給食の最初の十分間、本校は「もぐもぐタイム」と名づけて、おしゃべりをせずに食事するきまりとなっている。ふだんなら、よく噛みながら、周囲の子の姿を見ながら、なんとなく過ごすのだが、今日はなぜか(たぶん午前中目まぐるしく動いたからか)変な一言が頭に浮かんだ。「三人寄れば、ジ・アルフィー」
数日前、ぼやーっと見たお笑い番組で登場した「風藤松原」というコンビのネタだ。ことわざシリーズのようだが妙に耳に残る。給食を口に運びながら、どうしてこれは面白いのか、とはてなモードになって考えた。まず大前提は、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざとTheAlfeeというグループを知っていること。
この組み合わせの妙はどこにあるのか。通常であれば「三人寄ればモン・・・・」か「三人寄れば・・・・チエ」あたりが妥当であろう。しかしこういう音韻的なダジャレではインパクトは弱い。「三人寄れば、もんじゃ焼き」「三人寄れば、ジャリンコちえ」…なんの脈絡もない。つまり必要なのは前の句との共通性。
まさしくアルフィーは三人組。その共通項を生かして取り合わせ、意外性を求めることになる。ふと浮かぶ別の三人組で作れば「三人寄れば、少年隊」「三人寄れば、てんぷくトリオ」…いずれも古い(笑)。アルフィーほどの面白みが出ない。そこに「The」の役割がある。「ザ」でなく「ジ」であることがまたいい。
「ジ」という音を挟むことによって生ずる一瞬の間、そこからアルフィーという音が展開される響きがいい。「三人寄る」という意味とそのグループのイメージがぴたり重なる感じだ。そしてとどめは、ことわざシリーズとして次に続く「雨降って、ジ・アルフィー」である。その「ジ」から「地」の連想性である。
そうやって発展してきたら「弘法も、ジ・アルフィー」はどうだろう。瞬間的に「字」と「筆」の連想をするのは、あまりにひねり過ぎか。では別に…「千里の道も、ジ・アルフィー」なんとなく語呂がよくないか。では…と「先生、何をにやにやしているんですか」と、向かいの席の子たちから変な顔をされる。
数日前、ぼやーっと見たお笑い番組で登場した「風藤松原」というコンビのネタだ。ことわざシリーズのようだが妙に耳に残る。給食を口に運びながら、どうしてこれは面白いのか、とはてなモードになって考えた。まず大前提は、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざとTheAlfeeというグループを知っていること。
この組み合わせの妙はどこにあるのか。通常であれば「三人寄ればモン・・・・」か「三人寄れば・・・・チエ」あたりが妥当であろう。しかしこういう音韻的なダジャレではインパクトは弱い。「三人寄れば、もんじゃ焼き」「三人寄れば、ジャリンコちえ」…なんの脈絡もない。つまり必要なのは前の句との共通性。
まさしくアルフィーは三人組。その共通項を生かして取り合わせ、意外性を求めることになる。ふと浮かぶ別の三人組で作れば「三人寄れば、少年隊」「三人寄れば、てんぷくトリオ」…いずれも古い(笑)。アルフィーほどの面白みが出ない。そこに「The」の役割がある。「ザ」でなく「ジ」であることがまたいい。
「ジ」という音を挟むことによって生ずる一瞬の間、そこからアルフィーという音が展開される響きがいい。「三人寄る」という意味とそのグループのイメージがぴたり重なる感じだ。そしてとどめは、ことわざシリーズとして次に続く「雨降って、ジ・アルフィー」である。その「ジ」から「地」の連想性である。
そうやって発展してきたら「弘法も、ジ・アルフィー」はどうだろう。瞬間的に「字」と「筆」の連想をするのは、あまりにひねり過ぎか。では別に…「千里の道も、ジ・アルフィー」なんとなく語呂がよくないか。では…と「先生、何をにやにやしているんですか」と、向かいの席の子たちから変な顔をされる。
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