自衛隊の問題を含め、憲法改正議論が活発になってきた。漸く観念論から抜け出し、現実に根差した議論が出来る様になってきたことは良いことである。
このような時中国の古典の中に箴言を求めることも悪いことではない。
老子の中に戦争に関する一節がある。
兵は不祥の器にして君子の器に非ず。已むを得ずしてこれを用う。恬淡を上として勝ちて美(おごら)ず。勝ちて美(おご)るは人を殺すを楽しむなり。・・・・戦いに勝ちしものは喪礼を以って之に処す(老子第31章)
若干の解説を加えると老子は平和主義者であるが、戦争を絶対的に否定するものではない。この前の章で老子は「兵を以って天下に強ならず」と言う。即ち武力による覇権を否定する。従って「やむを得ずして行う戦争は自衛の戦争である」ということになる。
平和が望ましいことは言うまでもないが、世界にはまだまだテロや戦闘行為を以って利権の拡大を図ろうとする国がある。従って已むを得ずしてこれを用うという現実的な認識が必要である。
ところでこの一節については、佐藤首相がアメリカにケネディ大統領を訪ねた時、ケネディ大統領に老子のこの言葉を伝えたというエピソードがある。
粗筋は・・・佐藤首相は訪米に際しケネディ大統領が軽くあしらい十分に話をする時間を取らないのではないかという懸念を持っていた。そこで彼は私淑していた陽明学者 安岡正篤を訪ねて方策を仰いだ。
そこで安岡が言ったのは「ケネディ大統領はシュバイツァー博士を尊敬し、彼の日記を読んでいる。シュバイツァーの日記の中に老子のこの箴言がある。ケネディ大統領が早々に会談を切り上げようとするならこの箴言を伝えるのが良い」ということだった。
佐藤首相がケネディ大統領に会った時予想どおりケネディは30分程で会談を切り上げようとした。そこで佐藤首相はこの老子の言葉を発したのである。そうするとケネディ大統領は驚き、再び座りなおし二人の会談は3時間にも及んだ・・・・
私はこの話を安岡 正篤の信奉者の本の中で読んだのであり、エピソードの真偽の程は不明である。事実は当時キューバ危機を抱えていたアメリカは日本を抱き込む必要を感じており、佐藤首相を思いの他厚遇した・・・ということかもしれない。
ところで戦争に関する中国の古典と言えば「孫子」である。「孫子」の本質もまた戦争特に戦闘行為を極力回避することにある。
孫子はまず冒頭に「兵は国の大事。死生の地、存亡の道、察せざるべからず」(始計編)
という。つまり戦争は国の重大事なので、よくよく考えて開戦に踏み切らねばならないと説く。
何故国の大事なのか?それは「亡国は以って復た存すべからず。死者は以って復た生くべからず」(火攻編)だからだ。日本は敗戦から立ち直り亡国を防ぐことは出来た。しかし死者が生き返ることはないのである。
では孫子は「何を」「どの様に」考えろと言うのか?
それが「孫子の兵法」約六千語の主要テーマである訳だが、簡単にいうと「仮想敵国の軍事情報のみならず、経済・法律・社会情勢・地形・指導者層の能力等広範な情報」を「諜報活動」で収集し、検討し、戦争を開始する前に勝てるかどうか判断しろということだ。
諜報活動の重要性について孫子は「爵禄百金を愛(おし)みて敵の情を知らざるものは、不仁の至りなり、人の将に非ざるなり、主の佐(補佐役)に非ざるなり、勝の主に非ざるなり」(用間編)と喝破する。
何故諜報活動を怠ることが、不仁なのか?それは一度戦争を起こせば、仮に勝ったとしても人民・政府が膨大な負担を与えるからである。もし総ての戦争指揮官が孫子の教えに従うなら事前検討の結果「負けると判断される戦争はしない」ことになり、戦争はうんと少なくなるはずである。
ところで現代史の中で諜報活動にもっとも力を入れているのは、アメリカとイギリスである。太平洋戦争の相当前からアメリカが対日諜報活動を続けていたことは有名な話なので省略するが、諜報活動は今日も盛んである。
例えばCIAはホームページで世界各国の基本的情報をFact Bookとして公開している。
これはCIAが諜報活動を通じて得た膨大な情報の内、公開しても害のないものを公開している訳でその奥には何層にもわたる膨大な機密情報がある。
これに較べて太平洋戦争当時の日本の将帥は余りにも「孫子の兵法」の言う基本的動作や思考方法に欠けていたと言わざるを得ないのである。
根拠のない楽観的思考や自己の権力志向で国を滅亡の淵に追いやり、無辜の多くの人民の命を失わせたことは将に不仁の至りと指弾されなければならない。
首相や政府要人の靖国参拝についてとやかく議論するのはこの一文の目的ではないが、
かってこの国の指導者達が甚だ戦争指揮官として不適格な行動を取ったことは良く理解しておいて欲しいものである。
一方その反動とし国防問題と正しく向き合う姿勢を失うことにも注意しなければならない。
国防の基礎とはまず己と相手を良く知ることであり、それは現実の直視と不断の情報収集活動の遂行に他ならないのである。
以上
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