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心地よくさせる知恵を持つ

2007年08月29日 | 教育ノート
 「便利なものをどう使っていくか」「身の周りにあるよさをどう残すか」は大きなテーマだ。とかく流れに身を任せてしまいがちだが、どこかで踏みとどまらなければ…といつも考えているようなことを二学期最初の校報に書いてみた。

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 小学校高学年のとき、担任の先生がこんな言葉を教えてくださいました。
「心頭を滅却すれば火もまた涼し」…たぶん暑くてダラダラしている私たちに対してかけた一言だったのでしょう。
 当時は「なんだか難しい言葉だなあ」としか思わず、またそのような無念夢想の境地に達することなど到底できないわけですが、今になっても不思議と頭に残っています。この夏の暑いある日の午後に、ふと口をついて出たりしました。
               
 ずいぶんと暑い日が続き、猛暑日という用語が頻繁に使われました。熱中症などでお亡くなりになる方までいたことは本当に痛ましい限りです。これだけ暑いと文明の利器に頼ってしまうのは仕方のないことですが、暑さをしのぐために、あれこれと暮らし方を工夫することも大切ではないかと考えたりします。機械だけに頼る生活だけでは、ヒトの身体や知能はどうしても先細りしていくのではないでしょうか。
               
 ある研修会に参加したとき、一冊の本が目に留まりました。
『残しておきたいこの授業』(PHP研究所)
昔の尋常小学校や高等小学校の教科書から、貴重な資料がピックアップされています。その中に、次のような1項がありました。

夏日七快(なつびななかい)
  湯あみして髪を梳る 
  掃除して打水したる
  枕の紙を新たにしたる
  雨晴れて月の出でたる
  水を隔てて燈のうつる
  浅き流に魚の浮みたる
  月のさし入りたる

 大正時代の教科書にあるものです。夏の日を心地よいものとさせる七つの喜びを簡潔に記したものとあります。風呂に入って髪をとかすという自分の身なりだけでなく、打水や枕紙を取り替えるなどという過ごし方をしながら…自然に目を向けるといった意味あいになっているでしょう。
               
 その当時と自然環境、社会環境の違いは言うまでもないことですが、ここに表されている世界を全く否定してはならないと思います。「心頭滅却」は強い精神論と割り切ることはできます。しかしこの文章の世界には「知恵」があります。そして周囲の事物に感じる「情感」があります。
 今となっては姿の見えにくいものもありますが、自然豊かな我が郷土には目を凝らし耳を澄ませば、見えてくるもの、聞こえてくるものがまだまだたくさんありそうです。伝えられてきた日常や周囲の景色に心を向けるひとときを持ってみましょう。
(9/1予定)
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