新新☆もこほじゃほろみ日記

煩悩と私事のサイト

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格闘中

2009-02-28 | 雑感
吾輩のパソコンがいよいよ調子が悪い。
1TBのハードディスクを買ってきて大事なデータを移しているのである。
本体は近日中に替えるつもり。

ところがコピー中にしばしば電源が落ちるのである。
長時間かかる処理はマシンの気分次第みたいね??

おかげで昨夜は大変だった。
今日も。おそらく明日も。当分続くだろう。
そんなことしているうちに月が替わってしまったのであった。

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2009-02-27 | 雑感
もう2月も末の今日、東京では初雪が降った。
未明から降っていた冷たい雨が午前10時近く雪に変わった。
一時は大粒の雪が激しく降りしきったが積雪にはならなかった。

写真は職場の窓から東方向を見たもの。
左の高い建物は文京区役所。右端に東京ドームのほんの一部。
間に東京ドームアトラクションズ(旧後楽園遊園地)のジェットコースターやラクーア(温泉施設)の黄色とオレンジのビルが見える。

視界いっぱいに雪が舞う様子はとても見応えがあった。
雪は3時ごろには雨に変わり、私が帰宅する頃にはもう全く痕跡はなかった。

東京の雪は春の前触れ。
ちょっとイルカの『なごり雪』を思い出したのであった。

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空即是色

2009-02-26 | 宗教
「色」とは人間が感覚で認識可能な一切の物質的現象というべきか。

あらゆる物質的現象は、本質的な実体はなく、何らかの原因や理由によって導かれた一時的なものだという。

巨大なヒマラヤ山脈も造山運動によって生まれたものだし、それ以前は海か何かで存在しなかった。いつの日か遠い未来には消滅することだろう。

つまり「ヒマラヤ山脈」という巨大な実体は、永遠の存在ではなく、どんなに長時間存在しようと、あくまで一時的なものであるといえる。

それら縁起によって成り立っているもののあり方を「空」と呼ぶのだと理解している。

だからあらゆるものは、夢幻であっても実体だと思っているものでも、一時的な存在という点で本質的に変わりはない。

さらに我々が名前をつけて呼んでいる「実体」も、よくよく考えてみれば様々な要素が集合したもので、どれがその本質であるかわからない(『ミリンダ王の問い』)。というかどれも部分であって本質ではない。五蘊仮和合の存在である。

これもものの本質は「空」であると言っているように思える。

で、「空」なんだから全てものものは一時の夢で、そんなものは皆捨ててしまえ、というのが、「色即是空」だと、まあ乱暴ですがひとまずそういうことにする。

しかしながら、我々はそういう虚構の中で生きるしかない存在である。どんなに今見ているものが五蘊仮和合で一時的なものであったも、まず自分自身が一時的な存在であるし、肉体的実体があるのもまた事実ではある。(唯識派はそれも疑問視しているみたいだがそれは置いといて)

だから「空」だと解ってはいても、それらが物理的具体的に自分に影響を及ぼすこと、これもまた認めなければ嘘になるだろう。また自分自身も他と無関係でいることが不可能な存在である。いくら否定しようったって無理だ。

そこに「空即是色」の意義があると思うのである。

「色即是空 空即是色」と180゜を2回転しまた元のところに戻ってくるようであるが、立つ場所は同じでも知っているのと知らないのでは、人生に対する意味づけがたぶん変わってくるだろう。私はそんなことを考えつつ、「空」の周りを何週もしているのかもしれない。

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色即是空

2009-02-25 | 宗教
柄にもなく忙しくて一日更新を飛ばしてしまった。

あー、決して飲みすぎのせいではありませんよ(それは昨日)。

で、無理やり日付を戻して、予告編。
久しぶりに今夜は仏教の話題を書きます。
そうさな、「空」について書くか。

『般若心経』に曰く、
「色即是空 空即是色」と。

色(しき)とは、
認識の対象となる物質的現象の総称で、感覚器官(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって認識する対象(「境」)の一つ。特に眼識の対象。(Wikipediaより)

で、それらは「空」であると。
でもって、「空」も「色」であると。

「空」ってどういう意味?
私なりの考えはこうだ。

(つづく)

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イビキ

2009-02-24 | 雑感
とある人の送別会だったのだ。
日本酒を飲みながら「朝日山」の話なぞしていたら、
偶然その人がわが家の財務大臣と同じ高校出身だということがわかった。
年はその人の方がずゐぶん上だけどね。
そんなこんなでしこたま飲んで家に帰ると天井が回っていた。
ブログも見ずに寝てしまう。

突然私を起こす者あり。
「・・・??」
「うるさいよ!」
「むぅ~?」
「イビキがうるさいから、あっち向いて寝て!」
飲んで寝ると体のあちこちが緩むのであろうか。
畳が震えるような大イビキをかいて寝ていたらしい。
「はい、すみません」
横向いて再び眠りの国へ。

朝になった。
案の定、強い二日酔い。
自業自得で朝から大臣に頭が上がらず(いつものことか)。
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あれから3年

2009-02-23 | 荒川静香
今日は皇太子さまのお誕生日。
私事ながら妹の誕生日でもある。
そしてもう一つ!

