太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

グリーンカードと粗忽ものとCrocs

2021-07-17 07:45:30 | 日記
グリーンカードの書き換えをしてきた。
本当の期限は4月10日なのだが、パンデミックの影響で延び延びになり、ようやく3か月遅れの書き換え。
ハワイに移住してきたときに取得してから丸10年ということだ。

金曜日が休みの夫の運転で出かけた。
移民局の近くにブックオフがあり、そこに寄って本を買っていたら予約時間の20分ほど前になった。
初めて行く場所なので、時間に余裕をもって行きたいと私は思うのに、
夫は「ギターの店をのぞいてこよう」と言って、車をおいたまま歩き出す。

「大丈夫だよ、もうそこに(移民局の)ビルが見えてるし、僕はそのビルで昔働いていたんだから」

夫は日本に来る前に、そのビルの中のオフィスで働いていたそうだ。
そうは言っても、そこは5つか6つのビルが1か所に集まっている複雑な場所で、
すんなりたどり着けるか不安になるじゃないか。
車に戻ったのが、予約時間の15分前。
駐車場に車を入れて、エレベーターで移民局のある4階に行くと、そこは『駐車場の4階』だった。

「あれ?なんだよ、このビル!まったくもう!」
なんだよって、アンタここで働いていたんでしょう。

下まで階段で降りて、迷路のような通路を歩いて建物を探す。
あと5分。
あたしゃもう気が気じゃない。
やっと見つけて4階に行き、夫はそこで車に戻り、自分の用事を済ませに行った。
移民局は空港みたいに警備が厳しい。
荷物検査をする前にIDの提示を求められ、運転免許証を出そうとしたら

さ、財布がない!

幸い、パスポートも持っていたので事なきを得たが、順番を待つ間、財布の行方が気になって仕方がない。
本屋で財布を出して、バッグに入れ忘れたか。
今すぐ本屋に電話をしたいけれど、移民局では電話は禁止。
ジリジリしながら順番を待ち、ささっと写真を撮り、指紋をおさめて、走るようにして移民局を出た。
夫に電話し、迎えに来るのを待つ間に本屋に電話したが、財布はないという。
そこで働いている友人が、駐車場まで見に行ってくれたが、ない。
さー、どうする。こんなときこそ深呼吸。
すると、ふと、オレンジの袋が浮かんできた。

(買った本を入れたバッグの中に財布を入れた可能性もあるんじゃ?)

そのとき、夫の車が来て、真っ先にオレンジの袋を見たら・・

あった!!!

すぐに本屋の友人に電話を入れ、報告。



ホッとしたらお腹がすいたので、近くの NICO'S でランチをする。
平日だというのに、ほぼ満席状態。

そのあと、久々にワイケレのアウトレットに出かけた。
2年以上行ってないし、時間もあるし、という程度の理由。
それにワイケレには私一人では行けない。正確には、行くことはできるが、帰ってこられない。
ワイケレのアウトレットは広大なショッピングゾーンが道路を隔てて存在しており、
出入口も様々な方向にいくつもあって、スーパー方向音痴の私には、
どこからどう出ればフリーウェイに乗れるのか、悲しくなるほどわからないのだ。

ブランドものに興味がない私と、物欲と買い物欲がない夫がワイケレに行っても、15分もあれば見るところがなくなってしまう。
じゃあなぜ行くのか、と言われても、それでもたまにはブラブラしてみたいという気持ちはある。

今回、初めてCrocsに入ってみた。

Crocsには、あの穴のあいたサンダルしかないのだと思っていたけど大間違い。
仕事で履く靴を2足買った。

特にこれがお気に入り

ビーチサンダルにかかとのストラップがついたような感じで、水に濡れても平気だし、
ビーチサンダルよりは数段おしゃれぽい。


ベラブラッドレーで、義姉の誕生日のプレゼントを買い、帰路につく。

「ねえ、どうしてどこを行けばどこに着く、ってわかるの?」
「フリーウェイに乗るのはこの道だから、ここに出れるようにするだけじゃん」
「だから、どうやってこの道に出るのかがどうしてわかるの?」
「この道に向かって角を曲がり続ければここに出るじゃん」

