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観客席で思ったこと ~200文字限定のスポーツコラム~
 



アジアカップ2011
2011年1月 カタール・ドーハ


■早くも2011年のベストゴール
延長後半4分、途中交代出場した李忠成の豪快華麗なボレーシュートが決勝点となり、日本代表がアジアカップ2011を制した。2011年は1月が終わったばかりだが、これ以上の劇的さが考えられない李の決勝ゴールは、2011年の日本サッカーのベストゴールに決まりである。
李の決勝ゴールのほかにも、この大会では、途中交代出場した選手の活躍が目立った。しかも、ただの活躍ではない。岡崎、伊野波、細貝、李は貴重すぎるゴールにからんだ。初戦の吉田の同点ゴールも忘れてはならない。
決定力不足と言われてきた日本を、ベンチの選手が救ったことになる。がまんづよく選手を起用し続ける傾向のあるザック監督のもとでは、ベンチの選手の出場機会は少なくなりがちである。そのなかで、少ないチャンスを活かした選手たちの心理には興味をそそられる。
一方、大会を通じて、選手起用がことごとくうまくいったザック監督だが、その背景には、槙野、松井、香川の負傷があった。とくに松井の怪我で、岡崎を先発で起用したことは、(松井には気の毒だが)日本にとって大きくプラスになったと思う。そういう意味では、ザック監督の起用には、運も味方していたと言えるのではないか。

■縁の下を支えたベテランの存在
新戦力の活躍が目立った大会だったが、それを支えていたのは南アフリカW杯に出場した面々だったことはまちがいない。
攻撃の起点となり大会MVPになった本田、一段とたくましくなったキャプテン長谷部、ベテランらしい落ち着きで試合のテンポをコントロールした遠藤、決勝戦のMVPとも言えるGK川島、全試合フルタイムで走りつづけた長友。個性がチーム力に昇華しているのが、南アフリカのときとの違いだろう。最終ラインをまとめた今野の存在も大きかった。
短い準備期間にもかかわらず、アジアの激闘を勝ち抜いたのだから当然のことなのだが、ベテランと新顔がうまく融合し、持っている力を十二分に発揮できた大会だった。

■ザック・ジャパンの行方
上々の船出となったザック・ジャパン。選手は、いったん各クラブにもどり、それぞれの目標に向かう。日本代表としては、親善試合と南米選手権をへて、今秋からのブラジルW杯アジア予選に臨むことになる。2013年にはコンフェデレーションズカップで、ブラジルW杯の予行練習。そして、2014年の本大会である。
日本代表の役割は、日本サッカーの頂点として世界にアピールし、一方で、国内の模範となり牽引することである。ひとつひとつの試合でその役割を果たしながら、W杯で好成績を残すこと。ブラジルまでの3年と4ヶ月、ザック・ジャパンには、それができるような気がする。
気が早いかもしれないが、南アフリカで掲げた目標が、現実味を帯びてきたようにさえ思う。日本サッカーの夢を広げるアジアカップ2011の戦いぶりだった。



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