あれから3年たつ。
あれとはもちろんトリノオリンピックのあの日である。
現地時間では23日夜。
日本時間では24日早朝となる。

当時の私のブログには25日付で感想を書いている。
それは何故かというと、24日の夜感想を書いているうちに25日になったから。
その時は日付の調整をしていなかったのだな。
それ以後日付を調整し、12時が過ぎても前の日の日付でUPするようにした。

あの日を境に私の中で何かが大きく変わった。
今まで気がつかなかったいろんな「ドア」の一つが開いた。
数日前にも書いたが、rinさんのご指摘にもあるように、ブログを辿ることで、ずるずると深みに傾斜していく自分を振り返ることができる。

朝起きて見た演技(出勤するまでに3回くらい見た)に吸い込まれた。
その時から私の心に魔法がかかった。
涙も見せず「君が代」を唱和した表彰台。
そして表彰台での笑顔もそうだが、閉会式で見せた笑顔のなんと晴々しいこと!
大きな仕事を成し遂げた人のみが見せる、満足感と解放感に満ちた笑顔。

斜面を滑り始めた私の心は加速こそすれ勢いが弱まることはなかった。
日本に帰国するまで何週間かあったと思う。
その間に日々思いは深まった。

ある日CDショップでヴァネッサ・メイの「トゥーランドット」を試聴した時、音だけなのに目の前にありありと演技する姿が浮かんだ。
まさに音楽と一体となった演技を実感し身震いした。
しかも実際の演技には使われなかった部分でも映像が浮かぶのにはまいった。

帰国してからのTV・イベント等の出演ラッシュもきちんとこなし、インタビューでも迎合せず浮つかず、常に自分らしく凛として受け答えする様子に感心したのだった。

いつしか「アラカワ・シズカ」という名前そのものが、単なる名前を超えた「聖音」として私の脳内に深くインプットされた。

比類なき能力の高さ。恵まれた容姿、目に宿る力、鋭さ、厳しさ、研究心、集中力、信念の強さ、意志の強さ、謙虚さ、健全さ、優しさ、思いやり、真面目さ、冗談好き、お茶目、頭の良さ、無欲さ、潔さ、傲りのなさ。

私はスケーター、というかスケートを通して表現する、表現者荒川静香のファンである。
が、同時にまた人間荒川静香のファンでもある。
この3年間、知れば知るほど、初期において私が直感的に感じたキャラクターのそれらが正しかったことを確信するのである。

天は二物も三物も与えた。
私は色が白くて頭の良い人が好きだ。(なんだこのまとめは?)

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「今日は何の日」
しーちゃんの金メダルシーンの放送中に、「“おくりびと”アカデミー賞外国語映画賞受賞」の速報が重なった。
勝利の女神?
しーちゃんにはそういうところがあるのではないかと思う。

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オルガン豆知識

2009-02-22 | 芸術
オルガンのディスポジション(音色の構成)を見てると、Prinzipal 8'みたいなのははいいとして、時々Mixtur Ⅳのように音色を表す名詞の後にローマ数字が書いてあるのがなんだろうと思っていた。

ようやく解ったのが、これは同時に鳴るパイプの本数(列数)を表したもの。
ちなみに上記のMixturでは、オクターヴ系・五度系・時に三度系の、4つの倍音(和音)が同時に鳴ることを意味する。実際にどの音が鳴るかはオルガンによって異なるようである。ただし、これだけだと其音は鳴らないので(差音の原理で鳴っているように聴こえるけど)基音のストップと重ねて使うのが普通である。

倍音を実際に鳴らすことで、音に厚みや豊かさや、時には鋭さを増すことが目的である。

なにやら訳が解らなかったらご免なさい。ちょっと酔っている。
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お誕生日

2009-02-21 | 雑感
今日は愚息の満15歳の誕生日である。

したがって愚息は高校を受けた時点ではまだ14歳だったわけである。
これは私も同様であって、私などは3月末の生まれであったので、15歳として中学生活を送ったことがないわけである。早生まれの宿命である。