スーパー方向音痴と、方向感覚がある人の会話は永久に不毛である。








ミステリアスな朝

2021-07-14 06:43:18 | 日記
ここのところ、夜の間に雨が降ってくれるので、庭に水まきをしなくて済む。
そして、朝晩の涼しいこと。
本土やカナダでは猛暑だというのに、暑そうなハワイがこんなに過ごしやすいとは。


2階の寝室の窓から。朝もやに現れた虹。


昨夜、義両親が1か月のヨーロッパ旅行から戻ってきた。
彼らが出かけた翌日にソフィア一家を保護し、仔猫たちとソフィアにかまける1か月だった。
先週お嫁入した3匹の仔猫たちの里親さんから、動画が送られてきた。
3匹のうちの1匹の里親さんは旅行中なので、一組の里親さんが3匹を育ててくれている。
キャットタワーやおもちゃがたくさんある部屋の中で、仔猫たちは夢中で里親さんと遊んでいた。
仔猫はたくましい。
ソフィアのことなど忘れたかのようだ。
ソフィアは、義両親宅のゲストルームにいる。
放す前にしっかり栄養をつけておきたいので、毎日ドライフードとウェット缶、
さらにフードに免疫力を高めるサプリメントを混ぜている。


ギャラリーにおいているオリジナル作品が順調に売れていて、
壁が寂しくなったから、もっと作品をもってきてほしいと言う。
この1年で少なくとも10点は売り、さすがに手持ちの作品が少なくなってきた。
その中には、どうしても手放したくないものもいくつかある。
ひとつ仕上げるのに、数か月かかることもあり、なんと効率の悪い技法であることよ。

表面的には、いろんなことが元に戻っているように見えるけれど、
果たしてそうなんだろうか。





3匹目の猫計画11 私たちの決断

2021-07-12 07:29:43 | 日記


猫に詳しい人の話を聞き、ネットでもあらゆる情報を仕入れて、
なんとかソフィアと先住猫のチーズケーキ達を徐々に慣らして、
義両親が旅行から戻ってくる時には、ソフィアはケージごと我が家にいる予定だった。

しかし、このご対面でつまづいた。

すぐに受け入れられるとは思ってはいなかったけれど、ソフィアの拒絶が厳しい。
チーズケーキ達も突然現れたお客に戸惑い気味。そりゃそうだよなあ・・
そうこうしているうちに何日かが過ぎ、明日の夜には義両親が帰宅する。

ソフィアは「シャー!」とは言わないが、触られるのを嫌がる。
外に出たいといって鳴く。
仔猫を呼んで鳴く。

今朝になって夫は、おもむろに言った。

「Let her go, if it is what she wants(ソフィアがそうしたいなら、ソフィアを放そう)」

ある動物学者の言葉が、決め手になった。
「生まれたときから野生の猫が、完全に家猫になることも稀だが確かにある。
けれど、野生の猫にとってのホームは、あくまでも外の世界。たとえそこが厳しい世界であったとしても」



去勢して、数日休ませる。
裏口のデッキに食べ物を置いて、デッキの階段下にベッドを用意して
それを見せてから、庭に放す。
野良だったとき、ソフィアは旅行客が捨ててゆく残飯を漁っていたけど、
住宅地には残飯はない。
ソフィアが小鳥やネズミを狩れるかどうかわからない。
夫がソフィアに話しかける。

「もうすぐ外に出られるよ、食べ物も寝るところも用意してあるから、
お腹がすいたり雨が降ったら来るんだよ。
ソフィアって呼んだら、来るんだよ。
ずっとずっとソフィアのことを大好きだから、忘れないでね」


先住猫たちがおらず、ソフィアだけだったら、時間がかかっても家においておこうとしたかもしれない。
でも、チーズケーキ達の幸せも、私たちは考えなければならない。
我が家では部屋を分けて暮らすことができない以上、しかたがない。



