すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

異説・ゼロの焦点

2017年10月08日 | 雑記帳
 「細かいことが気になってしまうのが、僕の悪い癖」by杉下右京…シーズン16開始を前に、右京さんとあえて(笑)似ている所を探してみたら、そういうところでした。で、今回気になってしまったのは、某政党代表K氏の出した「ゼロ」ということ。普通に「何もないこと」の意味には違いないが、本当にそれでいいの?



 日本国語大辞典では「ゼロ【零】①数字の一つ。0のこと。また、正でも負でもない実数。②何もないこと。また、無価値であること。③得点のないこと。零点」とある。改めて読むと面白い。この数学上の偉大な発見は言葉として「無価値」を含む。辞書系はほぼ似ているが「シソーラス(類語)」はさらに興味深い。


 区分が「無価値」の他に七つある。「最低」「無用」「微量」「最弱」「空(から)」「空疎」「裸一貫」…なるほどと思う。量がないことの他に、質が限りなく低い、そして起点、基点の役割を果たしている。松本清張の『ゼロの焦点』は何度も映画化されたが、どういう意味か改めて考えれば「起点」ということなのだろうか。


 それにしても公約として掲げられた「12のゼロ」。多くのことはそう願いたいが、レベル差が大きすぎる。また直接関わっている方々はどんな気持ちで聞いたのだろう。当然「じゃあ、都知事選の『7つのゼロ』はどうなったの」という反論、反感はあるわな。「ユウバリタンコウかよ!」というツッコミも出てくるわな。

 ①原発ゼロ②隠ぺいゼロ③企業団体献金ゼロ
 ④待機児童ゼロ⑤受動喫煙ゼロ⑥満員電車ゼロ
 ⑦ペット殺処分ゼロ⑧フードロスゼロ⑨ブラック企業ゼロ
 ⑩花粉症ゼロ⑪移動困難者ゼロ⑫電柱ゼロ


 これらをシソーラス的に言い換えて遊んでみる。「隠ぺい、最低!」「企業団体献金、無用!」「受動喫煙、微量?」…なかなかイケル。「満員電車、裸一貫」…これはシュールか。とにかく「ゼロ」と示すことは誰にでもできるわけだし、安易に使いたくない。この言葉遣いが、空になるか起点になるか、そこが焦点だ。

コメントを投稿