太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

もらい風邪

2022-05-12 12:02:00 | 日記
夫はすっかり元気になったが、今度は私が風邪をひいた。
数日前から喉がイガイガしていたから、そんな気はした。
夫はちょうど週末の休みに調子を崩したから、しっかり寝て治すことができたけど、
私はがっつり仕事と重なってしまった。

風邪をひいて不思議なのは、朝起きたときが最悪に調子が悪いこと。
一晩ゆっくり寝たはずなのに。
起きたときは、これは仕事なんかできる状態じゃないと思う。
でも起きて身体を動かしているうちに気持ちが張ってくるのか、少し調子が戻って来る。
仕事に行くと、案外普通に動けたりする。
人手不足でなかったら休んでしまうところを、そうできないのは私の損な性分か。

この家では風邪気味だと、昼間はデイクロウ、夜はナイクロウを飲む。
液体の、甘苦い薬で、ナイクロウにはアルコールが10%も入っており、ぐっすり眠れる。
この味、子供の頃に風邪をひいて病院に行って、喉に塗ってもらった甘い薬に似ている。



そうは言っていたものの、今日はとうとう仕事を休んだ。
私の風邪は、熱は出ないが咳が出る。
いくらマスクをしても、人に移してしまう恐れはじゅうぶんにあるし、今日はなんとか私のポジションをカバーしてくれる人がいそうだったから。
病欠なんて何年ぶりだろう。
朝6時に夫が出かけたあと、ひたすら寝て、空腹で目が覚めた。
「お汁粉が食べたい」
と心の声。
冷蔵庫に、お正月の残りの切り餅と、姉が送ってくれた「粒あん」がある。
粒あんは、実家の近所の、創業昭和3年という老舗の餡子で、チューブ式になっているもの。
これをお湯でのばせばお汁粉になる。
のだが、それも面倒なのは風邪のせいか。
トースターでお餅を焼いて、それに餡子を乗せて餡餅にして食べた。

夫から病中見舞いの電話あり。
「ソークしてさ、うがいしてさ、歯を磨いてさ、餅アイス食べてさ」
お風呂にお湯を張って浸かる(ソーク)ことにする。
おととい買った、Bubby'sの餅アイスがあった、そういえば。
私の病人食は、「餅」関連ということだな。

寝ていると、猫が集まって来る。
明日と明後日は私の休日。
明後日に予定している、友人の娘の大学の卒業式に行けるといいんだけど。





チキンスープ

2022-05-11 07:53:04 | 食べ物とか
子供の頃から、風邪をひいたときには「おじや」やうどん、お粥を食べた。
母が作るおじやは、炊いたごはんを鍋に入れ、水と鰹節を入れて煮立て、醤油を垂らして卵でとじるという簡単なもの。
即席ぽいけど、やさしい味が懐かしい。
フィリピン人と結婚した同僚によると、風邪の時はお粥に鶏肉やニンニクなどをたくさん乗せて食べるそうで、お米の国らしい病人食。

アメリカでは、ほぼ100%チキンスープ。
子供の頃から親しんだものを食べるほうがいいと思うから、夫が風邪をひいたとき、私はチキンスープを作る。
これもおじやに負けないぐらい簡単で、とても美味しい。

うちのチキンスープ。
冷蔵庫にある野菜をなんでも刻んで、たくさんのニンニクと生姜と一緒に炒める。
チキンは、スーパーで売っているローストチキンを使うと簡単。
ローストチキンを簡単にほぐして、骨ごと鍋に入れて、水を張って煮込むだけ。
コンソメを入れるときもある。
シュートメはパスタを入れたりもするけど、私は代わりにキノコ類をたくさん入れる。
今回はケールも入れた。


これを大鍋にいっぱい作って、風邪ひきの三日間、夫はこれとリンゴを食べて過ごした。
夕食時には私はここにゴハンを入れて雑炊にして食べた。


いつだったか、夫の胃の調子が悪かったとき、柔らかめのおじやを作ったら、いたく感動。
中東ではたくさんスパイスを使ったものを食べるそうだし、北欧ではカリフラワーをポタージュにするという。
古今東西、いろんな病人食があるけれど、どれにもちゃんと理由と歴史があり、人々の思い出が詰まっているのだろう。






そこらじゅう

2022-05-10 07:32:56 | 日記
食事しているときには断然元気だった夫が、帰りの車の中で喉がイガラっぽくなり、
金曜日から日曜日まで風邪ひきの病人で、ほとんどベッドの中にいた。
月曜日には復活して仕事に出かけたが、金土日が休みの仕事でよかったような、週末をふいにしたような。

食事をした仲間の一人が、コロナウィルス陽性だったことがわかったのは月曜。
じゃ、夫も風邪じゃなくてコロナだったのか。
熱も悪寒もなかったから、風邪だと思うけど。
ニュージーランドに戻る前にPCRテストを受けたカラニは陰性で、無事に帰ることができたのはよかった。

夫の同僚がシアトルにいる親に会いに行って、母親が陽性だったので彼もそれをもらって陽性になり、1週間自粛していたのだが、
母親と一緒に住んでいる父親は陰性というのだから、いったいこれはどういうこと?

