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続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『ポラーノの広場』491。

2014-10-27 07:03:07 | 宮沢賢治
「それではさようなら。また行きますよ。」ファゼーロは云ひながらみんなといっしょに帽子をふりました。みんなも何か叫んだやうでしたがそれはもう風にもっていかれてきこえませんでした。そしてわたくしもあるきみんなも向ふへ行ってその青い風のなかのアセチレンの火と黒い影がだんだん小さくなったのです。


☆講(はなし)の運(めぐり合わせ)は、茫(はるかに遠い)死であり、化(教え導く)教(神仏のおしえ)の譜(つづく)講(はなし)である。
 構(組み立てた)講(はなし)は照(あまねく光があたる=平等)を普(広く行渡らせる)ものである。
 化(教え導くこと)で告げるのは永(とこしえ)の照(平等)である。

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