スマイリング・シンデレラ(渋野日向子)…(2)
朴セリに続く韓国人二人目の全米女子オープンwinnerにバーデイー・キムという選手がいる。有名な(ティーチングプロの元祖)ボブ・トスキに師事し,2005年の大会に初出場でいきなり優勝し、すわ朴セリ2世の登場かと騒がれたが、以後目立った活躍も無く二軍ツァーに身を落としてさえ優勝出来ない不遇をかこっている。
渋野が全英オープンに勝利した時、賞賛の嵐の陰に第二のバーデイ・キムにならなければ良いがと言う米スポーツ記者のコメントもあった。
しかしウォーバーンからの帰国後の渋野の活躍はその心配を完全に払拭したかに見える。
本人が指摘していた通り環境の激変に中々フォロー出来ていないと言う状況に加えて、ゴルフと縁の薄い人まで巻き込み大きな期待を込めたフィーバーに何とか答えたいと言う健気な姿勢が読み取れて何となく痛々しく、重圧に潰れて仕舞わないかと心配させたが、しかしそれは全くの杞憂であったことが判明した。
渋野は6日に英国から羽田着のJAL機で帰国すると、その足で、2つの記者会見をこなした。日本記者クラブには、ゴルファーとして初めて招かれた。急きょ決まったこの会見には187人の報道陣が詰めかけ、同クラブ史上最年少のゲストともなった。その受け答えは中々堂々たるもので「宮里チルドレン」としての素養充分と印象付け中々の好評であった。
当初帰国後その足で北海道入りする予定だったが、1日ずらして翌7日の午後に北海道北広島市へ移動、初出場のこの大会、初めてラウンドするコースの下見が出来たのは、開幕前日の8日のプロアマ戦の一度だけ。パッティングの練習すら出来ず、前夜祭の前には地元テレビ局の情報番組に生出演し、前夜祭が終わったあともテレビ出演をこなした。メジャーでの激闘に加え、帰国後は分刻みの超過密状態であった。
本人の言によれば、時差ぼけも手伝い眠気との戦いであったが、前夜祭にも出席し寝たのは午前2時 心身ともに限界状態だった為、8日夜には遂に体調を崩し38度の高熱、そんな大きなハンデイを背負った状態で臨んだ試合で通算4アンダーの13位タイでのフィニッシュは称賛に値するだろう。
9月12日、日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯初日、渋野は国内大会での連続オーバーパーなしのラウンド数を「29」と伸ばし、アン・ソンジュ(韓国)が2013年に出した記録「28」を破り最長記録を達成した。2日目にはつっかい棒が外れた感じで残念ながらオーバー・パーとなって記録は途絶えたが、しかし本人が述懐していた通り背負っていた重しの一つが取れた様子で、魅力的な自然な笑顔を取り戻し何となく吹っ切れた感じが仕草や表情にも現れて周囲を安堵させた。
その結果は9月20日新南愛知カントリークラブで開催された「第50回・デサントレディース東海クラシック」で早くも実現した。大会最終日の22日、渋野は64(8アンダー)、通算13アンダーでLPGAツアー2位の史上に残る大逆転劇で優勝を果たした。20位タイから、1日で8打差をひっくり返すミラクルVだった。(史上1位は2002年の藤野オリエの11打差逆転)。この日最終組は(申ジエ、テレサ・ルー、イミニョン)という実力者トリオ、当然スコアを伸ばしてくるだろうと誰もが予測した。しかし渋野と最終組がホールアウトする迄の90分の間に17号台風の影響で状況が急変、風雨が強くなって最終組はスコアを伸ばせなくなった。このコースは私も3度チャレンジしたが知多半島先端に位置し海に近く、風が吹くと後半結構トリッキーなホールが残る。これが台風影響の少なかった早朝スタートの渋野に大きな幸運をもたらした。だがこれこそ「運も実力の内」という言葉を地で行く話、8アンダーと言うようなスコアは簡単に出せるものではない。
もう一つ何方かが触れて居られたように思うが、明らかに「タイガー現象」が生じていたという点である。小林浩美会長の喜びの談話にもある通り渋野効果でツアー来場者が大幅に増加し、その多くが彼女を見ようと一緒に移動し、彼女がバーデイや素晴らしいリカバリーショット・ショットを放つたびにゴルフ場全体に轟渡るような歓声が沸き上がり,それが雨風に難渋する最終組や上位陣の耳に響きわたっている様子がテレビ画面が明確に捉えていたのである。
タイガーウッズ全盛時代同じ光景がよく見られた。タイガーがゲーム後半猛チャージをかけ歓声が沸き上がり始めると、其れ迄順調にスコアを伸ばしていた選手が途端に勢いを無くし崩れ始めて自滅してしまうのである。
デサント最終日18番ホール、台湾の名手テレサ・ルーが3メートル前後のバーデイ・パットを入れれば渋野と同スコアで並びプレーオフになる所につけた。しかし結果は彼女にとって左程難しいと思えない処でスリーパットをしてしまい呆気ない幕切れとなってしまったのである。
今渋野は日本女子オープンで誰よりも多くの観衆と声援の中にいる。観衆の多くはたとえ優勝できなくても彼女の素敵なプレーを見て満足な一日を過ごすことになるのだろうと思う。
英国のゴルフ・フアンが次のように語っていたのを思い出す。「誰だって彼女を好きになってしまうよね。英語は話せないけど、笑顔がすべてを物語っている」 「日本のプリンセスが、その笑顔で世界を明るくさせた最も楽しい2019年のトーナメントだった」