ブログを書き続けてゐる人が、それを本にまとめることがある。
それがベストセラーになる場合もある。
「生協の白石さん」なんかその部類であろう。
そもそもブログとはインターネット上のヴァーチャル文字文化であって、実体はない。
つまり本といふ形に実体化したとたん、ブログではなくなるといふこと。
それでも本にしたくなるのは何故なんだろう。
ネット上のデータはサーバーが停止すると跡形なく消滅する。
本にしておくと一応半永久的(かどうかは知らないが)に残る。
なによりも実体化したものは簡単に書き換えたり消去したり、変更ができない。
その意味で「完成」感がある。
ネット上の電子データはどこか「假」の気分がついてまわる。
例へば、図書館で「夏目漱石全集」を買ふとしやう。
岩波書店から事実上の定本として有名な権威ある印刷物が出てゐる。
假に電子ブックが出たとして、図書館で買ふのにふさわしいのはどちから。
電子ブックは破損の心配や、貸出中で他の人が利用できないなどの不都合が生じない利点がある。
しかし、電子ブックって、図書館の蔵書といへるのか??
極端な話、蔵書が全て電子ブックの図書館があったらどうだらう。
それってどんな建物になるんだらう。
閲覧席に端末が置いてあるだけ?
それでも図書館なのだらうか。
図書館の定義ってなんだ(笑)?
それがベストセラーになる場合もある。
「生協の白石さん」なんかその部類であろう。
そもそもブログとはインターネット上のヴァーチャル文字文化であって、実体はない。
つまり本といふ形に実体化したとたん、ブログではなくなるといふこと。
それでも本にしたくなるのは何故なんだろう。
ネット上のデータはサーバーが停止すると跡形なく消滅する。
本にしておくと一応半永久的(かどうかは知らないが)に残る。
なによりも実体化したものは簡単に書き換えたり消去したり、変更ができない。
その意味で「完成」感がある。
ネット上の電子データはどこか「假」の気分がついてまわる。
例へば、図書館で「夏目漱石全集」を買ふとしやう。
岩波書店から事実上の定本として有名な権威ある印刷物が出てゐる。
假に電子ブックが出たとして、図書館で買ふのにふさわしいのはどちから。
電子ブックは破損の心配や、貸出中で他の人が利用できないなどの不都合が生じない利点がある。
しかし、電子ブックって、図書館の蔵書といへるのか??
極端な話、蔵書が全て電子ブックの図書館があったらどうだらう。
それってどんな建物になるんだらう。
閲覧席に端末が置いてあるだけ?
それでも図書館なのだらうか。
図書館の定義ってなんだ(笑)?