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南米の旅#1~Houston~Sao Paulo(#271)

2007年11月13日 | Weblog


ナイヤガラの滝やビクトリアの滝と共に世界の三大瀑布と呼ばれるイグアスの滝、ユネスコが指定する世界遺産の一つである。


さーて、なぜ地球の真裏であるブラジルを選んだのか?


1.サッカーの聖地であるから

2.グレイシー柔術やシュートボクセがあるから

3.リオのカーニバルを見に行くため。

4.ヨーロッパや北米等は何度も行って飽き飽きしていたから…

5.サウダージな音楽が大好きだから。

6.コーヒーの本場だから。













どれも不正解である。

まず1のサッカーにはほとんど興味がない。

2の総合格闘技は大好きだが、そのために行くほど暇じゃあない。

3リオのカーニバルは3ヶ月以上先である。

4.海外旅行は7年前にN.Y.に一週間滞在したのみ、初心者同様である。

5.FUNK好きはあまりサウダージを好まない。

6.コーヒーはモルティブと決まっている。




なぜ???



今回の同行者、りりーは私の配偶者(そりゃあ新婚旅行だからあったり前か?)。海外はヨーロッパ、オーストラリア、東南アジアと豊富な経験を持ち英語も結構イケる。だからブラジル?いや、りりーが以前から行きたいと言っていたのはアフリカ、もしくは『マチュピチュ』(ペルー)であった。つまりブラジルを経由する事になったのは別の理由がある。


りりーの妹『あっきー』が今年7月から日系ブラジル人対象の日本語教師として派遣され、そのあっきーの赴任先はイグアスの滝と同じパラナ州にある『パラナバイ』と言う町であった。そこで持ち上がったのがイグアス経由のマチュピチュと言う南米ツアーであった。りりーがそんなツアーをネットで探して来た。決定して数日後、あっきーがネットオークションでノートPCを購入、なぜか我が家に送ったと言う...



これは暗に私に持って来いと言うことか?

はめられた~!そしてブラジルに向かう我々の荷物の三分の一はあっきーの荷物となったのであった。

しょうがねえなあ~、地球の裏側で単身、ろくに日本語の通じない町で頑張ってる義妹のためだ、と覚悟を決めたのは出発の数日前であった。

ブラジル、それもイグアスまでの距離だけでも凄いが、何しろ二回乗り換えがあるのである。成田→Houston~13時間、待ち9時間~Houston→Sao Paulo~9時間、待ち3時Sao Paulo→Foz Do Iguacu~3時間、目的地にたどり着くまでに何と計37時間かかった。おまけに13時間の時差、考えてみればあまりに贅沢な時間の使い方ではないか?


まずHouston経由の便はコンチネンタル航空、大手で機内は最新設備が揃っているがフライト・アテンダントがかなりベテラン揃い、国内線の対応と比較すると何とも大衆食堂のおばちゃん級対応と感じた。いやいや、別にサービスが悪いわけでは無いのである。

Houstonでの9時間の待ち時間では広ーい空港内でうろうろウィンドウショッピング~ここでは春の南米紫外線&赤外線対応用にキャップを購入した。さらにコンチネンタルのカスタマー・サービス・カウンターでサービスディナーのクーポン(一人8ドルぐらいだったかなあ)をもらって、フードコーナーに行って早速メキシカンのファスト・フードとビールをオーダーした。何とコロナには小瓶と大瓶があったのだ~、大瓶は日本では見た事が無い。(下の画像右がいつものコロナ)



何しろ9時間もあった上機内で寝る事が出来なかった(眠り姫りりーはバッチリ寝ていた)上に、サービスランチを取ってすっかり眠くなった私はガラ空きだったベンチを見つけて貴重品のバッグを枕にして仮眠を取った。

その後Sao Pauloに向かうフライトのため移動している時にこんな夕日が...
地球の裏側に近いHoustonにもこんな美しい夕焼けがあるんだなあ(下の画像)




そしてSao Paulo行きのフライト(コンチネンタル)に乗り込むと成田~Houstonの機種よりも一回り小さくて古い機種であった。
Sao Pauloに到着すると現地のガイド、マリアさん(日系人)が待っていた。意外にも日本語がかなり上手くって驚いた。他のツアー客は?と聞くといないと言う...
なんだよ~俺たちだけかい?Sao PauloからFoz Do Iguacuのチケットやイグアスの滝の入場券やボートの乗車券等のファイルを渡され、搭乗口を教えてもらい両替を済ませたらマリアさんとはお別れだ。

えっ?ツアーって聞いてたんだけど...

