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読売新聞渡辺恒雄に翻弄された「小林繁」と作新船田組の陰謀と江川卓

2010年01月18日 09時24分50秒 | スポーツ
読売新聞に翻弄された小林繁の人生
小林繁さんは、あっというまに亡くなってしまった。なんとなく気の毒な気がする。
とにかく、ご冥福を祈る。

黄桜のCMには驚いたが、あれから3年近くが経っているのである。30を過ぎると人生は光速度に近付いて去って行く、いつの間にか小林繁さんは57歳にもなっていた。しかし、57歳の死はあまりにも早すぎる。


寂しい!(こちらは私の気持ち)
 寂しい人生だったような気がする。


昭和54年11月21日、「あの空白の一日」のストーリーは大体こうなる。

巨人軍入りのため江川卓入団に動いた作新学院の元締め船田組の船田中の陰謀がここから始まる。

作新学院を卒業した江川卓は早慶戦へ出るのが夢で、高校卒業後阪急ブレーブスのドラフト指名を断り、慶應を受けるが点数が足りず不合格、早稲田では受け入れ態勢が整っていたというが慶應の熱意に応えたのである。

結局慶應で受け入れ態勢が整っていたものの、試験に落ちたということで入学が出来なかった。今では点数が足りなくとも受かる体制を整えているから心配はいらない。すでに6大学の入試試験は終わっていたが、法政大学2部の試験が残っていた。船田中の秘書が交渉に立ち法政大学2部の試験を受け合格(当たり前である)。法政大学で通算47勝うち完封勝利17勝と大活躍する江川だが、卒業後は巨人入りするために船田中の秘書蓮実進(のち衆議院議員)が巨人以外の11球団の各オーナにドラフトでの指名を拒否するようにと密約を交わした。ところが一位指名を獲得したクラウン・ライターライオンズ(赤字のクラウン:現西武ライオンズ)が江川を指名した。江川はそれをボイコットしてアメリカ留学を決意する。(たぶん決意させたのは船田中あたりであろう)


作新学院の江川を巨人入りするために、船田と渡辺恒雄がアメリカへ送り込み、船田中は江川に1000万円江川の父親にさらに1000万円を援助したという。


「空白の一日」は船田中の秘書蓮実進が仕組んだ。

野球協約第138条(交渉権の喪失と選択)「球団が選択した選手と翌年の選択開催日の前々日までに、選手契約を締結し、支配下選手の公示をすることができなかった場合、球団はその選手に対する選手交渉権を喪失するとともに、以後の選択会議で、再びその選手を選択することは出来ない。」(魚住昭 渡辺恒雄メディアと権力)

この「空白の一日」を突いて巨人軍と江川卓は正式に契約を交わす。


しかし、この「空白の一日」はマスコミや世間から囂々たる非難を受ける。
ドラフト指名を獲得した阪神タイガースが江川卓を一位指名。
セリーグ会長の鈴木龍二は巨人軍との契約は無効と定める。

これを受けて渡辺恒雄や日テレ社長の小林與三次や後の日テレ社長の氏家などが急遽会合を開き、プロ野球コミッショナー金子鋭(とし)に働きかけ、キャンプ前の巨人・阪神間のトレードを認めさせた。

その代わり、江川並みの有力選手を阪神へ差し出せということになり、阪神側は小林繁を指名したのである。

このことが小林繁のその後の人生にどう反映したか、本人のみが知るところであるが、このトレードは選手たちよりも更なる読売新聞の内紛に繋がっていく!

詳しいことは下記の本を読むと良く分かる。
渡邊恒雄 メディアと権力 (講談社文庫)
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船田中

1977年には自民党副総裁に就任した。作新学院理事長も務め、作新学院高OBの江川卓の後見人として江川事件に巻き込まれることにもなった。


読売新聞渡辺恒雄との裏取引

渡辺恒雄は読売新聞に入社して大野 伴睦(おおの ばんぼく)のバンキシャになった。

そういう関係もあり、渡辺恒雄と船田中との関係も深くなったのである。


船田元

栃木県知事などをつとめた船田譲とその妻・昌子の長男。船田家は栃木県の名門政治家一族で、祖父船田中は、大野 伴睦(おおの ばんぼく)派に所属し、大野の死後、一派を率い中間派の長老として、自民党副総裁や衆議院議長を歴任した。船田中の弟、船田享二は国務大臣、その下の弟、藤枝泉介は自治大臣を務めた。



したたかな元NHKアナウンサーであり、サンプロの副司会者でもあった畑恵は参議院議員に当選し船田元の妻となり、極道高校作新学院を仕切っているという。



小林繁さんの顔は黒ずんでいた。どこか病気であったとは思ったが、黄桜の飲み過ぎか? 肝臓が悪くなっていたのである。
サンスポ

 球団関係者には、肝臓の薬を服用していると明かし「こんな体で野球を教えちゃダメだよな」と漏らしていたというが、死の直前まで元気な姿を見せていた。




こうした闇取引は読売新聞の渡辺恒雄と船田中という栃木県の政治家貴族のドンが、江川卓を巨人入団のために仕組んだものである。その陰湿なやり方は世間からは受け入れられなかった。一人孤独にならざるを得なかった小林繁にはその後影を背負って生きていたという印象が強い。

マスコミ界の闇将軍渡辺恒雄はまだまだ元気である。栃木県の船田一族の勢力は弱まるが、作新学院はヤクザ養成高校との噂もあるという。世の中は段々に闇夜の国となろうとしている。懐中電灯は何事につけても必需品である。





小林繁の訃報を新聞社から伝えられた江川卓はこう答えている。下記記事参照。

朝日コム
子供が生まれてくる。赤ん坊が生まれてくる。
その赤ん坊はすでに何をやるかどういう人生をたどるかは、はたして決まっているのであろうか?

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