いまや、そこいらじゅうコロナやコロナ疑惑。
知らないうちにコロナになって、知らないうちに治っている人も多いはず。
陽性になった私の同僚は、悪寒がしたというけれど、夫の同僚は症状はなかったというし、
厳密に言えば、毎日自宅で検査をしなくては外に出られない。
でも現実にはそんなことはできないから、出かけて誰かに感染する。
感染力は強くても、数日で復帰できるから、ほとんどの人はもうコロナを恐れてはいないように思う。

毎日発表していた新規感染者数も、今では週に1度。
自宅で検査する人が増えたから、その数字の信ぴょう性はいかがなものか。
ニュースでコロナが取り上げられることもめっきり減って、ハワイではコロナは既にインフルエンザの一つになっているようである。





みんな15歳の頃があった

2022-05-09 07:16:00 | 日記
夫の友人カラニはニュージーランドに住んでおり、12年ぶりにハワイに帰ってきた。
彼の両親がニュージーランド国籍で、ハワイで生まれたカラニはアメリカ市民でもあり、ニュージーランド国籍でもある。
16年前の私たちの結婚式でカラニに会ったのが最後で、そのあとすぐにニュージーランドに移住した。
12年前にハワイに来た時には私たちはまだ日本にいたので会えなかった。
私たちの結婚式のとき、カラニの奥さんのミシェルは臨月で、
そのときの胎児が今は身長190センチ以上のティーンエイジャー。
二番目に生まれた女の子が12歳で、三番目に生まれたのが男の双子で、その子たちが9歳。

今回、カラニはハワイ島に一人で住んでいる父親を訪ねてきた。
オアフ島に立ち寄ったカラニと、数人の同窓生たちとディナーを共にした。
中学高校の6年間を一緒に過ごした仲間。
みんな50歳のいいオジサンだが、教師のことや、バカバカしい話で笑いこける姿に、15歳の顔が見え隠れする。

「学校の横の公園のベンチで死体を見つけたことあったじゃん」
「おお!あった、あった、あれはMatだっけ?」
「そうそう。寝ているのかと思って、起こそうとしたら死んでた、ていう」
「チビったんだよね、まじで」


「モールの2階からさ、ラガーシャツの背中に名前が書いてあるおっさんの、その名前を大声で呼んでさぁ」
「うはは!『ヘイ!ラリー!!』って叫んで手すりの下にかがむと、おっさんがびっくりしてキョロキョロしてんだよね」
「あのときのおっさんの顔!」

今、自分たちがそのおっさんだっての。


「夜、墓場の横を車で走ってて、通りがかった人に生卵投げたことあったよなあ」

こいつら、けっこう悪いことしてる。

「それでさ、次の日学校に行ったら、ギャリーが『昨日さぁ、夜、車の中から生卵投げられてさ、参ったよぅ』
真暗で見えなかったけど、あれはギャリーだったんだよなあ。
もう俺ら、おかしいやら気の毒やらで・・・・」


ディナーの間、笑いっぱなし。
そんなカラニは今、スクールカウンセラー。
私の15歳は、人生で1番肥えてたなあ。
中高一貫だったから受験はなかったけど、とうとう最後までしっくり馴染まなかった。
部活の吹奏楽をやっていなかったら、空虚な6年間だった。
休み時間に教室のベランダから下の植え込みを眺めて、「ここから落ちたら死ぬかな」などとぼんやり思ったことがある。
別にたいして辛いこともなかったのに、そういうことをふと考える年齢なんだと思う。

駅から大きな公園を突っ切って登校する生徒がたくさんいて、そのうちの一人が露出狂に会ったことがある。
教室に入るなり、
「あー、なんで今日に限ってメガネしてなかったんだろう!」
女子校で、男の免疫のない子がほとんどで、私のように男兄弟がいなければ
男性器など見たことがない。
その子のまわりに生徒が集まり、
「どうなってた?」
「先がいくつかに分かれてた?」(バケモノか)
と質問責め。
「だからぁ、よく見えなかったんだってば!」
翌日からメガネ持参で露出狂を探しながら歩いたが、とうとう会えなかった。
感情が揺れやすく、ウブな15歳だったことよ。



50歳でも、もう亡くなった人もいる。
親がだんだん枯れてくる年齢でもある。
子供が独立している人もいるし、カラニのようにまだまだ子育て中の人もいる。
みんな、それぞれの1日、1日をどこかで過ごして今がある。

身軽な私たちが、今度はニュージーランドに行こう。






母の日

2022-05-08 07:58:02 | 日記
ハワイは今日が母の日。
母がいない、初めての母の日だ。
日本の母の日に母に電話をして、ハワイは明日が母の日だよと言うと
「アメリカにも母の日があるの?」
と言ったものだ。

こっちの母の日は、母であるすべての人が対象だ。
だから、夫が、子供の母親である妻に贈り物をしたり、子供を持つ娘に親が贈り物をしたりする。
商業的魂胆に思えなくもないけど、一般的には生花がメイン。
子供もなく、母も亡くした私には、なんの関係もない日になってしまった。

義理母であるシュートメは今、ヨーロッパ旅行中。

数日前から夫が風邪をひいて寝込んでいるのだが、シュートメがいてくれたら、と思う。
元・看護師でもあるシュートメは、とにかく頼りになる。
体調を崩したとき、冷静に対処法を指示してくれたり、この人がそう言うなら大丈夫、という気になって安心する。
もともとの性格なのだろうが、常に考えることがシャープで緻密、長年大学で教鞭をとってきたのも頷ける。
義父は最高に善人だが自由人で、細かいことはあてにできないが、シュートメに何かを頼めば絶対にそれを忘れずに完璧にこなしてくれる。

一緒に住んでいた頃にはいろいろあったけど、私はすっかりシュートメをあてにして暮らしているのだと痛感。
たった一人残った、母の日の対象母に、テキストでメッセージを送った。
彼らが来年も再来年も、元気にヨーロッパ旅行ができますように。