Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§124「わが恋うひとは」 遠藤周作, 1987.

2021-07-30 | Book Reviews
 約四百年の時を超えてめぐり逢う男雛と女雛にまつわる物語。

 朝鮮半島に程近い対馬国の領主 宗義智に嫁いだ妙(たえ)は、文禄・慶長の役で先鋒を務め終戦工作をともに図ったキリシタン大名 小西行長の娘。洗礼名はマリア、そして彼女の影響もあってか彼もまた洗礼を受けその名をダリオと称したそうです。

 仲睦まじい夫婦が別れざるを得なかったのは関ヶ原の戦。ともに西軍で奮戦した義父 小西行長は死罪となった一方で、朝鮮との関係改善のため本領安堵された宗義智は徳川家康への配慮から彼女を離縁せざるを得ませんでした。

 そしてお互いが想う気持ちを託した男雛と女雛をそれぞれに預け、いつしか行方知れずとなったものの、時を超えて男雛と女雛をめぐり逢わせようとした出版社の女性記者の廻りで不可思議な出来事が起きます。

「何か不幸が起こる前後には、あの女雛の顔にかならずなんとも言えぬうす笑いが浮かぶことが.....」(p.63)

女雛の持主に起きる事故や事件はその女雛と関係があるかもしれないと感じる人の言葉。

「無意識にひそんでいる何かが、同じ夢をみさせているのだと考えられるわ」(p.81)

その女雛には宗義智を想い続けた妙が憑依しているのかもしれないと感じる人の言葉。

 ひょっとしたら、お互いを想う気持ちが深ければ深いほど、その記憶は無意識の奥底に沈殿するのかもしれません。それは個人固有の人生という時間軸に沿った記録としてではなく、時を超えてその個人とはまったく別の誰かの人生においてでさえ、何らかの偶然の一致※を契機として再構成される物語なのかもしれません。
※ユング心理学におけるシンクロニシティ(共時性)とコンステレーション(布置)を示唆しているような気がします。

 次々と変わる女雛の持主をたどるなかで出会った男女は約四百年の時を超えてめぐり逢ったと意識しつつも、既にお互いの家庭がある以上、もはやこの世で一緒になることはかなわぬと覚悟を決めて、この世をともに離れることを決意します。

「愛とか恋とか言う以上に、宿命的な、それからは逃れることのできぬ運命の結びつきの感情です。前世から続いている連帯感なのです」(p.374)

 もしかしたら、その物語が輪廻転生と呼ばれることなのかもしれないと感じた女性記者は、誰もが理解してくれるとは限らないからと思ったからこそ秘密にせざるを得なかったような気がします。

「生涯、誰にも言わぬ秘密...わたくしは...一生、このことを誰にも言わない」(p.394)

(余話)
 対馬国一宮・厳原八幡宮神社の境内に鎮座する今宮若宮神社は、約四百年の時を超えて小西マリアを祀り続けているそうです。

初稿 2021/07/30
写真 男雛と女雛にまつわる物語
撮影 2021/02/27(兵庫・西宮)
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#66「TOKYO 2020」

2021-07-24 | Liner Notes
 コロナ禍という緊急事態宣言下の東京で、220の国・地域から約1万人のアスリートが来日するオリンピックが開催しました。

 メイン会場となる国立競技場のコンセプトは神宮外苑の自然に調和した杜のスタジアムとして、47都道府県の木材を使用したハイブリッド鉄骨構造によって、自然の風を回流させる庇と屋根の高さを抑えたデザインを実現しているそうです。

 しかしながら無観客試合となったため、そのコンセプトやデザインを多くの人々に伝える機会は失われたものの、持続可能な社会に向けて科学的合理性に基づいたレガシーとして受け継いでほしいと思います。

 一方、コロナ禍という緊急事態宣言下における五輪開催の是非や意義は様々な観点から議論されていますが、少なくともインターハイ等に向けて努力する身近なアスリートたちの出場機会を損なわぬよう、TOKYO 2020の運営ノウハウの一部もレガシーとしてちゃんと受け継いでほしいと思います。

初稿 2021/07/24
校正 2022/03/03
写真 オリンピックスタジアム, 2019.
撮影 2021/07/03(東京・千駄ヶ谷)
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§123「妖女のごとく」 遠藤周作, 1987.

