追憶の彼方。

思いつくまま、思い出すままに、日々是好日。

 世界の異常気象(6)

2022年12月24日 | 文化・文明
 世界の異常気象(6)
エルニーニョ現象

50数年前1969年7月、羽田空港からカナデイアン・パシフックで赴任地ペルー・リマに向って旅立った。最初の給油地はアラスカ・アンカレッジ、窓外の索漠とした風景に何やらこれからの海外生活を暗示するかのようで、俄かにホームシックに陥った記憶がある。一時間後一路南下し、カナダのバンクーバー空港に到着、予めテレックスで依頼して置いたバンクーバー支店勤務の後輩に案内して貰って,街のゴルフショップで最高級ゴルフ道具を調達し、勇躍機上の人となったが、運悪く隣に座った男が小生の2倍とおぼしき、エコノミークラスの座席からはみ出さんばかりの大男、テキサス訛りの早口、大声でやたら喋りかけられたが殆ど理解不能、ロッキー山脈を越えてカルガリー空港を飛び立ちメキシコに到着する迄の間、窮屈な格好で食事も断って爆睡した。メキシコ給油後から隣は空席となり、クルーも南米美人揃い、機内放送もスペイン語が中心となり、ラテンアメリカムードが漂って、何となく赴任地への無事到着の安堵と緊張を感じたのを鮮明に覚えている。
リマは年間降雨量ゼロに近いと聞いていたので、機内から市街地が見えると期待していたが、低い海霧の中、突然滑走路にランデイングしたのには肝を冷やした。此の空港は海霧で機長泣かせである事が後でわかった。出迎えてくれた前任者の後輩は横柄な男で鍛えてやるとばかり、うらぶれた安宿に放り込まれ、湿気で湿った様な布団、薄くて硬い牛肉の上に同じ厚さの(スリおろしニンニク)が乗ったステーキが全く喉を通らず、心身ともにボロボロになってしまった。リマは赤道直下とは言え南極から流れて来るペルー海流(フンボルト海流=寒流)のお陰で冬は湿度80%、低温・高湿度、低い霧が立ち込め視界不良、底冷えがして結構寒く、初体験もあって心身共に堪えた。隣国・エクアドルはスペイン語で(赤道)を意味し、ペルーも赤道直下と言っても過言ではなく、昼夜の時間は年間を通じほぼ差がないのに、夏冬の体感温度の差が大きいのには驚いた。
仕事は南米ではブラジルに次ぐ業績を上げ、活気に溢れて居た。ペルーの主要産業は鉱業で会社業務の柱も銅・亜鉛等の日本その他への輸出であったが、同時に漁獲高世界1~2位を争う水産業も盛んで、カタクチイワシを主原料とする魚粉会社を経営していた。魚を乾燥させ砕いて粉状にしたフィッシュミール(魚粕)と呼ばれるもので主に飼料や有機肥料として使用され日本や世界各地に輸出していた。
着任挨拶かたがた工場見学し漁船で漁場にも案内して貰ったが、7~8月は漁獲の最盛期、サバやマグロ、更にはペンギンやオタリアに追われた片口イワシが水面に盛り上がり、それを求めてペリカンや時にはアンデスからコンドルが飛来するような風景は、魚影の濃さを反映し当に壮観であった。
通常、海水は表層と深層に夫々独立した海流が存在し、水塊の温度や塩分濃度など物理的・化学的な性質により、地球上の限られたほんの一部の地域を除き殆ど混ざり合うことがない。ところが、このペルー海流こそ南極の深層からペルー沿岸部で表層に海水(寒流)が湧き上がって来るような流れ,所謂湧昇流(ゆうしょうりゅう)と言われる海流だったのである。寒流は海の底を流れるが、海底の地形は複雑で、火山島等にぶつかると斜面に沿って持ち上げられてくる。此の湧昇流は海の底に沈んでいる栄養物やミネラルなどを一気に光の届く海表面に持ち運んで来る為、食物連鎖の源となるプランクトンや海藻が盛んに生育するようになり、これを求めて小魚が増え、それを追って大型の回遊魚が集まると言う良好な漁場を形成することになる。
 しかし毎年クリスマス頃になると、カタクチイワシがピタット姿を消してしまう。赤道付近を東から西へと吹く貿易風は太平洋の東側(ペルー近海)の温かい海水を西側(インドネシア方面)へ運ぶ役割を果たしているが、12月頃になると何らかの理由でこの貿易風が弱まる為、冷水の湧昇が抑えられ海底の栄養物・ミネラルの供給が途絶え、海面水温も高くなる。小魚が姿を消すのは餌になる動・植物プランクトンが激減することによるのである。此の1~2か月地元では漁業が休業となる為、時期的に「神の子=エル・ニーニョ」が我々に与えてくれた休暇だと呼んで居たのである。エルニーニョという言葉が一躍世界的に脚光を浴びたのは、後年気象学者等によりこの海域の水温上昇が異常気象と関連付けられ研究される事になったことによるものである。
ペルーの漁獲量は1970年がピークで年間1250万トン、中国、日本を抑えて世界第一位であった。年表を調べると此の頃貿易風が何時もより強く吹き、ペルー沿岸は小規模のラ・ニーニャ現象(エルニーニョの反対の現象)で水温が低く、魚類の生育環境が良好な時期だったと推測される。
同じ頃南米はカストロやチェ・ゲバラによるキューバ革命の影響を受け左傾化を強めて行った時期に重なる。ペルーも周辺国の影響を受け不穏な空気が漂い始めていたが、反米左派色を強めたペルー軍事政権は業績好調の魚粉会社に目を付け漁業資源保護を名目に突然国有化を宣言したのである。売買以外の仕事は全て自分の担当だったので、この事後処理業務にキリキリ舞いさせられた。代金は50年近い長期国債による支払い(と記憶しているが)、恐らくインフレで紙屑になると睨んで二束三文の値段で市場で売却したが、これが大正解の大仕事だった。不幸中の幸いと言うべきか、1972~73年突然貿易風が弱まり、長期に亙る大きなエルニーニョ現象が発生し水温が大幅に上昇した為、ペルー沿岸から片口イワシが姿を消し、漁獲高は1970年の5分の1に激減してしまったのである。

