すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

囲いを越えた心で生きる

2016年06月15日 | 読書
 『あん』(ドリアン助川  ポプラ文庫)



 旅のお供にとバッグに入れた文庫本。珍しく一気読みをしてしまった。中味もめくらず買い求めたのは、お気に入り作家の一人、ドリアン助川だったからだ。ぱっと題名の「あん」をみると、それは女の子の名前かと想像するが、二秒見たら予想が出てくる。少女が手にしているのは「どら焼き」。つまり「餡」である。


 もちろん、そこに象徴性がある。初めに身体・容姿に不自由さを抱えた老女が登場し、餡をうまくつくることで一定の方向が示されたとも言える。ただ、物語の背景は酷い困難さを抱えていることを知り、引き込まれてしまった。ぬぐい切れない差別感覚と、それがどんなふうに社会に波及していくか考えさせられた。


 キーワードの一つには「聞く」が挙げられる。毎日の生活、仕事や教育、様々な場面で「見る」が支配的な世の中であることに間違いない。しかし、そこで落とされる、気づけないことも多くあることを私達は経験的に知っている。「小豆の声を聞く」ことのできる老女は、自らの苦悩を背負ってその域にたどり着く。


 その言葉の真実は、老女の友人はこう語る。「聞こえると思って生きていればいつか聞こえるんじゃないかって。(中略)現実だけ見ていると死にたくなる。囲いを越えるためには、囲いを越えた心で生きるしかないんだって」…迫害、蔑視の中で生きる困難さが身近にはなくとも、必ず存在することは忘れてはいけない。


 具体的には、らい病つまりハンセン病。松本清張の『砂の器』が有名だが、ドラマなどの映像化では設定が変えられている作品もあり、そのこと自体が酷く深刻な現実を表しているとも言えよう。今年最高裁が謝罪したことも、この文庫つながりで知った。映画化は河瀬直美監督の手でなった。見るのが楽しみである。