この話はフィクションです。
ユキちゃんは児童養護施設で育ちました。
15年前、ユキちゃんは誰かに手をひかれてその施設に連れられて来ました。
その人は施設の人にユキちゃんを渡すとどこかに去っていきました。
施設の人はユキちゃんをあたたかく迎え入れてくれました。
ユキちゃんはお父さんの顔もお母さんの顔も覚えていません。
でもその施設にいるのは同じような境遇の子供ばかりだったので、ユキちゃんは特に淋しさを感じることもなく明るく元気に育ちました。
ユキちゃんには小さいころのかすかな記憶がありました。
プールで遊んで、お風呂に入って、綺麗なお姉さんたちが大勢で踊っているのを見て、とっても楽しかった。
それがユキちゃんの施設に入る前の唯一の幸せな記憶でした。
ユキちゃんはときどきそれを思い出して、すごく懐かしい気持ちになりました。
あるときユキちゃんは偶然「フラガール」の映画を見て、「これだ!」と思いました。
自分の遠いかすかな記憶、プール、温泉、ダンス。
記憶にあったのはこれだ!
そうか、私はハワイアンズに行ったんだ。
記憶の謎が解けたユキちゃんは、「フラガールになりたい」と思うようになりました。
ユキちゃんは園長先生に相談しました。
「自分の将来の希望が持てるのはとってもいいことだわ。素敵じゃない。頑張って!」と園長先生は言ってくれました。
園長先生のはからいでユキちゃんはダンスを習えることになりました。一生懸命稽古をし、フラガールになるための学院の試験を受け、見事合格しました。
ユキちゃんは長い間お世話になった施設を離れ、研修生として社員寮で同期の新入生たちと寮生活をすることになりました。
「園長先生、今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「ユキちゃん、おめでとう。よく頑張ったわね。ウチで育てた子がしっかりと一人前になって出ていってくれることが、先生一番嬉しいわ。これからも元気で頑張って、素敵な踊り手さんになってね!」
園長先生は涙をふきながら言いました。
「はい、私頑張ります。園長先生もお元気で・・・」
「ユキちゃんの初舞台、見に行くわ」
「はい!是非いらして下さい!」
一緒に暮らした仲間たちも口々に「がんばれー!」と言い泣きながら笑顔で手を振って見送ってくれました。ユキちゃんは涙が止まりませんでした。
それから・・・・
社員寮に入ったユキちゃんは、もともと集団生活に慣れていたので、親元を離れ暮らし始めたばかりで不安な他の同期生たちの精神的支柱になっていく。
半年後、研修生たちの初舞台の日、客席には園長先生と施設の仲間たちが横断幕を持って駆け付けてくれる。2年間の研修生期間が終わって学院を卒業、いよいよプロとしてデビューする日が決まって、ユキちゃんが真っ先に報告したのも園長先生だった。
数年後、チーム内で頭角を現したユキちゃんは、ソロダンサーに抜擢される。
ソロデビューの日、客席の隅の方にハンカチを握りしめて、じっとユキちゃんを見つめる初老の女性が目に入る。その女性はそれから何回もユキちゃんの舞台を見に来る。
ある日、偶然、通路でその女性と出会ったユキちゃんは思い切って声をかけてみる。
しかしその女性は口を閉ざしたまま走るように去ってしまう。
それきりその女性はショーに来なくなる。
そのことを園長先生に話したら、もしかしたらその人はユキちゃんのお母さんではないかと言う。
そして、ユキちゃんは、自分が施設に預けられることになったいきさつを知る。
ユキちゃんのお父さんが事業に失敗して失踪。借金取りに追われ、生活力のなかったお母さんはやむなくユキちゃんを施設に預けた。そのお母さんもそれきり音信が途絶えていた。
偶然娘の名前を見つけ、確かめるためにこっそり見に来たのではないかと。
「もしお母さんだったら会いたい?」
「はい」
「お母さんのことを恨んではいない?」
「恨んでなんかいません」
ユキちゃんは自分の幼いころの記憶の話をする。
「私が今こうして踊っているのもそのおかげだと思います。私はお母さんに会ってそのことを確かめたいのです」
「わかったわ。私が調べてみる」
そして再会する母娘。
「ごめんなさい、娘に会う資格なんかないと思った」
泣き崩れる母。
母をなぐさめ、遠い記憶について話すユキちゃん。
それはやはり本当だった。
ユキちゃんを施設に預ける前に、もうこれで当分会えないだろうと思い、残りのお金を全部使って幼いユキちゃんを連れてハワイアンズに遊びに行ったのだという。ユキちゃんと最後の楽しい時間をすごすために。
親の愛を知らずに育ったと思っていた自分にも、本当はお母さんとの切なくも幸せな時間があったのだと知り、心の氷が溶けたように涙があとからあとから流れ出すユキちゃん。
「私が今あるのはお母さんのおかげだよ」
お母さんと一緒に住むことにしたユキちゃん。
いつかお父さんとも会えるといいね。