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続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

山歩きは愉しい。

2013-04-21 07:03:27 | 日常
 低山散歩は愉しい。
 植物観察会で大楠山に・・・はて、どこに集合だったっけ?

(大楠・・・口)

「大楠登山口っていうバス停ありますか?」と、市民病院まで乗ったバスの運転手さんに聞いて見ると、
「あることはあります。でも登山口は木古庭のほうですよ、大楠芦名口なら逗子行きに乗ってください」という。

(ええっ、どっち?)
(痴呆老人のようで嫌だったけど)やむなく博物館に電話。すると、「大楠芦名口です」というので一安心。


(まったく一人での行動に自信がないまま老人になってしまった)


 それでも、植物観察の道行きはすごく愉しくて旧知の友人たちとも愉しいおしゃべり。やっぱりいいなぁ、野山の散策は!


 曇った空、冷え冷えとした冷気、今にも降りそうな曇天、降り出した雨・・・へいっちゃら♪

 かくして、リハビリを兼ねた散策は無事終了。大森先生、大前先生、ありがとうございました。

『セロ弾きのゴーシュ』64。

2013-04-21 06:48:46 | 宮沢賢治
すると狸の子はぼんやりした顔をしてきちんと床へ座ったまゝどうもわからないといふやうに首をまげて考へてゐましたが、しばらくたって
「狸汁ってぼく知らない。」と云ひました。ゴーシュはその顔を見て思はず吹き出さうとしましたが、まだ無理に恐い顔をして、

 顔はface→Faith/信仰を暗示すると思う。

☆千(たくさん)の利(都合がいい)詞(言葉)を含む章(文章)が趣(志すところ)であり、行(文字の並び)の裏に重なっている。
 痴(おろか)の原(原因)は贋(にせもの)の権(自己を主張する資格)である。
 至(いきつく)衰(おとろえ)、誰の謀(くわだて)も離(関係を絶つ、はなれていく)とは、経(不変の真理を説いた書物)の信仰である。

『城』1248。

2013-04-21 06:19:54 | カフカ覚書
ところが、教師のほうは、彼一流の落着きはらった態度をくずさず、Kとのあいだに訪問の約束のようなことがあったということを、いまやっと徐々に思いだしかけているふうであった。

 (はじめは)/erst→Arrest/禁錮。
  einmal→Ahn mal/先祖、傷痕。

☆ところが、教師(空虚)のほうは禁錮には遅々として控えめであり、Kと先祖には客(死去)としての訪問作法の申し合わせがあることを、先祖の傷痕とともに覚えているようだった。