放置状態か?

何でもいいけどほとんど英語は通じないし、途方に暮れているところMcDonaldを発見!それも日本じゃ見た事が無いスウィーツ専門のカウンターである。もちろん通常のカウンターは奥の方にあったが、思わず携帯で写メ...





他の画像はデジカメだけど、これは極端に画像が悪い。


イグアスの滝の写真を期待していた人はホント申し訳ない!

話が長くなり過ぎたのである。

いやあ~、申し訳ないので予告編を三連発!









まじで凄いっす!これって滝?まるで洪水のようです。
年中洪水だよ~、そして周りはぜーんぶ滝なんですよ!

次回おたのしみに!

民営化と貯金箱(#261)

2007年10月04日 | Weblog
一昨日郵便物(音資料を送るため)を出しに行ったら、郵便局でこんな貯金箱をもらった。




そう言えば昨日は10月1日、郵政民営化がスタートしたのであった。

それにしてもこのデザインのセンスは郵便局そのもので今までと何ら変わりないよな~。 NTTは結構垢抜けたけど、このセンスいかにもJR的な感じかも?

でも電信電話局がNTTになったから郵便局はNPPとかに名称変更する日が来るのかな(爆)?

まあどちらにしろいい方向に進んでくれればいいけど...


むすびめ(#242)

2007年08月15日 | Weblog
先日レコーディングした『りとる。』の2ndシングル『むすびめ』が本日発売された。



先月のブログで紹介した『りとる。』は1st作である『りとるのたね』を路上LIVEのみで4ヶ月で1000枚を完売した。その『りとるのたね』は完全自主制作でデモ音源レベルであったが、今回はジャケットもありで本格的な作品になった。

何と試聴もできるので興味のある方は是非聞いてやって下さい(青いとこクリック)。もし気に入ったら500円と70'sのEPのような値段なので是非購入ください!
握手
忘れもの

何と発売記念路上LIVEを決行するらしい、もし見かけたら応援してやって下さい。小さくて見逃すかもしれないが...

「むすびめ」発売おめでとう路上ライブ☆


8月15日(水)

場所:川崎駅(ヨドバシカメラ前)「変更の場合あり」

時間:13時?最長18時まで(予定)


場所、時間の変更は、随時ブログで更新致しますので、チェックしてください☆

よろしくお願いします☆

りとる。

『りとる。の成長日記』

りとる。Recording (#238)

2007年07月18日 | Weblog
=== りとる。2nd Single Recording ===

本日私が講師として所属している恵比寿のA to no Recordsの生徒であり、昨年アーティストとしてCDを発売、1000枚を完売した『りとる。』のレコーディングに立ち会ってきた。

私はGospelクラス中心に担当しているので、あまりA to no Recordsのプロアーティストクラスの生徒は多く担当していない。その中でも最大の成長をみせた(身長は149cmのままだが...)愛弟子『りとる。』のレコーディングがあるとなれば顔を出さないわけにはいかない。



レコーディングは祐天寺にある『T's Studio』で14時からA toの社長自らのディレクションの元に行なわれた。私は遅れること2時間、到着するとカップリングの曲”忘れ物”のVocal録りがほぼ終わっており、パンチイン作業を行なっていた。『りとる。』は路上Liveで大きな成長を遂げた。全く無名のアーティストでたった一人で四ヶ月程で1000枚はかなり驚異的だ。ただしこのCDはデモ音源程度のクォリティーであったため、今回はやっと本格的なレコーディングになった。


『りとる。』の体調があまり良く無かったため声の調子も今ひとつであったが、さすがかなり歌い込んだ曲、無事2曲録り終えてあとはTD作業と言うところでスタジオを後にした。

まだ『りとる。』とは呼ばれていなかった頃、三年は前であろう、チビで全然冴えない子であった彼女はすでにアーティストの風格を持ち始めている、出来上がりが非常に楽しみである。発売日がハッキリしたらまたアップするので乞うご期待を!


