日々史跡めぐり

日本のあちこちの史跡、神社仏閣を巡っています

彦根の北野神社

2011-09-12 | 井伊家
1620年(元和6年)彦根2代藩主・井伊直孝が、上野国北野寺の鎮守社である天満宮の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。



社殿は、北野天満宮とよく似た造りで、撫で牛もあります。





ご祭神は菅原道真公。学問・文筆の神様として崇められ、道真公をお祀りする滋賀県内唯一の旧県社です。









また境内には白山神社、金比羅神、彦根えびす神社も祀られています。

隣接する北野寺は、1849年(嘉永2年)異国船来航の折り、井伊直弼の命で祈祷を行うなど、江戸時代、井伊家の祈願寺となり、神仏習合の形態をとっていましたが、明治の神仏分離令により北野寺と北野神社に分かれました。

1月には「彦根十日ゑびす祭」が行われます。



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大洞弁財天(長寿院)

2011-09-04 | 井伊家
龍潭寺の北側、大洞山の中腹に長寿院があります。
長寿院は、大洞弁財天とも呼ばれ、彦根城の鬼門除けとして、1695年(元禄8年)に彦根藩4代藩主・井伊直興の発願により創建されました。
直興は、5代将軍・綱吉の頃、日光東照宮建立の総奉行であったたため、長寿院弁財天堂は、日光東照宮を思わせる極彩色の権現造で、本尊を祀る阿弥陀堂には東照宮の眠り猫や像に似た彫刻があります。

阿弥陀堂





弁財天堂(本堂)





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彦根の井伊神社

2011-09-01 | 井伊家
彦根の龍潭寺の隣にある井伊神社は、天保13年(1842)彦根藩12代藩主・井伊直亮が、井伊家の始祖・井伊共保の750回忌にあたり、静岡県浜松市の井伊谷八幡宮から井伊大明神を分霊して神像を造り、龍潭寺の参道脇に祀ったのがはじめとされ、彦根藩初代藩主直政・彦根藩2代藩主直孝も祀られています。





井伊神社は、本殿と拝殿からなっており、内部は漆塗りで、龍などの彫刻には極彩色が施されています。






色を塗り替えればもっと鮮やかな赤になるのでしょうが、この古びた感もまた歴史を感じさせる神社の魅力でもありますね。

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彦根の龍潭寺

2011-06-27 | 井伊家
清凉寺のすぐ隣に緑に囲まれた龍潭寺があります。



龍潭寺は、元来、浜松の井伊谷にある井伊家の菩提寺ですが、井伊直政が佐和山城主になったのを機に、井伊谷5世・昊天(こうてん)が新たに佐和山にも創建しました。



お寺の入り口を入るとすぐに石田三成の銅像があります。



当寺は、1617年の開山後、近郊に多くの末寺をかかえ、学僧が学ぶ大道場でした。特に、園頭科(おんずか)という造園科からは、たくさんの造園家を輩出しました。

佐和山城の城門を移築したといわれる山門



方丈には、森川許六(もりかわきょりょく)によって描かれた襖絵が残っています。森川許六は、彦根藩主で、狩野探幽の弟に絵を学び、松尾芭蕉の門人を代表する蕉門十哲の1人に数えられる人物です。

書院東庭は、開祖の昊天と小堀遠州の合作とされる池泉鑑賞式庭園で、蓬莱池泉庭と呼ばれ、佐和山を借景にした庭です。また、方丈南庭は、ふだらくの庭と呼ばれ、白砂を敷き、補陀落山を表現した枯山水の庭園になっています。





裏山の墓地には、彦根御前とうたわれた井伊直弼の母の墓や、直弼の側室であった里和の文塚など、多くの史跡が残っています。



これで、浜松と彦根の両方の龍潭寺にお参りができました。

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井伊家の菩提寺 清凉寺

2011-06-24 | 井伊家
清凉寺は、佐和山の麓にある曹洞宗の寺院です。










1602年、井伊直政の死去に伴い、直孝が墓所として創建しました。
本堂裏の高台には歴代藩主の宝篋印塔があり、寺宝に歴代藩主画像などがあります。

境内が石田三成の家老・島左近の屋敷跡で、本堂前のイヌグス(タブ)の老木は、島左近邸のものとされています。
清凉寺には佐和山に関する七不思議が伝わっていて、この木は夜になると女に化けるといいます。



その他には、
 
「左近南天」左近が大事にしていた木に触ると腹痛を起こすといいます。
 
「唸り門」清凉寺の表門は、佐和山城の城門を移したもので、大晦日になると風もないのに、唸り声がしたり、泣き声がしたりうなったりしたといいます。
 
「壁の月」三成の屋敷の木材が使われたものと言わる方丈の間の一部は、壁に月が浮き出てきて、何度塗り替えても消えなかったといいます。

「小姓の出現」書院の手洗い石は、佐和山城内にあったものだと言われ、暗闇から若い小姓が現れて水を汲んでくれるといいます。

「血の池」墓地の一角にある池で、佐和山落城の際、生首を洗った池と言われ、夕刻になると水面に血みどろの女性の顔が浮かび上がるといいます。

「さらしの井戸」 左近が茶の湯に使用した井戸で、この水に汚れ物をつけておくと、真っ白になるといいます。

「佐和山の黒雲」井伊家の家臣が、彦根城で戦利品の虫干しをしていると、佐和山の方から黒雲が立ち込め、強風で戦利品が持ち去られたといいます。

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