そう決断しても尚、心は揺れる。








3匹目の猫計画10 泣いたソフィアと私

2021-07-08 07:53:26 | 日記

七夕の昨日、仔猫たちは引き取られていった。
里親になってくれるのは、同僚の親友夫婦で、初対面だったけれど、どこからみても善人な人たち。
仔猫たちをママ猫から離すことに心を痛めながら、想像以上に愛らしい仔猫たちに目じりが下がりっぱなしだ。
仔猫たちをキャリーケースに入れて、ソフィアと最後のお別れ。
「ママ、バイバーイ」
ソフィアは、シラっとした顔をしていた。
仔猫たちがもらわれてゆくことを話してあったからだろうか。


夜中。

どこかで猫が鳴いている。
にゃー、ではなく、クゥー、クゥー、という声。
「ソフィアかな」私が言うと、
「たぶん違うよ、もっと遠くで聞こえる。しばらく聞こえてるよ」と夫。
気になるので、ソフィアを見に行った。

仔猫たちがいなくなった、やけに広く感じるケージの中の、
お気に入りのトイレ砂の上(なぜかトイレ砂の上が好きなのだ)から、ソフィアはこちらを見ていた。

私はソフィアの斜め前に座った。

「ソフィア。子供たちがいなくなって寂しいね。私も寂しいよ」

夕方までは、あの可愛いこたちがでんぐり返しをしながらここにいた。
おもちゃのネズミや、私が作ったジャングルジムが空虚に残されて、私は泣けてきた。

「ずっとみんな一緒にいられるって、ソフィアは思ってたかもしれないね。
そうしてあげられなくて、ごめんね。でもね、約束する。
子供たちはみーんな、ものすごく良い人生を送るよ。かわいい、かわいいって言われて、大切にされるんだよ」

ソフィアは、ボロボロ泣いている私を見ている。

「大切な子供たちを、私たちに託してくれてありがとう。あのまま野良でいたら、あの子たちは生き延びられなかったかもしれないよ。
ソフィアは若いのに、ひとりで4匹も子供を産んで、7週間も育てて、みんなを幸せにして、偉かったね」

ソフィアが目を閉じる。

「うちにね、猫が2匹いるんだよ。とても良い子たち。
これから、ソフィアと、私たちとその猫たちと一緒に、楽しく暮らしたいと思ってる。ずーっと、ずーーっとだよ。それがあなたの幸せだと信じてるけど、それでいい?」

しばらくそうして泣きながら話かけて、寝室に戻った。

するとまた、ソフィアが泣いている。


クゥー  クゥー  クォー―ン・・・・・・


子供たちを探してるの。
ヤンママだから母性が薄いかも、なんて言ってごめんなさい。
子供を産んだことのない私に、母性のなにがわかる。

ごめんねソフィア。でも、ありがとう。

私はオイオイ泣きながら寝た。
ソフィアが子供たちを探す声が、静かに降り出した雨に混ざってゆく。











戦後

2021-07-07 07:12:45 | 日記
証明写真を撮りにホノルルに出かけたら、Sちゃんにばったり会った。
彼女は前の職場の同僚で、ハワイで生まれて育った日本人だ。
当時は大学生だったが、今は立派な社会人。
写真ができあがってくるのを待つ間、世間話に花が咲く。
Sちゃんは完全なバイリンガルだから、普通に日本語で話せるのが嬉しい。

ひょんなことから、ハワイのバスの料金が値上がりして久しい、という話になった。
私はバスを使わないので知らなかったのだが、私の知る限り、島内どこへ行くにも2ドル50セントだったのが、今は2ドル75セントなのだそうだ。
日本円にして300円ほどで、どこまでも乗れるとなれば高くはないのだろうが、
どんなに近距離でも300円となると、高いような気もする。


「私が子供の頃は、親が忙しくて、家の近くを通る循環バスに一人で乗ってぐるぐる回ってたよ。
女の車掌さんがいて、運賃は15円だったなあ」


つい私が昔話をしたら、Sちゃんが目を見開いて言った。

「戦後、ですよね?」

「( ゚Д゚)ハァ?」

いったい私がいくつだと?
第二次世界大戦が終わって、ゆうに70年以上たってるんだぞ。
てか、まさかその戦争、日露とかいうんじゃあるまいね。
まあ確かに終戦後25年ぐらいしかたってなかったけど。

「あはは、そうですよねぇー」

アハハ、じゃないよ。
勝手に人を化石にすんなよー。