りとる。、お疲れさま!




『T's Studio』のロビーにあった小さいながら自動演奏してくれるPianoを発見!なかなかいい音するもんだ。実はマッチ棒程の幅の鍵盤もちゃんと音が鳴るのだ。すげえ~!



訃報、石立鉄男さん死去(#220)

2007年06月02日 | Weblog

 ドラマ「パパと呼ばないで」などで活躍した俳優石立鉄男(いしだて・てつお=本名同じ)さんが1日午前11時、急性動脈瘤(りゅう)のため、静岡県熱海市内の病院で死去した。64歳。関係者などによると、同市内の自宅で数年前から同居している女性が部屋で寝ていた石立さんを起こそうと部屋に入ると、既に息をしていなかったという。すぐに病院に搬送され、死亡が確認された。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は長男大和(やまと)さん。

私にとっては『奥様は18歳』で出会い、『パパと呼ばないで』や『水もれ甲介』は毎週欠かさず見ていたドラマである。私の中で一番TVを見ていた時期でもあるので、石立鉄男さんの存在は本当に大きかった。アフロっぽいでかーい頭と独特の響きのある声、素っ頓狂な声で『チー坊!』と呼ぶ声は忘れる事は無いだろう。




石立鉄男(いしだててつお)
本名=石立鉄男
生年月日=1942年7月31日
出身地=神奈川県横須賀市
出身校=私立三浦高校
血液型=B型
身長=177cm
体重=79kg
趣味=陶芸、将棋、ゴルフ、錦鯉の飼育

経歴=
中学、高校時代はバスケットボール少年だった。その頃、石原裕次郎などが出てきてカッコよさに憧れる。高校卒業の1961年春、男兄弟ばかりで高校も男ばかり、女の子たちと一緒に何かやってみたいという理由から、落ちてもともとと冗談半分で俳優座養成所を受け13期生として入所。俳優座養成所の卒業公演の舞台に立ったとき、改めて新劇の面 白さ、奥深さを実感する。1964年、俳優座養成所を卒業して文学座研究生となり「花咲くチェリー」(1965)のトム役、水上勉が文学座の為に書いた処女戯曲「山襞」(1966)の鉄次役を熱演。それが評価され同年、文学座の座員となる。1970年、文学座を退団。
テレビデビューは「青年の樹」(1961年~1962年、TBS系)に脇役で出演したとされ、テレビ本格デビュー作は1963年3月にフジテレビで放映された「まごころ」で、1963年11月に放映された「夏」(芸術祭参加作品)が昭和38年度芸術祭奨励賞第一席に選ばれる。1970年、「おくさまは18歳」(大映テレビ室制作)で一躍人気スターとなる。その後、「パパと呼ばないで」、「水もれ甲介」、「雑居時代」(いずれもユニオン映画制作)などのホームドラマの主演をし、その人情味あふれるキャラクターで好評を得る。
劇場用映画においては銀幕デビュー作「血とダイヤモンド」(1964年、宝塚映画)、初主演作「殺人者」(1966年、大映)、その熱演で彼の代表作といわれる「愛の渇き」(1967年、日活)などテレビとは違った役どころを演じてみせた。
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ご冥福をお祈りします。

Flash Disc Ranchって?

