英国のロックスター、デビッド・ボウイ死去のニュースには愕然としました。まだ70歳にもなっていなかったですし。私は高校2年の時に級友のT君の影響で『ジギー・スターダスト』などのアルバムを知ったのですが、大学入学後にジョージ・オーウェルの『1984年』(上の写真です ハヤカワ文庫)を読んでから、デビッド・ボウイの『ダイアモンドの犬』をそれこそレコードやカセットテープが擦り切れるほど聞きました。反スターリン主義だのトロツキズムだのに、かぶれた私の感性と強烈な化学反応を起こしたようでした。
ジョージ・オーウェルは英国の作家で、『1984年』のほかにも『動物農場』や『カタロニア讃歌』などの反スターリン主義的な作品で知られています。オーウェルは1937年に内戦下のスペインに赴き義勇兵として人民戦線政府側でフランコのファシスト軍と戦います。そして戦闘で喉を撃ち抜かれて重傷を負っています。オーウェルのような外国人義勇兵は通常は国際旅団という部隊に参加するのですが、手違いでマルクス主義統一労働者党(POUM)の部隊に参加します。POUMはトロツキストの集団だったため、ソ連のスターリンの支援を受けた人民戦線与党のスペイン共産党の弾圧を受け数百人の死者を出します。このありさまを目撃したオーウェルはファシズムと同様にスターリン主義にも批判的になり、『動物農場』や『1984年』を世に送ることになります。
『1984年』は、全世界が米ソ中の3大国に分割され、全体主義化している暗澹たる未来を描いたディストピア小説です。テレスクリーンと呼ばれる双方向メディアが至る所に設置され、国民の言動や行動は逐一監視され、現状に疑問を持つ者も、いつか体制を愛するようになる世界です。私が十代の頃(1970年代)は1984年といえば、未来社会の象徴だったのですが、いつのまにか32年も昔のことになってしまいました。オーウェルは、『1984年』を執筆していた1948年の4と8をひっくり返して題名にしたという説がありますが、真偽は定かではないようです。
さてデビッド・ボウイは、1973年に『1984年』をミュージカル化するプランを立て、そのために「1984」、「Big Brother」、「We are the Dead」などの曲を作ります。しかし、たいへん残念なことにオーウェル未亡人のソニア・ブラウネルの許可が得られず実現しませんでした。これらの曲を収録したアルバムが『ダイアモンドの犬』(1974年)です。私はアルバイトで買った、その頃発売間もないウォークマンで、夜となく昼となくこのアルバムを聴いていました。ある日大学のラウンジで、ラジカセで大音量で「1984」を流して聞いている3~4人の集団を見つけて一緒に聞いていたこともあります(えらく傍迷惑な話ですが)。
ちなみに『1984年』は1984年に映画化されていて、英国のロックバンド、ユーリズミックスが映画音楽を担当しています(1950年代にも映画化されていてリメイクのようですが、こちらは残念ながら未見です)。
GPSやら監視カメラやらPOSシステムやらマイナンバーやらのICT化で、『1984年』の世界はそれほど手間をかけなくても実現できそうです。私が書いているfacebookなどのSNSだって監視用に使おうと思うえばいつでも簡単に使えるでしょう。しかしオーウェルが言いたかった主題は、これらのガジェットのリスクではなく、現状に疑問を持つ者が「いつか体制を愛するようになる」という人間の意識の陥穽についてだったと思います。