャンマーで非公式に協議した北朝鮮のリ・スヨン外相に着実な調査を要請。
前後して両政府が水面下で接触した結果、安倍晋三首相が9月3日に内閣改造、6~8日の日程でスリランカとバングラデシュを訪問した後に、局長級協議を改めて開いて報告を受けることになった。
日本政府が認定した未帰国の拉致被害者12人について、北朝鮮はこれまで「8人死亡・4人未入国」と説明してきた。
今回の調査は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記体制に代わってから初めて行われるもので、第1書記の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代に展開した主張を覆す形で新たな結果を示すかが焦点。また、拉致の疑いがある「特定失踪者」の安否情報をどの程度提示するかも注目される。
日本政府の調査団は、外務省を中心に拉致問題対策本部や警察庁などの担当者で構成される。
北朝鮮に一定期間滞在し、関係者への聴取や現地視察を行う方向だ。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】山本美保さん/JNN

2014-08-31 09:18:39 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!山本美保さんを救出しろ!》

30年前から行方不明になっている特定失踪者・山本美保さん。
10年前、遺体で見つかったとされましたが、多くの謎が浮上していて、北朝鮮に拉致された可能性もあるというのです。

仲睦まじく成人式の晴れ着を着る双子の姉妹。
しかし、半年後、2人は突然離ればなれになってしまいます。

Q.こちらは美保さんが住んでいた家?
「そうです、実家です。2階に部屋があって、2階の奥の方が私と美保の部屋」
(美保さんの双子の妹・森本美砂さん)

甲府市に住み、大学受験の勉強をしていた山本美保さん(当時20)。30年前、「図書館に行く」と言って原付バイクで家を出たまま、忽然と姿を消しました。
残された双子の妹・美砂さん(50歳)。行方を捜し続けています。

「黙って外泊する姉ではなかったので、どうしたんだろうね、どうしたんだろうねって」
(森本美砂さん)

原付バイクはJR甲府駅前で見つかりましたが、バッグはなぜか甲府市からおよそ200キロ離れた新潟県柏崎市の海岸で見つかりました。

「この状態で海岸にぬれてなく置いてありました」
(森本美砂さん)

バッグには、現金やキャッシュカードがそのまま残されていました。
その後、実家には不審な無言電話が、4年間にわたってかかってくるようになったと言います。

「向こうですすり泣く声が聞こえてくるんです」
(森本美砂さん)

不可解な失踪から18年後。
当時の北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が、日本人の拉致を認め謝罪。美砂さんは姉も北朝鮮に拉致されたのではないかと考え、特定失踪者問題調査会に届け出て、署名活動を行ってきました。また、北朝鮮で美保さんによく似た女性を見たと話す脱北者も現れました。
しかし、2004年3月、警察から突然の連絡がありました。美保さんの失踪から17日後、山形県遊佐町の海岸で発見された遺体が美保さんだと言うのです。死因は水死。自殺の可能性があり、DNA鑑定により特定できたとしていました。家族は、この結果に納得していません。

「DNA鑑定結果の発表の後にいろいろなものを見せられたときに、これ違う、これ違う、全然美保のものじゃない。美保の体形じゃないと」
(森本美砂さん)

身長では差がないように見えますが、座高は異なり、遺体は95センチ。一方、美保さんは87センチだったと言います。さらに、遺体の前歯には治療痕がありましたが、美保さんは前歯を治療したことはなかったと言います。また、遺体の衣服やネックレスは一緒に暮らす家族にとって見覚えがないものでした。
DNA鑑定の精度は、美保さんの鑑定が行われた10年前と比べて、現在は飛躍的に向上。4兆7000億人に1人の確率で人物を特定できます。
しかし…

「DNAも2度の鑑定で使ってしまってありませんと言われた。再鑑定できない状況」
(森本美砂さん)

警察は、DNA鑑定書も開示していません。不信感を募らせた家族は、おととし、「警察のDNA鑑定の結果は受け入れられない」として、日弁連に人権救済を申し立てました。
一方、警察は、なぜか美保さんを北朝鮮に拉致された可能性が排除できない失踪者のリストに入れています。
人権救済の申し立てについて日弁連は、来週にも判断を示す見通しです。

《特定失踪者・山本美保さんについて》
◆氏名:山本 美保
(やまもとみほ)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年6月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆身長:160cm
◆体重:51kg
◆当時の身分:大学受験生
◆当時の住所:山梨県甲府市
◆特徴:
1)左目の下に3針縫った跡
2)左手にしもやけの軽いケロイド
◆靴のサイズ:23.5cm
◆失踪場所:山梨県甲府市の自宅を出て以来消息不明

【失踪状況】
「図書館に行く」と言ってバイクで出かけたまま失踪。甲府駅前にバイクが置かれているのが発見された。
4日後、新潟県柏崎市荒浜海岸にセカンドバックが落ちていたとの連絡。
失踪半年後の11月6日から無言電話が4年半ほど続く。
無言電話はほとんど数秒で切れるものだったが、失踪から3年4ヶ月後と3年6ヶ月後の2回の電話は10分~15分ほど続き、相手はじっと聞いている様子だった。
3年6ヶ月後の電話はすすり泣くような声が聞かれた。
平成16年1月29日、山梨県警に告発状提出。



【拉致事件、再調査の現状】
北朝鮮による拉致被害者らの調査に関する初回の報告を9月第2週以降に行う方向で日・朝両政府が調整していることが、8月21日分かった。日本側は報告の内容を精査の上、疑問点をただしたりするための調査団を北朝鮮に派遣する準備に入った。複数の政府関係者が明らかにした。
最初の調査報告をめぐっては、両政府は7月1日の北京での外務省局長級協議で、「夏の終わりから秋の初め」に行うことで合意した。岸田文雄外相は8月10日にミャンマーで非公式に協議した北朝鮮のリ・スヨン外相に着実な調査を要請。
前後して両政府が水面下で接触した結果、安倍晋三首相が9月3日に内閣改造、6~8日の日程でスリランカとバングラデシュを訪問した後に、局長級協議を改めて開いて報告を受けることになった。
日本政府が認定した未帰国の拉致被害者12人について、北朝鮮はこれまで「8人死亡・4人未入国」と説明してきた。
今回の調査は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記体制に代わってから初めて行われるもので、第1書記の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代に展開した主張を覆す形で新たな結果を示すかが焦点。また、拉致の疑いがある「特定失踪者」の安否情報をどの程度提示するかも注目される。
日本政府の調査団は、外務省を中心に拉致問題対策本部や警察庁などの担当者で構成される。
北朝鮮に一定期間滞在し、関係者への聴取や現地視察を行う方向だ。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。