それはともかく、愚息は以前からインターネットをやらせろと要求していた。高校に合格したら考えてやると先送りにしてきたのだが、合格してしまった以上これ以上逃げられなくなってしまった。誕生日のお祝いを兼ねて望みをかなえてやることとした。

今度新しくやるならイー・モバイルがよかろうと決めてはいた。近所のパソコンショップに行き、D21HWというスティックタイプのデータカードを選び、年とく割スーパーライトプランで契約をする。

帰途、もう嬉しくてしょうがないという様子の愚息に、「有料サイトに勝手に入ったり、有料データをDLしたら駄目だぞ」とか「18禁は駄目だぞ」とか「荒らしは駄目だぞ」とか「ネットユーザーとして良識ある使い方をするんだぞ」とか駄目を押す。

帰宅してさっそくセットアップする。こういうのは愚息は得意である。自分でマニュアルやウィザードを見ながら、まもなく開通する。歓声を上げすぐにネットサーフィンに没頭する愚息。通信速度はまずまず。これでモバイルなんだから、有線より絶対良いと思う。実は私も近いうちにイー・モバイルに替えようかと思っている。

大変満足そうな愚息を見てまんざらでもないバカ親であるが、一つ心配がある。このブログは家族には内緒でやっている。愚息に感づかれたらどうしよう。もしもバレたら滅茶苦茶恥ずかしい上に父親の権威失墜間違いないのである。そうならないために、このブログを会員制にしようか、なんてね~。

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相乗効果

2009-02-20 | 荒川静香
本日2月20日付け讀賣新聞夕刊、お待ちかねのエッセイ「荒川静香・プロの本音」
今回のお題は『曲と滑りの相乗効果』である。

サマリーは以下の如し。

・フィギュアスケートと音楽の関係は密接だ。

・「コレだ!」と思って見つけた曲を、部屋、車中、リンクと状況を変えて聴くと、違った印象となる。トリノで曲を変えたのもそういう理由である。

・どんな曲がこの会場にはえるかと思ったとき「トゥーランドット」がパッとひらめいた。本番で流れる曲や滑る心地良さが鮮明にイメージできた。

・一般には有名でないクラシック曲を耳にして「この曲知ってる!」と思うことがある。クラシック曲のイントロ当てクイズをやったらフィギュアスケーターはきっと強いだろう。

(→これは面白い。是非対決したいものである??)

・プロへの転向動機の一つに、「音楽を感じて心で自分らしく滑りたい」という自分のスタイルの追求があった。

・アマチュアでは歌詞付きの曲は禁止だが、プロは歌詞付きが多い。歌詞を理解した上で、何をイメージし表現するか、何を伝えたいか、その時々の心情や状況でいろいろな解釈・表現が見えてくるのが面白い。

・アートオンアイスでは、生演奏に合わせて滑るが、ある時一気に歌のストーリーが描けるようになり、滑るのが心地よくなった。

・生演奏は歌手の調子によってテンポや表現が変わり、それをスケーターが読み取りフィーリングを重ねる。同じ状況は一度もなく、ショーは生き物だと感じる。

・自分に挑戦し、最高の演技を目指す。限界がないのがエンターテインメントの魅力だ。「来年も来てね!」と言われるのがプロの「結果」だと思う。

・スケーターが何を表現しようとしているか、奥に秘めたメッセージは何かに注目しフィギュアスケートを観るのも一つの楽しみ方だと思う。


最後の行は、「そういうふうに私たちの演技を見てください」という意味にも取れた。がってんだ!
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失せ物出づ

2009-02-19 | 荒川静香
部屋のCD-RやDVD-Rを整理していたのである。
何を焼き付けたのかわからないものも多く、いちいち再生して確認するのが面倒なのだが仕方ない。
私は基本的に「片づけられない男」なのであります。

そうしているうちに出てきた一枚のCD-R。再生してみたら、おおっ!!
失くしたと思っていたしーちゃんの動画が出てきたんである。
しーちゃんが「僕らの~前には~ドアがある~♪」と歌ふCMメイキングの映像なんであります。

そういえば思い出したのだが、CD-Rが焼けるかどうか試すのに使ったのがこれだった。
嬉しいなったら嬉しいな~♪

以前事故って消えちゃったと思っていた動画の中で一番惜しかったのだよ~ん。
(二番目はアイスクリーム工場見学のやつ)

しーちゃんの美しい歌声が帰ってきた。初々しい笑顔とともに。
(あれって2006年3月27日の仙台パレードの直後に撮ったものだったんだよな)
しばしうっとりと夢の世界を彷徨ったのだった。

そうこうしているうちに今年も2.23が近づいている。うっひょ~!

参照
2006年4月14日の記事
2008年9月3日の記事

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