Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§123「妖女のごとく」 遠藤周作, 1987.

2021-07-17 | Book Reviews
 §122「真昼の悪魔」に登場する女医の生い立ちをたどる外伝。一見、ミステリアスでサスペンスな物語と思いきや、実は誰もが人生において直面する危機、そしてありのままの自分としての自己との出逢いを示唆しているような気がしてなりません。

 幼き頃から親の期待を一身に背負い、受験戦争を勝ち抜いて名門大学から大企業へ就職、そして出世競争にも勝ち抜くことで人よりも豊かな生活を享受していくことこそが人生の勝者だという考え方。それは価値観の一つであるべきはずが、努力は必ず報われるという因果律に基づいたロールモデルなのかもしれません。

 主人公の男性は製薬会社に勤める営業マン。身体能力の衰えや出世の限界を感じてきた四十才後半の彼は離婚も経験するなかでこれまで培ってきた自我の喪失という人生における危機をはらむ大きな転換期を迎えます。

 ひょんなことで、ある女医の身上調査することになった彼が、彼を想う後輩の女の子を利用しながら至った最初の結論。

「悪女は悪をしても魅力はありませんが、妖女は悪を行うことでその魅力が輝きを増すような女のことです」(p.169)

 二人の目の前に突然、妖女のごとく姿を現した女医が醸しだす殺意に絶望を感じるなか、お互いを守ろうとする叫び声が呼応した瞬間、目の前から忽然と姿を消す妖女。

「私にとってまるで奇怪な白昼夢のようだった。そして私はこれを誰にも打ち明けることができない」(p9, p274)

 何らかの挫折や経験を通じて在るべき姿をかなえられない場合、これまで無意識下に抑圧されてきた「影」がふと夢のなかであったり、意識化されるのかもしれません。

 「影」を秘密として扱うのでなく、喪失した自我を補償する物語として受け容れるとき、ありのままの自分としての自己と出逢えるような気がします。

初稿 2021/07/17
写真 「女」荻原守衛, 1910.
(絶望と希望の相克を超えて)
撮影 2018/10/14(東京・国立近代美術館)


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