新新☆もこほじゃほろみ日記

煩悩と私事のサイト

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カッコイイ!

2011-06-30 | 芸術
懐かしいぞ。
この勇壮な主題歌。
歌としては当時のどのアニメよりも(例えば「鉄人28号」なんかよりも)ずっとカッコいいと思ってゐた。
今聴いてもカッコイイね。


このアニメとは無関係だが、これ歌っているカツミシゲルはのちに大変ヤバいことをしでかす。
クワタジロウもなんかで捕まらなかったっけ?

TBSのロゴも懐かしいんである。

作詞は前田武彦。
作曲者の萩原哲晶は、「スーダラ節」「はいそれまでよ」などクレージーキャッツのヒット曲のほとんどを作った人といふのもすごい。ちなみに「ホンダラ行進曲」はGATSBYのCMでキムタクが踊ってゐることで有名である。

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嗚呼

2011-06-29 | 雑感
わたすの愛読していたHP「B級スポット&動物園」が・・・
全国の変な展示や社寺などの珍スポット(本人いわくB級スポット)、性神、変わった食べ物屋、そしてしょぼいのから立派なのまで動物園をバイクに乗って巡り、貴重な写真とともに楽しいツッコミを入れる。
このHPに触発され、いつか行ってみやうと思ってゐる珍名所は数多い。
ちなみにこの方は、荒川聡子さんといふお名前だった。私事ながら、あらかはと聞いただけで心が躍ったのである。(しーちゃんとは全然似ていないが)
好奇心や探究心に充ち溢れ、かつ主観的な見解に徹する姿勢は、わたすも大きく共感するものがあった。

今年の3月、大震災から数週間後の更新を最後にぱったりとリンクが切れてしまい、なにかあったのかと案じてゐた。
つい先日、亡くなってゐたことを知った。
まあ、なんて突然に。
まだ49歳か?わたすより5歳も若いのに・・・・

4月にくも膜下出血で倒れられ、帰らぬ人となったさうである。
故人を偲び、せめて残ったバックナンバーのリンクを貼らせていただく。
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/

ご冥福をお祈りします。  合掌

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振り替え

2011-06-28 | 芸術
日曜日に出勤した振り替え休日が今日だった。
ちなみに昨夜はパソコンのある部屋でダニアースレッドなぞ焚いたため、部屋に入れずブログの更新ができなかった。

振り替え休日のけふ、映画「アンダルシア」を観に行ったのだ。
ええと、お察しの通り?財務大臣の提案であります。
ウチの財務大臣(妻ともいう)は、特に織田裕二のファンというわけでもなく、また伊藤英明のファンというわけでもないが、「踊る大捜査線」シリーズは全部観ていたし、「相棒」のファンだったり、まあサスペンスものというかミステリーというか、ああいうのが好きで、「アマルフィ」以降の外交官黒田康作シリーズも好きなんである。

映画ははじめのうち、ややストーリーに入って行きにくかったが、途中からはぐんぐん引き込まれてしまった。
ネタバレになるのでストーリーは書かないが、撮影場所は、パリ、フランス・スペインに挟まれたピレネー山脈の小さな国アンドラ、バルセロナ、そしてアンダルシア地方のロンダ。とても美しい場所ばかりであります。
特にロンダの町が深い渓谷とそそり立つ絶壁(そこに橋がかかってゐる)の上に造られているのに驚いた。

映画館は音響が効いてゐるので、カーアクションのシーンなど衝突音などがすごい迫力なのだ。
町の雑音の中に、教会の鐘の音が混じってゐるのが嬉しかったぞ。

織田裕二が渋かったね。「踊る大捜査線」に比べるとさすがに歳とって、大人の演技になったと思ふ。
伊藤英明も強さと弱さを持った人物を好演してゐた。
黒木メイサが難しい役を演じきってゐた。

わたすは黒木メイサはとても美人だと思ふ。
ちなみにわたすが今売れている若手で一番綺麗だと思ふのは、黒木メイサと佐々木希(この映画には出ていないけど)の二人だが(かなりタイプが異なるな)、でもやっぱりしーちゃんの方がずっと綺麗である。しーちゃんはすべてを超越した存在なのである。(何で話がそこに行く?)

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振り替え

2011-06-28 | 芸術
日曜日に出勤した振り替え休日が今日だった。
ちなみに昨夜はパソコンのある部屋でダニアースレッドなぞ焚いたため、部屋に入れずブログの更新ができなかった。

振り替え休日のけふ、映画「アンダルシア」を観に行ったのだ。
ええと、お察しの通り?財務大臣の提案であります。
ウチの財務大臣(妻ともいう)は、特に織田裕二のファンというわけでもなく、また伊藤英明のファンというわけでもないが、「踊る大捜査線」シリーズは全部観ていたし、「相棒」のファンだったり、まあサスペンスものというかミステリーというか、ああいうのが好きで、「アマルフィ」以降の外交官黒田康作シリーズも好きなんである。

