ルーシー・モード・モンゴメリ著 谷口由美子訳
モンゴメリといえば「赤毛のアン」で有名ですが、他にも名作はたくさんあります。「青い城」もそのひとつです。
主人公のヴァランシーはオールドミス。といっても29歳。現代だったらまだまだ若くて自由気ままな独身時代を謳歌できる年齢ですよね。でも執筆された時代はそうは許さなかった。いとこ、親戚づきあい、近所の目。日曜日には教会にいってお説教を聞く。古いしきたり。あれもだめ、これもだめと娘(ヴァランシー)の気持ちも考えない冷ややかな母親。理解者のいない境遇ってたとえ自分が生まれ育った家であっても居心地の悪いものでしょうね。物語の1/3はこんな今ではありえない場面が多いのですが、ある日心臓に異変を感じた主人公は一族のかかりつけ医(病院に行くにもどこに行くか決まっていたなんて)ではなく、他の医師の元をたずねます。どんな病気なのか、そもそも自分が病気だとは知られたくなかったのです。診察の途中で、その医師の息子が交通事故にあった知らせが入り、医師はヴァランシーを残し慌しく出て行ってしまいます。医師にも見放されたのかと気落ちするヴァランシー。(そりゃそうですよね。今ならクレームどころか新聞沙汰にもなりかねません。)数日後、彼女あてに医師からの手紙が届きます。「心臓発作が起こったら死にいたるでしょう。私が処方する薬を飲むこと。残念ながら余命1年・・・」といった内容。この手紙を読み終えてから彼女は「これからの1年は私がしたいように生きるわ!」と固く心に誓うわけです。それからは、いままでの彼女には考えられないほどの行動力で周囲の反対を押し切り、やりたいことを実行していくのです。その変化がおもしろいし、ラスト数十ページの展開は、驚きのハッピーエンドへと。
ヴァランシーがやりたいようにやることは、決して自分本位でたんなるワガママではありません。古いしきたりや世間の目を気にして何もしないことや、周りの様子を伺ってばかりで少しでも人と違うことをしている人間を悪く言ったりすることのほうが、よっぽど聖書の教えからほど遠いことなのでは(私はキリスト教信者ではありませんけどね)。
作中にはモンゴメリ特有の自然をモチーフにしたみずみずしい比喩や相手を賛美する言葉がたくさん出てきます。今私が併読している中に「アンの愛情」がありますが、ちょっと混同してしまいそうになりました。ともあれ、モンゴメリ好きにはこれがなくては!というところですよね。
訳者の谷口由美子さんは「赤毛のアン」に魅せられてプリンスエドワード島を旅し、その際に「青い城」の原書に出会い、帰国後ただ無心に翻訳をしていったそうです。できあがった原稿を自らダメ元で出版社に持ち込み、本にするまでにこぎつけたのだとか。勿論、一社目でそんな幸運にあずかれることはなかったのですが、諦めなかったのとタイミングが合ったのですね。本編もさることながら、このエピソードも素敵です。
「青い城」、例えば久しぶりにカラオケに行って聖子ちゃんの曲を歌うような感覚で読んでみてはいかがでしょうか?ちょっと気恥ずかしいけれど読後感はさわやかです。