此の(エル・ニーニョ)や(ラ・ニーニャ)の様な地方の気象現象が多くの研究の結果、世界の気候変動・異常気象に大きくかかわっている事が判明し俄かに脚光を浴びることになった。東から西に吹く貿易風が強くなれば、東側(ペルー側)の暖水が西側(インドネシア方面)に吹き寄せられ、南極の寒流がペルー側に沸き上がって来るので、この地域の海水温が低くなる、これがラ・ニーニャ現象である。一方貿易風が弱まると暖水がペルー側に止まり海面水温が高くなる、これがエル・ニーニョ現象である。では何故貿易風が強まり或いは弱まるのか、地球温暖化の影響との説もあるが今のところ正確な事は分かっていない。貿易風は周期的に強まったり弱まったりしており,これは南方振動と呼ばれ,気象学における難問の一つとなっている.

世界の異常気象(7) 偏西風の蛇行…へ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界の異常気象(5)

2022年12月05日 | 文化・文明
世界の異常気象(5) 森林火災と凍土の氷解

酷暑から一転、朝晩冷え込みが続くようになり、テレビで気象予報士が「晴天が続いているので、放射冷却によって気温が下がります」と言う解説を耳にする事が多くなった。
気象庁ホームぺージの説明によると、地球温暖化による異常気象はこの「放射冷却」と「温室効果ガス」が深く関与している事が分る。
地球が冷え切った宇宙の中で暖かいのは、太陽光線として熱エネルギーを吸収しているからであるが、地球が太陽光線を受け続けても熱くなり過ぎないのは、赤外線の形で熱を宇宙に放出(放射冷却)している事による。しかもその吸収と放出のバランスを保っているのが「温室効果ガス」と言うことになる。
太陽が発する太陽光の内(エックス線)は殆どが大気で遮断され、有害な(紫外線)も90%以上が成層圏のオゾン層でカットされ(可視光線、赤外光線)も4割強が大気圏で弱められ地上に到達する。
受け取ったエネルギーは45%が熱に変換され、雨・風と言った気候現象の駆動力となり、20%は海中に貯えられ、30%は宇宙に反射されるが、最終的には、赤外線や可視光などの電磁波として宇宙へ再放射される。温室効果が無かった場合、地球の表面の温度は氷点下19℃と見積もられているが、(水蒸気、二酸化炭素(co2)、メタン、一酸化2窒素(n2O)、人工的に作られたフロンガス(オゾン層破壊物質))などの温室効果ガスが(地球の掛布団)のような役割を果たし、赤外線の放射を吸収し(更にこれを地球に再放射して)大気を温める為、現在の世界の平均気温は温暖な凡そ14℃となっているのである。この様に地球の温度は極めて微妙なバランスの上に立って維持されていることになるが、最近話題となっている異常気象を招く地球温暖化は産業活動の活発化に端を発し、温室効果ガスの排出が増え続け(掛布団が必要以上に厚くなり)より多くの熱を吸収する為、放射冷却を弱めたことによるものと考えられている。 
一度温暖化が進んでしまうと、温暖化を加速・増幅させるフィードバック過程が、気候システム内で次々と起こってしまう可能性がある事はブログ・「世界の異常気象」初回で触れたが、このような悪循環の中でも今後より大きな影響を受けると考えられているのが、氷雪の溶解による温暖化の加速である。
北半球の陸域には永久凍土が広く分布するが、此処には過去から蓄積された有機物(主に動植物の死骸)が、氷河時代以来凍りつき低温の中で長期に亙って分解されず閉じ込められている。気温上昇によって永久凍土が融解すると、土壌に閉じ込められていた有機物が分解され、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスが放出される。又永久凍土には堆積物の他に巨大な氷塊が存在し、この氷の中にある気泡のガス濃度を測定すると、メタン濃度が大気中の何千倍もあることが研究者によるアラスカ調査で判明して居り、この氷解も高濃度メタンガスの放出も懸念され、将来どの程度永久凍土が融解するのか、それによってどの程度温室効果ガスが放出されるのかが、非常に重要な問題と考えられている。
