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Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§97「砂の城」遠藤周作, 1976.

2019-12-25 | Book Reviews
 娘に託した母の手紙には、戦地に赴く初恋のひとからの言葉が綴られていました。

「負けちゃだめだよ、美しいものは必ず消えないんだから」

 娘の親友は駆け落ちした恋人のために罪を犯してしまいます。彼女にとっては娘はかなわぬ存在、言わば「コンプレックス」。

 刑務所で彼女が娘に語る「自分の生き方に後悔していない。憐れまないでほしい」という言葉は、娘には真似できないこと。

 キャビンアテンダントになった娘が遭遇したハイジャックの主犯は娘の初恋のひと。

 彼がつぶやく「やがて、わかるよ、ぼくらが何故、ハイジャックしたか」という言葉は、娘が理解することができないこと。

 難病に苦しむ人々の救済に人生をかけるパリで出逢った初老の紳士は、偶然にも娘が探していた母の初恋のひと。

 彼がつぶやく「美しいものと善いものに絶望しないでください」という言葉は、娘が「自己」とはなにか?を考えはじめるきっかけ。

 誰もが信じようとする美しいものは、浜辺に築く「砂の城」のように波に消されてしまうと考えられがち。

 時間と場所の隔たりを超えて偶然に巡り会う設定は、ユング心理学における「シンクロニシティ」の世界観を示唆しつつ、ありのままの自分とはなにか?つまり「自己」を絶えず追い求める物語のような気がします。

初稿 2019/12/25
校正 2021/12/20
写真「砂の城」
撮影 2015/06/23(島根・山陰海岸)