2007年05月08日 | Weblog
GW最終日の6日、久々に下北沢に行ってまいりました。目的はもちろん『モルティブ』のコーヒー豆である。予定通り『フレンチ・ロースト・ブレンド』を200g購入。

まあここまで来てすぐ帰るのももったいないので多少ブラブラする事に...
と言っても私がブラブラすると言えばレコード屋、CD屋に行く事ぐらいである。

ディスクユニオンあたりがやる廃盤セール等には全く興味がない私は、20年近く前に見つけてから唯一通ったアナログレコード店が下北沢『Flash Disc Ranch』だ。


なぜか?野暮な事聞くでない!
そりゃ他と比較しても単純に激安だからだ。


私がここに向かう時は何かが欲しいとか明確な目的を持たずに行く。まあ帰るときは少なくとも2~3枚は脇にかかえて店を出るのであるが...



お約束でSoul/FUNK3枚2000円のコーナーに捕まる。ここで『は!』と気がつく。特に欲しい物が無いと言うよりはあり過ぎて特定できない、見つけたら買う!という事であった。そこでLP裏のクレジットを見て新発見する事も多々ある。最近はインターネットでかなりの量の情報、10年前じゃあ有り得ない程の知識が得られる。しかし、CDが主流になってから細かいクレジットが外から見ることが出来ないため、新発見はホントに減ってしまった。悲しい...

そこで新発見、

普段あんまりBlues等聞かず、B.B.のレコードを見ても素通りするだけであるが、たまたま裏ジャケ Check!



ありゃま!B.B. KINGPhilly録音である。'73年ABC Record

裏から登場させてしまった!ごめんごめん、表はこんな感じ
      ↓


なんとタイトル曲はTo Know You Is To Love You~Stevie Wonder作 この曲ではStevieがkeyb.で参加していると言う豪華版!

クレジットを接写してみた。今時のデジカメの性能は凄いなあ!
     ↓


Staplesのナンバー『Respect Yourself』をカバーしている。おやおやまた新発見、この曲は残念ながら先日亡くなったLuther IngramとMack Riceの共作だったんだ...
そうそう、(If Loving You Is Wong)I Don't Want To Be Right
のヒットで知られるLuther、聞いた事が無い方は是非彼のDeepな歌声を聴いてみて下さい。

Greatest HitsGreatest HitsLuther Ingram Malaco 2000-09-26Amazonで詳しく見る by G-Tools



バックのミュージシャンはPhillyのおなじみのメンバー、Earl Young(drs.) Ronnie Baker(bass) Norman Harris/Ronald Chambers/ Eli Tartasky(Bobby Eli?)/ B.B. King(Guitar) Vince Montana(Vibes)...  等

HornにMemphis Hornsが参加している。彼らが参加する事で完全にPhillyの音にならず、南部の香りがしてくるあたりその個性たるや凄い!

Produce, Arrange, をしているDave Crawfordはよく知らないが、Keyb.とB.Voでも参加している。

うーん、改めて、アナログレコードは深いねえ!



先程『Flash Disc Ranch』をGoogleってみたら、ありゃ?



フラッシュ・ディスク・ランチ製のCDソフトケース?

何じゃそりゃ?


ほとんど店頭にはLPばかりしか置いていないのにCDケースかよ?



でもきっとみんな見たことあるよね?こんな奴だ
        ↓


でも多分これで『Flash Disc Ranch』が長い間健在だったのかもね?


私はこのソフトケース、あまり好きじゃないので使用してない。



ああ~、残りの2枚もまとめて紹介したかったが、長くなったので次回に回そうっと。


それでは皆さん


乞うご期待!

