以前、このブログで私が中学から高校の頃に、海外短波放送の受信に凝っていた思い出を披露しました。
これです ⇒「モニタリング-BCL」 http://blog.goo.ne.jp/ss18m/e/3077b29f6e17760a84da7bda9e0ee903
当時は短波ラジオのスイッチを入れただけで勝手に受信できる位、強力な放送を行っていたのが、モスクワ放送(現「ロシアの声(VOR)」)と北京放送、北朝鮮の平壌中央放送でした。
大体この共産圏の3局は中波でも受信可能で、日本の局を聴取していると混信して割り込んできた位でした。ですからこの3局は割とよく聞いていたのです(イデオロギーとか無関係にです)。モスクワ放送は、今年は作家プーシキンの生誕何年とか、民話とか、バレエとかの文芸関係の話題が多く、政治宣伝のようなものは少なかったかったような記憶があります(単に記憶に残らなかっただけかもしれません)。
そのモスクワ放送の時代から現在まで40年にわたって日本語放送を運営されてきた、リップマン・レーヴィン氏が6日、逝去されました。享年88歳でした。「ロシアの声」によれば-レーヴィン氏は、1925年5月31日にベラルーシのホメリ州で生まれた。青年期は戦争を体験し、その後、モスクワ東洋学院を卒業、1959年にソ連国家テレビラジオに「お便り担当者」として入局した。レーヴィン氏は1967-2009年まで日本語課の課長を務め、ロシアからの日本語放送に大きな貢献を果たした。レーヴィン氏は卓越した言語能力を有しており、日本の書籍90冊以上を翻訳したほか、ソ連と日本の2カ国間協議を含めたハイレベル会談でも通訳として活躍した-とのことです。レーヴィン氏のご冥福をお祈りします。
ロシアの声の報道 ⇒ http://japanese.ruvr.ru/2013_03_10/107461807/ 写真は当時の受信器「スカイセンサー」です。