
アルキメデスが浮力の原理を思いついた時に叫んだ「ヘウレーカ」を題名とする漫画です。この漫画を教えてくれたのは仕事+遊び友達のウシさんでした。名前から大変興味を持ちましたが、手配するのが遅れ、また読み終わってから色々調べることが多すぎたので記事にするのが遅くなってしまいました。
同書の内容はサブカルチャーにはめっぽう強いWikipedia日本版に簡潔な紹介があります。
プルタルコスの『対比列伝』のマルケルスの章をベースに、第二次ポエニ戦争で陥落したシュラクサイが舞台になっています。スパルタ出身の若者とローマ人の娘との悲恋、アルキメデスの技術とその最後が描かれているのです。エンターテイメントとしてはとても良く出来ていて、お勧めの一冊です。
この漫画を手する2年前に、アルキメデスのC写本の解読にも参加した大阪府立大学の斎藤憲さんが書いた『よみがえる天才アルキメデス』(岩波書店)を読んでいました。この本ではアルキメデスとシュラクサイについて簡潔ではありますが、大変刺激的な見解に接することが出来ました。次いで『解読!アルキメデス写本』も読了。これは小説のように読めます。
そしてもう一度『世界の名著』にあるアルキメデスに関する記述を読み返してみました。作者が参照したであろうヨハンネス・チェチューズの『歴史の書』の抜粋、ウィルトルウィウスの『建築書』の抜粋です。
さてこの漫画ではアルキメデスが、研究以外のことについては痴呆状態であるかの様に描かれていますが、果たしてそうなのでしょうか。
J.E.ゴードンの『構造の世界』によれば、古代の兵器の進歩はここシュラクサイで始まり、下級官吏から身を起こし僭主となったディオニュシス一世は、軍事政策の一環として世界で最初と思われる武器研究所を設立し、全ギリシャから最も優れた数学者と職工を集めた、とあります。
私の推測では、アルキメデスの先祖が家業としての数学を携えて応募したとも考えられます。頭脳と技が集積したシュラクサイが辺境でありながら武器の開発で地中海世界でトップランナーなり、マルケルスを苦しめる技術開発を成し遂げられたのかもしれない。アルキメデスは若い頃学んだアレキサンドリアに自分の研究成果を書き送りますが、テーマは数学に限られます。彼自身も軍事技術に関わっていたに違いないのですが、これは軍事機密で公表されることが無かったので、記録にも残らなかったのでしょう。
漫画に登場するシュラクサイ側の投石器は回転する一組のローラーによって球を打ち出す「ピッチングマシン」をモデルにしていますが、勿論古代にはこれを実現する技術はありえず、弾性体に蓄えたひずみエネルギーで石を打ち出すパリントノン(palintonon,ギリシャ)またはバリスタ(ballista,
ローマ)だったのです。バリスタと言っても電子デバイスではありません。

どの様に動作するかは以下の動画をご覧下さい。
ひずみエネルギーを一時的に蓄積する弾性体は、ヤング率が高過ぎず・低す過ぎない動物の腱または人毛が使われました。弦は強力なウインチによって引き絞られ、その力は100tfにも達しました。有効射程はおよそ400mです。ローマ人がこれを模倣したのは当然です。
前146年のカルタゴ包囲戦でローマ軍は防壁を投石器で打ち破りました。考古学者がカルタゴの遺跡から発掘したのは40kgの石弾6,000発です。石の比重を2.5とすれば球の直径は約31cmとなります。