映画ははじめのうち、ややストーリーに入って行きにくかったが、途中からはぐんぐん引き込まれてしまった。
ネタバレになるのでストーリーは書かないが、撮影場所は、パリ、フランス・スペインに挟まれたピレネー山脈の小さな国アンドラ、バルセロナ、そしてアンダルシア地方のロンダ。とても美しい場所ばかりであります。
特にロンダの町が深い渓谷とそそり立つ絶壁(そこに橋がかかってゐる)の上に造られているのに驚いた。

映画館は音響が効いてゐるので、カーアクションのシーンなど衝突音などがすごい迫力なのだ。
町の雑音の中に、教会の鐘の音が混じってゐるのが嬉しかったぞ。

織田裕二が渋かったね。「踊る大捜査線」に比べるとさすがに歳とって、大人の演技になったと思ふ。
伊藤英明も強さと弱さを持った人物を好演してゐた。
黒木メイサが難しい役を演じきってゐた。

わたすは黒木メイサはとても美人だと思ふ。
ちなみにわたすが今売れているタレントで一番綺麗だと思ふのは、黒木メイサと佐々木希(この映画には出ていないけど)の二人だが(かなりタイプが異なるな)、でもやっぱりしーちゃんの方がずっと綺麗である。しーちゃんはすべてを超越した存在なのである。(何で話がそこに行く?)

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葷酒山門

2011-06-26 | 雑感
「不許葷酒入山門(葷酒山門に入るを許さず)」といふ言葉がある。
賢明なる読者諸氏はご存じのことと思ふが、よく禅寺の入口に石碑が立ってゐたりするアレである。
意味は、「葷」すなわちネギやニラやニンニクのような臭気の強い野菜や酒は修業の妨げになるので、寺の境内に入れてはならないという意味である。
酒はともかく、ニラやニンニクが修業の妨げになるといふのは、その臭気が修業の邪魔をするといふよりは、もちろんそういう精力がつくものを食うと○○○がムラムラとして煩悩が抑えられなくなるといふ意味であろう。

実はわたすはネギもニラもニンニクも大好きである。しかし食べたからといって特にムラムラくるというわけでもない。といふより、デフォルトが煩悩まみれなので、食ったからといって特に目立った変化があったかどうかわからないといふのが実態であらう。わたすとしては、どちらかといふと精力ムラムラになって困るといふよりは、食ったあとその臭いで周囲に迷惑をかけないかの方が気になる。

と言いながら、実は今日の昼(日曜出勤だった)思いっきりニンニクを大量に食ってしまった。
何故かといふと、職場の近所のコンビニに昼飯を買いに行ったら、ランチバイキングとか称するものをやっており、その中のガーリックライスが美味さうに見へたのね。
で、我を忘れて容器いっぱいにぎゅうぎゅうに詰め込んだのね。
その直後、一瞬冷静になったんだけど、一度取ったものを今さら戻せるかい!なんて思っちゃったのね。

で、推定ニンニク半個近くあるであらう、スライスニンニクたっぷりのガーリックライスを美味しくいただいたのである。ちなみに残すなんてことは一度食い出すと考えないのである。
あ~、とても美味かったです。食ったあとで腹の中がポッポと熱くなったぞ。
そのあとわたすはなるべく人に近づかず、私語も一切せず、引きこもりのやうに夕方までの時間を過ごしたのであった。

ところで今現在、わたすの体にこれといった変化はない。

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2011-06-25 | 芸術
今日、わたすの住む東京都多摩地区北部は、午後3時ごろ雷鳴が轟き、前が見えないくらいの豪雨が降った。
30分くらい降ってあがって、また少し降った。
大体そういう集中豪雨って局地的で短時間で終わるんだけどね。
俗に「雷が鳴ると梅雨が明ける」っていうけど、まだ6月なんだよな。
梅雨明けにはまだちょっと早いかな。

轟く雷鳴や、激しく屋根や地面を打つ雨の音は、実は大好きである。
音楽の原点がここにあるように思ふ。
たとえばそれを昇華させたものが、ベートーヴェン「田園」の第4楽章、ということだらう。

その「田園」第3楽章・第4楽章


第3楽章の「農民の踊り」は子供の頃一番好きな楽章だった。
楽しい踊りから一変して、雲行きが怪しくなり、風が吹き出し、やがて雷とともに激しく雨が降り出す。
この楽章の描写は何回聴いてもすごい。特にチェロ・コントラバスの低音弦の動き。
で、雨があがって日が射してくるところがまたいいんだな~

ここまで聴いたら第5楽章も聴かないわけにはいきますまい。


私はこのロンドと変奏曲をミックスした楽章全体が好きだが、日没を思わせるコーダが特に好きである。
ウィーン・フィルの音色がいいね。

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ささやかに

2011-06-24 | 芸術
聖ヨハネ祭を過ごす。
といっても、ムソルグスキー「はげ山の一夜」とサン=サーンス「死の舞踏」を聴いただけよ。
前者はイーゴリ・マルケヴィッチ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、後者はハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送交響楽団、どちらもドイツのオケだ。後者は指揮者もドイツ人。悪いか(笑)

