1861年、アメリカ南北戦争は第一次ブルラン(南軍表記マナサス)会戦時の北軍将校の軍服いろいろ。まだ南北戦争が”ブルー&グレー”じゃなかったころのお話。
765プロの17歳トリオにモデルをやっていただきました。
真の着ているのが連邦軍大尉のフィールドドレスです。サーベルは1850年型歩兵士官用。
帽子はフォレージキャップに夏用のハヴロック(日除け布)をかぶせたもので、この布は戦争初期以降は雑巾などの代わりとして姿を消しました。
この会戦では南軍の将校もほぼ同じ紺色の軍服で戦っています。
雪歩は海兵隊士官で、1859年に制定されたアンドレス姿に白ズボンです。慶応四年、神戸で岡山藩兵をいじめた時もこの軍装だったようです。持っているのは1851ネイビーリボルバーの初期型。
歩兵はシングルブレストのフロックを着用し、ペリー来航時とほとんど変わらないバフ革たすきベルトにP1842滑腔式マスケット銃装備でした。
この後ミニエ弾使用のP55/61ライフルマスケットに換装されるようです。
春香さんは南軍…でなくて北軍ニューヨーク州第11ファイアズアーブの将校軍装で、北軍なのに灰色です。
兵卒は緋色のフェズ帽に赤シャツ姿でした。(暑かったらしく上着を着ない兵が多かった)
ニューヨーク州第7ミリシャも灰色の軍服だったり、インディアナ第11連隊も灰色のズアーブだったりと割と北軍部隊にも灰色軍服は多くおりました。
左手に持ってるは当時の折り畳みスプーンです。手持無沙汰だったから…。ちなみにこの時代のお菓子のレシピは今日にも残っており、
かぼちゃのプディングやコーンブレッドなど割とおいしそうなものがあります。春香さんに作ってほしいです…でもハードタックは勘弁な!
戦闘そのものは南軍が勝利し、武器と装備を放り出した北軍と、北軍がすぐ勝つだろうと思って見物に来ていた市民が目と鼻の先だったワシントンDC方面にごった返して潰走しました。
しかし南軍も疲弊していてワシントンDCまで攻めることはありませんでした。
結局、この戦闘は敵味方の区別の付け辛さなど問題になったようで、南北両軍の軍服のカラーリングが統一に進む原因となりました。
あと、一番おどろいたのは南軍拠点の丘の家でお婆さんが寝たきりのままで、北軍の砲撃で亡くなっていることだった…。