世界各地で異常気象による森林火災の頻発が報じられているが、永久凍土氷解の加速が懸念されているのがシベリヤ、アラスカのツンドラ地帯やタイガ(針葉樹林滞)の火災である。これらの地域は人口希薄で火災が発生しても放置されたままで消火活動は殆ど行われない。アラスカ州は日本の4.5倍の土地に僅か70万人しか住んで居らず、森林火災の殆どは無人地帯で発生し、消火活動をせず自然沈火を待つのが常態で、米国の気象専門家はアラスカ州の温暖化ガス排出量は2012~14年の期間で全米商業部門の年間排出量2億2千万トンに達したとの調査結果を発表している。隣のカナダは6割が北方林だが太平洋岸のブリテイッシュ・コロンビア州が北米異常熱波で森林火災が多発している。
北方林火災は大きな問題である。北方林火災による温暖化ガスの排出に加え、その地中に眠る炭素が凍土氷解により放出され、経済活動による温暖化ガス抑制努力を無意味にしてしまう怖れがある。
より深刻なのはロシアのシベリヤにおける大規模森林火災である。昨年日本の面積の半分が焼失したと国際環境団体グリーンピースが推計している。大気不安定による落雷が発火原因だが、冬の積雪や低温にも拘わらず、雪や氷の下で火災が越冬し気候が緩めば本格的に燃え広がると言う様な事が繰り返されているとも報じられている。ロシアはシベリアを中心に6割強が永久凍土で、その氷解による温暖化ガスの排出による環境破壊は深刻である。プーチンはウクライナ侵攻に気を取られ環境破壊はおろか、シベリア住民のの居住環境の悪化にも手が回らぬ状況である。

永久凍土の氷解には新たなリスクも取り沙汰されている。
凍土が溶解すると、氷と永久凍土に閉じ込められていた古い土壌微生物が空気中に放出されて活性化する。それが予期せぬ結果をもたらすかもしれないというのである。
2016年シベリアのヤマル半島で、炭疽菌による感染症で男児が死亡した。研究者によると、この炭疽菌は75年前に死亡した鹿の死体で生き続けていた。同じ年に起こった熱波の後、鹿の体が埋まっていた永久凍土が溶け、閉じ込められていた病原菌の胞子が大気中に放出され、それが感染源だと言うのである。
類似の事例は他にも報告されている。1997年、ある科学者グループがアラスカの集団墓地に埋葬されていた遺体からスペイン風邪の痕跡を発見した。1918~19年にこのインフルエンザは大流行し、世界中で数千万人の命を奪った。アラスカの先住の人々は永久凍土層を貯蔵庫や墓地として利用して来たが、第一次世界大戦中の1918年、僅か5日間に人口150人の小さな村の半数が謎の病(後にスペイン風邪と判明)で急死し埋葬され、遺体は凍結保存されて来た。1世紀近く経た1997年、発掘された遺体の肺から見つかったのは、鳥インフルエンザとそっくりなウイルスであった。鳥インフルエンザウイルスがヒトに初めて感染するように変異したことで、猛威を振るったと考えられている。スペイン風邪の原因解明に凍土の凍結保存機能が役立ったが、その機能が新たな脅威、即ち温暖化により現代人が免疫を持っていない未知のウイルスや病原菌が活性化し、世界に拡散するリスクがあると言うのである。例えば米国と中国の研究者は、チベット高原から取り出した氷の試料、氷床コアから33種類のウイルスを解析している。凍土の融解は「感染症の時限爆弾」とまで言われ始めている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする