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「事実」の幅の狭さ

2008年07月24日 | 雑記帳
 休日にたまたまつけたテレビで、再放送のドラマ『きらきらひかる』に見入ってしまった。
 なかなか魅力的なドラマである。いくつか理由はあるが、ここではさておき、
 監察医の一人、杉が語ることばが意味深い。

「生きている人は、嘘をつく」
 
 事件、事故における証言場面において語られる内容に、善悪の意図がなくても「人は嘘をつく」。
 先入観、思い込みにより、事実はそのままで伝えられることはきわめて少ない。
 しかし、死体は語らないからこそ、そのまま事実が残っているはずだ…という構えがこうしたドラマの芯にはなっているのだろう。

 ふと、そもそも「事実とは何か」などという思いが浮かぶ。
 自分の五感でとらえた目の前の現象の、ほんの一部でしかない。
 どこかを切り取って言葉にしてみたこと…切り取るという行為は選択であり、そこには必ず自分の意思が働いているだろう。従って、仮に何かを証言しなければならないとき、それはあくまで自分の位置で、限界ある能力でとらえたものに過ぎないことを、まずは知るべきだ。
 安易に「事実」と言い過ぎないか。人の口から語られる事実なんて、非常に幅の狭いものに過ぎない。

 と、また変な方向へ。

 『きらきらひかる』を見ている自分を切り取るか、見ているようでありながら違うことを考えている自分を切り取るか、その選択によって、また次の事実が方向づけられる。