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 本は私の人生の友・・・

『望 み』

2016年12月26日 | 


著者 雫井脩介

なに不自由なく暮らす4人家族に突然降り掛かってきた不幸。
長男が高校生になって初めての夏休みから無断外泊を度々するようになり、
そんな夏休みが明けた9月のある週末、2日経っても家に帰って来ず、連絡すら途絶えてしまった。
心配していた矢先、長男の友人が殺害されたニュースを見て、両親は胸騒ぎを覚える。
行方不明は3人。そのうち犯人だと見られる逃走中の少年は2人。
息子は犯人なのか、それとも もう1人の被害者なのか。
息子の無実を望む父親と、犯人であっても生きていて欲しいと望む母親。
相反する父と母の望み・・・。

>被害者側だけじゃなく、私は加害者も加害者家族も、みんな恐ろしく不幸なんだと思います。

人生、いつ何が起こるか分かりません。
犯罪に巻き込まれることだって皆無だという保証はありません。
事故や自然災害に巻き込まれる可能性もあります。
ですから他人事でなく、胸を痛めながら読みました。
不安に揺れ動く両親の心理描写は読みごたえがあり、一気に読んでしまいました。

『困難な結婚』

2016年12月23日 | 


著者 内田 樹

この本は、こちらにコメントをくださっているPokeさんのブログで知りました。
興味を持ち、すぐに読みたくて購入して読みました。
私達夫婦は結婚して40年以上になります。
夫は基本的に優しい人ですが、年老いたからか持論を強調して言うように感じます。
もっと柔らかい口調で言ったらいいのにとも思いますが、
言ってることは私に向けてではなく政治的なことだったりなので、
そういうときは聞き流したり、ちょっと用事を思い出したフリをして席を外します。
これからも続けていく結婚生活の参考に沢山の文章を抜粋させていただきましたが、
最後に抜粋させていただいた文章は、まさに夫に対する私の気持ちです・・・。


>結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」です。
結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。
結婚は「病気ベース・貧乏ベース」で考えるものです。

>配偶者との関係を穏やかで健全な状態に保とうと思ったら、
まず「自分はどうすれば機嫌がよくなるのか?」について考える。
この場合、配偶者のことは忘れてください。
配偶者がどうあれば私は上機嫌になるのか、というふうに問題を立ててはいけません。
配偶者のことは脇において、自分はそれ以外のどういう条件が
クリアーされると機嫌がよくなるか、それを考える。
そして、それが実現するように こつこつ努力して、「心ない一言」で
「コップから水があふれる」ような危険な水域に自分を持ってゆかないことです。

>自分自身の人生が楽しいと、倦怠期は起きても、それほど致命的なものにはなりません。
「倦怠している」人たちというのは、ある種の自己倦怠を病んでいるからです。
自分で自分自身のありように うんざりしている。
そして、その倦怠を自分の周囲の人間関係全体に拡大している。
自分自身が日々新しい発見にわくわくしながら暮らしていたら、
選択的に配偶者についてだけ「倦怠する」ということにはなりません。

>ある年齢を過ぎた人間に「人生観を変えろ」と言うのは無意味なことです。
言ってもいいけれど、問題をこじらせるだけです。
あなたに対して よけい頑(かたく)なに攻撃的になるだけです。
だから、逃げる。
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大塚国際美術館

2016年12月21日 | Weblog
徳島県鳴門市にある「大塚国際美術館」に1度 行きたいと思っていましたので、
暮れの慌ただしい時、「おひとり参加・女性限定ツアー」1泊旅に行って来ました。
大塚国際美術館は世界初の陶板名画美術館で、世界25ケ国、
190余の美術館が所蔵する至宝1000余点を原寸大で常設展示しており、
古代遺跡や教会などの壁画を環境空間ごと、そのまま再現した立体展示が体感できます。
システィーナ礼拝堂を模した天井壁画は荘厳で素晴らしかったです・・・
 

館内スタッフさんの解説では、著作権料の支払いだけでも膨大な金額だそうですが、
陶板は退色劣化を免れ、後世に残せて歴史的にも貢献できるのでは。
そばで観ていても実物の絵画そのものを観ているようでした。
ピカソの息子さんは美術館の趣旨に好意的で、「ゲルニカ」などが展示されていました・・・


大好きなフェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」も展示されており、
同じ方法で作られたミニチュアを購入してきましたよ・・・