小樽 (#205)

2007年04月26日 | Weblog
私の実家は北海道は小樽にあってつい先日、21日~24日まで滞在してきた。

小樽の桜はまだで、花見はちょうどゴールデン・ウイークの後という感じだそうだ。こちらとはまるで一ヶ月以上遅いのである。実は数日前まで結構雪が残っていたそうだ。しかしこのところの陽気で到着した日は山には結構雪が残っているものの、道ばたには時折泥まみれの雪を見かける程度であった。(写真下は真冬の小樽築港駅)



私は小樽に住んだ事は無い。20数年前、まだ私が札幌在住である大学生の頃に親が小樽に家を建てたのだ。当時父が小樽の中学校で校長を勤めていた事、母が小樽育ちであった事もあって永住を決めたようだ。だから私は小樽の事はあまり知らない。実家に帰るとプチ観光気分を味わえる。

田舎はいいね~、家は望洋台という高台にあって景色が非常に良い。


実家の最寄り駅(歩くと30分以上あるが...)である小樽築港には有名な『石原裕次郎記念館』がある。(写真上)

駅側には巨大ショッピングセンターとして1999年マイカル小樽としてオープンするがマイカルグループの経営破綻により、2002年にウイングベイ小樽と改称、ボスフール ? アウトレットタウンWALL ? ワーナー・マイカル・シネマズ小樽 ? ヒルトン等の施設がある。当時は毎年のようには帰っていなかったのだが、久々に帰郷したら出来ていて驚いたものだが、正直言ってこんなもん作って大丈夫?と思ったが、やはり閑散としている。小樽市は市の規模こそ違えど『夕張市』に匹敵するほどの借金があるらしい。

JR函館線が通っているが、新千歳空港まで直通のエアポート快速列車が止まるので非常に便利だ。小樽~札幌間、特に朝里から銭函の間は海岸線に沿って走るためなかなか景色が良い。波が高い日は列車に海水がかかりそうな距離を走る。上の画像は携帯で撮ったものでよく見ないとわからないが、海の向こう側に石狩湾を挟んで石狩当別が見えるが、白く見えるのがそれ。石狩当別は札幌の北側である。かなり天気が良く無いと見えないらしい。
朝里~銭函間にある張碓と言う以前無人駅だったところに、へんちくりんな孤島があっていつも気になっていたが、どうやら恵比須島と言うらしい。(画像下)



石狩当別、恵比須島の写真は電車(現地では汽車)で移動中撮ったものである。


改めて、田舎は素晴らしいねえ!

訃報、植木等さん死去 (#195)

2007年03月28日 | Weblog
また偉大な昭和のエンターテイナーが逝った。
クレイジーキャッツ、映画で大活躍した『植木等』さんである。

『スーダラ節』等で世のサラリーマンに勇気を与えた、史上最高の無責任男を演じた昭和を代表するエンターテイナーであった。



『小松の親分』として親しまれた小松政夫さんは植木さんの付き人兼運転手からタレントの転身したらしいが、おもしろいエピソードがWikipediaに載っていた。

以下Wikipediaから
{植木等の代表的なギャグである「お呼びでない」が生まれるきっかけを作ったのも小松政夫である。
植木等の付き人時代、植木が出演していた生放送の『シャボン玉ホリデー』でのショートコントの最中、勘違いして出番前ではないのに「出番です」と植木に言ってしまい、植木がつい舞台に出てしまった。当然周囲は植木の登場に唖然としたが、その瞬間に植木は機転を利かせて「お呼びでない・・・こりゃまた失礼致しました」とアドリブを放った。傍で見ていたプロデューサーは大爆笑し、以後、毎回のように使われるようになった。}
植木等さん:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E6%9C%A8%E7%AD%89
小松政夫さん:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E6%94%BF%E5%A4%AB

昨年の10月に私の旧友『Momo-j』氏がスーパーバイザー、アレンジャーとして参加した『Crazy Mix』というCrazy Catsの作品をリ・ミックスしたアルバムが発表された矢先だったので全く驚いた。

そのMomo-jさんが立ち上げたレーベルのH.P.が出来た。私もアーティスト『hidejee』として紹介されている。
         ↓
Far East Peach http://www.fareastpeach.com/

CRAZY MIX

CRAZY MIXCRAZY MIXクレイジーキャッツ Sony Music Direct 2006-10-25売り上げランキング : 175337Amazonで詳しく見る by G-Tools

スーパーコミックバンド、“クレイジーキャッツ”のヒット曲を今最も人気のDJ、ミキサー達がハラホロに面白格好良くMIXした、全9曲収録のアルバム。販売価格2,520円(税込)。

私はドリフ世代ではありますが、何とも寂しい限りです...

