追憶の彼方。

思いつくまま、思い出すままに、日々是好日。

西暦か和暦か…(2)

2017年08月18日 | 文化・文明
古来天皇は基本的に親政を行わないのが伝統であり、権威のある存在ではあったが権力者であることは殆ど無かった。「君臨すれども統治せず」、イギリス流の君主と何ら変わることはなく、謂わば象徴的な存在であったとと言って良い。そういう意味では象徴天皇は占領軍が押し付けたものでは無く、新憲法ではそのまま日本の伝統を生かし、その位置づけを明確にした上で象徴天皇を残したと言うことが出来るだろう。

太平洋戦争は不幸にも愚かな権力者が権力の使い方を間違えたために多くの国民を死に至らしめ、国家を滅ぼした。
今上天皇は試行錯誤を繰り返し乍らほぼ30年かけて象徴天皇としての形をつくられたが常にその下敷きになっていた基本的考えは新しい憲法の基本理念であったと思われる。
即ち「個人の尊厳=個々の人間の幸福」を達成する為に ①基本的人権の尊重(自由主義と平等主義) ② 平和主義(戦争の放棄) ③ 国民主権(民主主義)である。
天皇の国事行為や公的行為の中で示される行動やお言葉の端々からそのようなお考えが読み取れる。戦争に対する反省と不戦の誓い、各地を巡って被災者や戦争の犠牲者への慰問・慰霊・平和への祈りを捧げられるのもその一つである。
かくして天皇は国民統合の象徴となり、平和の象徴、民主主議の象徴ともなられた。それこそが国民の支持を得、敬愛される最大の要素であると言えるだろう。

この様な天皇の平和憲法重視の考え方は憲法改正、戦前回帰を標榜する安倍政権の様な似非保守=ネトウヨの考えとは相容れない。陛下の生前退位の御意向にしぶしぶ腰を上げたが、政府が設置した有識者会議のメンバーは安倍首相の考えを忖度するような人物ばかり、意見聴取した人物に至っては桜井よしこや渡部昇一と言う様な専門家とは名ばかり、箸にも棒にもかからぬコチコチの右翼まがいの人物も紛れ込ませ有識者会議を陛下の御意向から遠ざけるような画策も行われた。
座長代理の御厨氏は官邸作成の座長代理のブリーフィング案や議事概要には実際に話し合いされていない様な内容が盛り込まれていたと政治部記者との座談会で漏らしていたと報じられている。
案の定結論は陛下の意向や国民の総意を無視し今上天皇一代限りの生前退位を認める特例法を成立させ、皇室典範の改正に取り組む可能性を明確に否定した。
皇室存続の為、男系男子の皇統を変革するような使命感に燃えた人物は見当たらない。日本会議は保守を自任するが、皇室の為になることは何にも出来ず、只々愛国を唱え明治を賛美するだけではネトウヨと何ら変わらない。
陛下の心労は絶えない。

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