モネの「大睡蓮」は庭に展示されていましたが、陶板だから出来ることですね・・・


美術館内のレストランでは「最後の晩餐」と名付けられたランチをいただきました・・・

『デトロイト美術館の奇跡』

2016年12月16日 | 


著者 原田マハ

デトロイト市の財政破綻により、デトロイト美術館のコレクションが売却されてしまうかもしれない・・・
珠玉ともいえる収蔵作品の数々は、デトロイト市が抱えた負債を返す手段として最も現金化しやすい財産だったからです。
堂々たる美術コレクションを築き、それを美術館に寄贈する財界人。
貧しいながらも、夫とともに美術館で過ごす時間にささやかな幸福を感じる女性。
ある肖像画に導かれるようにして郷里を離れ、その美術館で働くキュレーター。
登場する様々なキャラクターがどれもいきいきと魅力的で、その美術館がある街での暮らしを、
そして何よりデトロイト美術館を愛しんでいます。
自動車工場で長年働いてきた生粋のデトロイターであるフレッドと、亡き妻のジェシカ。
お気に入りのアートを友達と呼び、美術館へは「友達に会いに行く」という・・・
そのフレッドの純粋な思いが、デトロイトに大きな奇跡を生み出す発端になります。

「デトロイト美術館展」が来年の1月21日まで上野の森美術館で開催されていますので、
ぜひ観に行きたいと思います。
 

『九十歳。何がめでたい』

2016年12月11日 | 


著者 佐藤愛子

2016年5月まで1年に渡って『女性セブン』に連載されたエッセイに加筆修正を加えたもの。
収録されたエッセイの中には、15年に大阪・寝屋川市で起きた中学1年の少年少女殺害事件や、
16年に発覚した広島・府中市の中学3年生の「万引えん罪」自殺問題から、
高嶋ちさ子さんのゲーム機バキバキ事件や橋下徹元大阪市長のテレビ復帰に至るまで、
折々の出来事と世間の反応について歯に衣着せぬ物言いで迫ったものもあります。
『思い出のドロボー』の章は可笑しくて仕方ありませんでした。

>「文明の進歩」は我々の暮しを豊かにしたかもしれないが、
それと引き替えに かつて我々の中にあった謙虚さや感謝や我慢などの精神力を
磨滅させて行く。
もっと便利に、もっと早く、もっと長く、もっと きれいに、
もっと おいしいものを、もっともっともっと・・・。
もう「進歩」はこのへんでいい。更に文明を進歩させる必要はない。
進歩が必要だとしたら、それは人間の精神力である。私はそう思う。
(『来るか? 日本人総アホ時代』より)

>かくて日本女性は強くなったのではなかったか?
知的になったのではないのか?
主体性をしっかり身につけたのではないのか?
なのに この人生相談は、これはいったい何なのだろう。
自分の心の持ち方、感じ方まで他人に教えてもらわなければならないとは・・・。
私の友人はそんな私にいった。
「平和なのよ、要するに」
え? 平和がいけない? なるほどねえ。
何の不足もない平穏な暮しの中では悩んで考えこむ必要がない。
考えない生活からは強さ、自立心、何も生れない、
生れるのは依存心ということか。
平和は有難いが、平和にもこんな落し穴があるのだなあ・・・と、
私はやっと気がついたのであった。
(『平和の落し穴』より)

映画 『ブルーに生まれついて』

2016年12月09日 | 映画


立川シネマシティで『ブルーに生まれついて』を観てきました。
イーサン・ホークが、1950年代のジャズ界で活躍したトランペット奏者で
ボーカリストとしても活躍したチェット・ベイカーを演じています。
黒人ミュージシャンが主流だった50年代のモダンジャズ界で、
白人でありながら甘いマスクとソフトな歌声で女性を魅了し、一世を風靡したチェット・ベイカーでしたが、
やがて麻薬に溺れ、どん底の日々を送ることとなります。
でも、1人の女性との出会いにより、ベイカーは再生の道へと踏み出して行くのですが・・・。
チェット・ベイカーは、ジャズ界のジェームス・ディーンと呼ばれたようで、
悲しげな目つきは まさにジェームス・ディーンの雰囲気そのものでした。
天賦の才能があっても、不安などを まぎらわすため麻薬に手を出してしまう・・・
最近も日本の音楽界でも ありましたが、悲しいことです。
それは さて置き、とにかくイーサン・ホークは素晴らしかったです!

映画 『君の名は。』

2016年12月06日 | 映画


監督 新海 誠 

この映画、夫も息子も とっくに観て、とても良かったと言っていました。
中高年にも評判が良く、ロングランを続けています。
遅ればせながら、私も昨日 映画を観てきました。
映像が美しかったですねぇ。

カ モ

2016年12月03日 | Weblog
近くにある用水路に カモが沢山 来ていました・・・


オスのカモ?