ご冥福をお祈りします

うわさのPASMOデビュー! (#189)

2007年03月19日 | Weblog
うわさのPASMOがついにデビューした!

首都圏のほとんどの鉄道やバスで利用できる共通ICカード乗車券「PASMO(パスモ)」のサービスが18日始まった。
「Suica(スイカ)」と相互利用できるってんだからこれは使えるぞ!





実は私はまだPASMOをGetしていないのだが、同居人(来月入籍予定)がGet!
しかし今日使用して早速トラブったと言う。東急東横線日吉駅から渋谷までの定期券を持っていて、東急田園都市線用賀駅に用事があったので、用賀駅で下車、併用しようとするが『?』いったいどう言う順序でタッチ、Throughすればいいのだろう?ってなわけで試したところ『ピンポーン!』、駅員に聞いてもよく分からず結局PASMOは使用できなかった!!!


この写真はこの記事とは直接関係ありません


どうやら私鉄、地下鉄、JRの定期をPASMOに登録して一枚のカードにして使用するものらしい。つまり一度設定してしまえば半永久的に一枚で使用できるが、初期設定が必要なのだ。これはしばらくトラブルの原因になりそうだ。若者はまだいいがなにぶん頭の固い中高年にとっては理解するのに結構時間がかかりそうだ。


☆パスモはICチップを組み込んだカードで、あらかじめ1000~2万円を入金し、自動改札機にかざすと運賃が差し引かれて乗り降りが出来る。駅構内の商業施設などで電子マネーとしても使える。

☆オートチャージサービスの流れ
オートチャージサービス機能付きの「PASMO」なら、改札機にタッチするだけで自動的にチャージされます。 現金を用意したり、券売機の列に並んだり・・・そんな手間いらずで、いつでも便利にご利用できます。PASMOオートチャージサービスのご利用には、オートチャージサービス機能付きの「PASMO」と、指定されたご利用代金お支払い用の「クレジットカード」が必要です。

中年世代の私にとってなんだかよく分からないのだが、これはかなり画期的なカードだぞ~!SUICAはかなり便利だったけど、PASMOならオートチャージでクレジットカードのポイントもたまってお買い物も安く提供される!

今年ちょっとは景気回復のきざしありみたいだが、台風の目になるのかあああ?




世の中どんどん便利になって行くな~あ! 
PASMOバンザーイ?



鈴木ヒロミツさん死去

2007年03月15日 | Weblog
最近昭和時代に一時代を築いた俳優さんやミュージシャンの訃報があいつでいるが、3月24日、元グループサウンズの『モップス』のボーカル、その後俳優として活躍した鈴木ヒロミツさんが肝細胞ガンで亡くなった。60歳であった。

『モップス』は当時流行ったヒッピールック、サイケなサウンドであった。GS末期には「たどりついたらいつも雨ふり」、「月光仮面」、「気らくにいこう」などのヒット曲も出している。

1974年にバンド解散後ソロ活動(でも、何かが違う/他)の傍ら俳優活動(夜明けの刑事/新夜明けの刑事/明日の刑事/他)を続けるが、後に俳優業一本にになり、最近までTVドラマに出演していた。
特に歌が上手い訳でもなく太めだったルックスは、当時のGSのキャラクターの中では親近感を覚える珍しいタイプだった。そのルックスからドラマでは人情派の役がほとんどだった。




余談であるが『モップス』のメンバーであった星勝さん(Guitar/Vo.)はバンド解散後プロデューサー、アレンジャーとして70年代後半~80年代に大活躍、小椋佳 、井上陽水、来生たかお、RCサクセション、安全地帯、上田正樹、浜田省吾、中島みゆき、薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』をアレンジしている。

60歳はあまりにも若過ぎるし、ホントにいい味を出していた心に残る俳優さんであり、シンガーでありました。ご冥福をお祈りします。