2021-07-17 | Book Reviews
 §122「真昼の悪魔」に登場する女医の生い立ちをたどる外伝。一見、ミステリアスでサスペンスな物語と思いきや、実は誰もが人生において直面する危機、そしてありのままの自分としての自己との出逢いを示唆しているような気がしてなりません。

 幼き頃から親の期待を一身に背負い、受験戦争を勝ち抜いて名門大学から大企業へ就職、そして出世競争にも勝ち抜くことで人よりも豊かな生活を享受していくことこそが人生の勝者だという考え方。それは価値観の一つであるべきはずが、努力は必ず報われるという因果律に基づいたロールモデルなのかもしれません。

 主人公の男性は製薬会社に勤める営業マン。身体能力の衰えや出世の限界を感じてきた四十才後半の彼は離婚も経験するなかでこれまで培ってきた自我の喪失という人生における危機をはらむ大きな転換期を迎えます。

 ひょんなことで、ある女医の身上調査することになった彼が、彼を想う後輩の女の子を利用しながら至った最初の結論。

「悪女は悪をしても魅力はありませんが、妖女は悪を行うことでその魅力が輝きを増すような女のことです」(p.169)

 二人の目の前に突然、妖女のごとく姿を現した女医が醸しだす殺意に絶望を感じるなか、お互いを守ろうとする叫び声が呼応した瞬間、目の前から忽然と姿を消す妖女。

「私にとってまるで奇怪な白昼夢のようだった。そして私はこれを誰にも打ち明けることができない」(p9, p274)

 何らかの挫折や経験を通じて在るべき姿をかなえられない場合、これまで無意識下に抑圧されてきた「影」がふと夢のなかであったり、意識化されるのかもしれません。

 「影」を秘密として扱うのでなく、喪失した自我を補償する物語として受け容れるとき、ありのままの自分としての自己と出逢えるような気がします。

初稿 2021/07/17
写真 「女」荻原守衛, 1910.
(絶望と希望の相克を超えて)
撮影 2018/10/14(東京・国立近代美術館)
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§122「真昼の悪魔」 遠藤周作, 1980.

2021-07-10 | Book Reviews
 聖イグナチオ教会で語る神父の言葉。

「悪魔は自分が悪魔だと訴える姿を少しも持っていません」(p.8)

 とある総合病院を舞台に医療現場の影で忍び寄る不可解な事件と理不尽な行為。その犯人を探すなかで浮かび上がる四人の女医をめぐる物語(2017年にテレビドラマ化)。

 医療の進歩に貢献し、多くの患者を救うことは医師として在るべき姿のひとつだと思います。でも、一人の女医は研究中の薬剤を余命幾ばくもなき自らの患者に投与して効果を検証し続けます。

「その巧妙な理屈はその上、人間にたいする善の定義をひそかに覆している。善を質で測ろうとせず、量で測ろうとしている。愛のかわりに効果だけしか考えていなかった」(p.272)

 人は在るべき姿への努力によって自我を形成していくこともあれば、挫折によって自我を喪失することもあります。そんな喪失した自我を再生していく過程で、自らの身の丈を再認識してまわりへの共感と尊重が芽生えたとき、ありのままの自分としての自己に巡り逢うような気がします。
 
 自己無き自我の暴走の果てには、自我は都合のよい解釈を囁くのかもしれません。

「そんなわたくしを……神さまがなぜ罰しないのかしら」(p.296)

 もし、救おうとしない神と罰しない神が存在するのだとしたら、神の沈黙とはありのままの自分と向き合う瞬間なのかもしれません。

初稿 2021/07/10
写真 聖イグナチオ教会
撮影 2021/06/16(東京・四谷)
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♪49「トンネルの向こう側」

2021-07-01 | Season's Greeting
 コロナ禍の収束もままならぬまま、TOKYO 2020の開催まで一月を切りました。

 最近、ニューノーマルという言葉を耳にするのは稀ですが、この一年を通じてリモートワークは定着してきた感があります。

 一方で、緊急事態宣言による人流抑制効果も限定的な状況下、今月は転勤等による環境変化がある人にとっては、初めて出会う人との接触機会を減らすことはなかなかできにくい事情もあるような気もしてます。

 この時節だからこそ、いろんなリスクを意識しながら慎重に行動することを心がけるともうすぐトンネルを抜けれると思います。

" No matter what you are going through, there is a light at the end of the tunnel." -Demi Lovate
(どんなことであれ闇の向こうには光あり)

初稿 2021/07/01
校正 2022/02/28
改題 2024/02/22
写真 影ある処 光あり
撮影 2020/06/07(埼玉・東松山)
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