漫画ではシュラクサイの包囲したローマ軍の投石器はバリスタではありません。図に示したような振り子を使ったトリビュシェット(trebuchet)が描かれています。
しかしこのトリビュシェットは、中世になってパンにバターを塗って食べる紅毛碧眼の野蛮人の発明品です。文明人はパンをオリーブ油で食べるのです。
力学的には錘の位置エネルギーを弾丸の運動エネルギーに変換する装置ですが、腕木の加速や振り子止めにエネルギーを吸収され効率の極めて悪い兵器でした。ゴードンの試算によれば、1tの錘を3m持ち上げるのがせいぜいで(30,000ジュール)、同じエネルギーを腱に蓄えるには僅か10-12kgで事足りるそうです。
このように科学も技術も年とともに一様に発達するものではないことが分かります。野蛮人による古代の先端科学・技術の破壊が人類の進歩の妨げになったことは悲劇でした。僅かに残ったアルキメデスの著作を研究してガリレオはその理論を作り上げることが出来たのです。
最後に、スパルタ人ダミッポスがシュラクサイの女性を集めてローマの軍船を手鏡の反射光で焼き払う場面があります。作者の創作なのですが、この話の元ネタはヨハンネス・チェチューズの『歴史の書』です。この書は12世紀に書かれたことが『解読!アルキメデス写本』を読んで分かりました。これだけの衝撃的な戦闘ならば、記録に残るはずなのですが、「講釈師見てきたようなうそ」に違いありません。
(おまけ)ゴードンによれば、1940年頃、英国の市民軍は独軍の戦車に火炎瓶を発射するバリスタを2基製作したそうです。しかしオリジナルの性能の僅か1/10でした。『建築書」を著したウィルトルウィウスはユリウス・カエサルの下で砲兵士官として働き、バリスタに関する著作もあるそうです。英国市民軍はウィルトルウィウスの著作を研究しなかったのです。
『ヘウレーカ』に色々難癖をつけましたが、私が理系だからであって、同じ著者の『ヒストリエ』は素晴らしい!
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同書の内容はサブカルチャーにはめっぽう強いWikipedia日本版に簡潔な紹介があります。
プルタルコスの『対比列伝』のマルケルスの章をベースに、第二次ポエニ戦争で陥落したシュラクサイが舞台になっています。スパルタ出身の若者とローマ人の娘との悲恋、アルキメデスの技術とその最後が描かれているのです。エンターテイメントとしてはとても良く出来ていて、お勧めの一冊です。
この漫画を手する2年前に、アルキメデスのC写本の解読にも参加した大阪府立大学の斎藤憲さんが書いた『よみがえる天才アルキメデス』(岩波書店)を読んでいました。この本ではアルキメデスとシュラクサイについて簡潔ではありますが、大変刺激的な見解に接することが出来ました。次いで『解読!アルキメデス写本』も読了。これは小説のように読めます。
そしてもう一度『世界の名著』にあるアルキメデスに関する記述を読み返してみました。作者が参照したであろうヨハンネス・チェチューズの『歴史の書』の抜粋、ウィルトルウィウスの『建築書』の抜粋です。
さてこの漫画ではアルキメデスが、研究以外のことについては痴呆状態であるかの様に描かれていますが、果たしてそうなのでしょうか。
J.E.ゴードンの『構造の世界』によれば、古代の兵器の進歩はここシュラクサイで始まり、下級官吏から身を起こし僭主となったディオニュシス一世は、軍事政策の一環として世界で最初と思われる武器研究所を設立し、全ギリシャから最も優れた数学者と職工を集めた、とあります。
私の推測では、アルキメデスの先祖が家業としての数学を携えて応募したとも考えられます。頭脳と技が集積したシュラクサイが辺境でありながら武器の開発で地中海世界でトップランナーなり、マルケルスを苦しめる技術開発を成し遂げられたのかもしれない。アルキメデスは若い頃学んだアレキサンドリアに自分の研究成果を書き送りますが、テーマは数学に限られます。彼自身も軍事技術に関わっていたに違いないのですが、これは軍事機密で公表されることが無かったので、記録にも残らなかったのでしょう。
漫画に登場するシュラクサイ側の投石器は回転する一組のローラーによって球を打ち出す「ピッチングマシン」をモデルにしていますが、勿論古代にはこれを実現する技術はありえず、弾性体に蓄えたひずみエネルギーで石を打ち出すパリントノン(palintonon,ギリシャ)またはバリスタ(ballista,
ローマ)だったのです。バリスタと言っても電子デバイスではありません。

どの様に動作するかは以下の動画をご覧下さい。
ひずみエネルギーを一時的に蓄積する弾性体は、ヤング率が高過ぎず・低す過ぎない動物の腱または人毛が使われました。弦は強力なウインチによって引き絞られ、その力は100tfにも達しました。有効射程はおよそ400mです。ローマ人がこれを模倣したのは当然です。
前146年のカルタゴ包囲戦でローマ軍は防壁を投石器で打ち破りました。考古学者がカルタゴの遺跡から発掘したのは40kgの石弾6,000発です。石の比重を2.5とすれば球の直径は約31cmとなります。

漫画ではシュラクサイの包囲したローマ軍の投石器はバリスタではありません。図に示したような振り子を使ったトリビュシェット(trebuchet)が描かれています。
しかしこのトリビュシェットは、中世になってパンにバターを塗って食べる紅毛碧眼の野蛮人の発明品です。文明人はパンをオリーブ油で食べるのです。
力学的には錘の位置エネルギーを弾丸の運動エネルギーに変換する装置ですが、腕木の加速や振り子止めにエネルギーを吸収され効率の極めて悪い兵器でした。ゴードンの試算によれば、1tの錘を3m持ち上げるのがせいぜいで(30,000ジュール)、同じエネルギーを腱に蓄えるには僅か10-12kgで事足りるそうです。
このように科学も技術も年とともに一様に発達するものではないことが分かります。野蛮人による古代の先端科学・技術の破壊が人類の進歩の妨げになったことは悲劇でした。僅かに残ったアルキメデスの著作を研究してガリレオはその理論を作り上げることが出来たのです。
最後に、スパルタ人ダミッポスがシュラクサイの女性を集めてローマの軍船を手鏡の反射光で焼き払う場面があります。作者の創作なのですが、この話の元ネタはヨハンネス・チェチューズの『歴史の書』です。この書は12世紀に書かれたことが『解読!アルキメデス写本』を読んで分かりました。これだけの衝撃的な戦闘ならば、記録に残るはずなのですが、「講釈師見てきたようなうそ」に違いありません。
(おまけ)ゴードンによれば、1940年頃、英国の市民軍は独軍の戦車に火炎瓶を発射するバリスタを2基製作したそうです。しかしオリジナルの性能の僅か1/10でした。『建築書」を著したウィルトルウィウスはユリウス・カエサルの下で砲兵士官として働き、バリスタに関する著作もあるそうです。英国市民軍はウィルトルウィウスの著作を研究しなかったのです。
『ヘウレーカ』に色々難癖をつけましたが、私が理系だからであって、同じ著者の『ヒストリエ』は素晴らしい!
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私はマンガに詳しくないので「寄生獣」の存在を「ヘウレーカ」を読むまで知りませんでした。映画化の話もあったようですが、どうなったのでしょうか?
岩明均さんの父親は古代技術の研究者岩城正夫さんで、私は親の名前を先に知っていました。
お教えした甲斐がありますね。
ヒストリエの方もよろしくお願いします。
同じ作者の「雪の峠・剣の舞」もなかなかいいですよ。
『ヒストリエ』はお盆休みに一気に読みました。ちゃんと書評を書くには沢山本を読む必要がありそうです。
でも気が向いたらサラッと書けるかも知れませんね。