マルケヴィッチは昔N響定期で生を聴いたことがある。ずゐぶん昔だ。あんときゃチャイコフスキーの「悲愴」にムソルグスキーの「展覧会の絵」なんてすごいプログラムだったな。N響が底鳴りしていたぞ。

岡田暁生著「音楽の聴き方」(中公新書2009)読み始める。
扉より:音楽の聴き方は、誰に言われるまでもなく全く自由だ。しかし、誰かからの影響や何らかの傾向なしに聴くこともまた不可能である。それならば、自分はどんな聴き方をしているのかについて自覚的になってみようというのが、本書の狙いである。聴き方の「型」を知り、自分の感じたことを言葉にしてみるだけで、どれほど世界が広がって見えることか。規則なき規則を考えるためにはどうすればよいかの道筋を示す。

これこそ、わたすが生涯のテーマとして考えてゐることと言っても過言ではない。
そこに拙いブログを書く意味もあろうといふもの。
でも自分の感じたことを言葉にするのはすごく難しいんよ。
なので、わりとそこを避けちゃってる、正面対決しない、ガチンコで取り組まないわたすでもあるのよ。
それじゃ、なんのためのブログぞ。矛盾してるわたす。

ちなみに、固定的な聴き方は面白くない。実はついさっき、トスカニーニのシューマン「ライン」とブラームス「3番」も聴いたが、シューマンがすごくいいのでびっくりした。もちろんブラームスもよかった。もしトスカニーニというだけでドイツ物を敬遠する輩がいたら、その人には音楽の鑑賞能力の何かが欠けているような気がする。(ちょっと過激だったかな。炎上するかしら)

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シメソバ

2011-06-23 | 雑感
シメサバ(〆鯖)ではなくシメソバである。
わたすは飲んだ後、〆に蕎麦を食うのが好きだ。
最近乗り換え駅の近くに、立ち食いだけどけっこう美味い蕎麦屋が出来た。
飲んで帰る時など、乗り換えの合間に〆に蕎麦でもなんて気になるのである。

が、さういふときに限って、待ち時間なしに電車が来るのである。
で、また夜は電車の本数が少ないときた。
結局、蕎麦に未練を残しつつ電車に乗ることとなる。
人生とは皮肉なものよ・・・ なんちゃって

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真夏日

2011-06-22 | 芸術
東京は今年初の真夏日だったのだ。
夏至と真夏日が重なったわけね。梅雨時だけに意外に珍しいかも。

夏至といへば西洋では「聖ヨハネ祭」である。
冬至とクリスマスが結びついてゐるやうに、その対極にあたる夏至には聖ヨハネ祭が結びついている。(ただし6月24日とされ、クリスマスと冬至の関係同様、現在の暦と2日ほどずれる)
この「ヨハネ」とはバプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)のことであり、聖ヨハネ祭とはバプテスマのヨハネの誕生日とされてゐる。
つまり、キリストの先駆けであるヨハネは、キリストのちょうど半年前に生まれたことになってゐるのね。
ことの真偽はともかく、キリスト教会で誕生日を祝われる聖人は、イエス・キリストと聖母マリアの除いて、バプテスマのヨハネただ一人のやうである。(ちなみにわたすの洗礼名はこの人なのよ~ちょっと得意)

この聖ヨハネ祭は、ヨーロッパ一帯では「火祭り」ということになってゐるやうだ。ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタジンガー」でも第2幕で火祭りとしての聖ヨハネ祭が描かれている。その裏には、闇への惧れがあるらしい。
ヨーロッパには、一年中で最も夜の時間の短い夏至の夜に、精霊や妖怪たちが山に集まり大騒ぎをするといふ言ひ伝へがある。
それを音楽化したものが、有名なムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」であり、サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」である。戯曲にもゲーテの「ファウスト」に「ワルプルギスの夜」が描かれ、シェイクスピア「夏の夜の夢」すなわち原題「A Midsummer Night's Dream」の「Midsummer」とは「夏至」の意味である。(「真夏」とするのは誤訳)

「夏の夜の夢」にはメンデルスゾーンの有名な「序曲」と数々の劇伴がある。なかでも「結婚行進曲」はあまりにも有名である。(先日の「たぶん誰でも最初の部分だけいつのまにか知っている曲」にこれも加えるべきだった~笑)

なので、ここに貼っとこう。意外にこの曲をコーダまで聴く機会は一般にはないものである。(長いせいか結婚式ではたがい途中まで。)もちろん賢明な当ブログの読者諸子はよく御存知かとは思ふが。


この曲を聴くと、どうしても条件反射的に結婚式の情景が姿が目に浮かぶ、といふ人は多からう。

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意外に

2011-06-21 | 芸術
好きよ、こういうの。



一人暮らし時代、ツナ缶の究極の利用法は「ツナ缶ごはん」。食べ方は茶碗に盛ったご飯の上にツナ缶をそのまま丸ごと逆さにして載せてマヨネーズとしょう油で味付けして食べる。これが意外に美味いのよ。
同様にして「サケ缶ごはん」「さばの水煮ごはん」なんてのもあった。
料理のうちにも入らないであろう、究極の手抜きごはんでした。

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