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アナおそロシア―5 【ウクライナ侵攻準備工作】

2022年07月25日 | 国際政治
アナおそロシア―5
【ウクライナ侵攻準備工作】
ロシアの代表的作家、M・シーシキンが「プーチンは皇帝か」と言う標題で、「ロシア人であることに苦痛を感じる」と言う悲壮な思いを込めたエッセイを7月5日の朝日新聞に寄稿した。その中でウクライナは「むごたらしい、血塗れた過去から逃れる為に、民主的な未来を築く道を選んだ。」「ロシアの僭称者(せんしょうしゃ=皇位を勝手に名乗る人物)はそれが気に食わないから憎むのだ、自由で民主的なウクライナがロシアの規範となり得るから、これを破壊することが大事なのだ。」と述べている。
前回ブログで触れた通り、ウクライナが存在している限り、彼等が決して手放しはしないであろう民主主義思想が、読み書きも覚束ないロシアの農民にじわじわ浸透し、次第に民主主義に目覚めて来ることが、プーチンや腐敗した一握りの取巻き既得権益連中の生命・財産に対する大きな脅威になる事を恐れているのである。ポーランドやバルト3国が必死になってウクライナを支援するのも、いち早く民主主義を経験し,スターリン、プーチンの様なロシアの僭称者が行う残忍極まりない悪夢の様な独裁社会に戻りたくないと言う思いが最大の動機である事は間違いない。
プーチンはこの民主化蔓延の恐怖を払拭する為にウクライナの民主政権を打倒し、プーチンの傀儡政権を作って属国化する為の準備を早くから着々と進めて来た。独裁体制を強化する為の大幅な憲法改正がそれである。
1993年に制定されたロシア連邦の憲法では「三権分立」らしきものはあるが、大統領権限がその上部・枠外に置かれ異常に強いものであった為、プーチンはこれを巧みに使って独裁制の強化を図った。
プーチンの憲法改正作業は2008年に始まった。この年の憲法改正で大統領任期を2期8年から2期16年に延長し、2014年の改正では大統領が検事の任免権を獲得など司法や検察機関への大統領権限を拡大した。仕上げは2020年3度目の大幅改正である。プーチンの任期は6年2期(12年)で2024年迄であったが、これを無かった事にし、新たに2期12年、2036年迄大統領に居座り続ける事が出来る様に改正した。謂わば任期のリセットである。加えて大統領の地位を高めるような次の項目、「議会が承認した首相を解任する権限」「現職だけでなく大統領経験者にも不逮捕特権適用」「大統領経験者は終身上院議員とする」を、お手盛りで付け加えた。更に独裁体制を築くため『安全保障会議』という上下両院のトップも議決権を有する常任委員を務める最高意思決定機関が、『国家元首(大統領)に協力する機関』と位置づけられた。これによってロシア軍部隊が国外で活動する際に必要となる「議会の承認」も、この憲法改正によって形骸化させる事が可能となった。
更に今回の改正には、国民のナショナリズムを高める為、北方領土返還に反対する声等に配慮して「外国への領土割譲の禁止」や、次のような「愛国主義・保守的条項」も追加された。曰く(1)「千年の歴史によって団結し、我々に理想および神への信仰、ならびにロシア国家発展の継続性を授けた祖先の記憶を保持する」 (2)「歴史的真実の保護を保障する」 (3)「『国外に居住する同胞』の権利行使、利益保護の保障」 (4)「国際組織の決定は、ロシア連邦憲法と矛盾すると解釈された場合、ロシア連邦において執行されない」。これらは何れも国外への軍事侵攻を国家挙げて正当であると宣言するものと見做し得るものであった。
2014年、ウクライナが進めて来たEUへの完全加盟を目的とした協定を破棄し、ロシア中心のユーラシア経済連合への加盟に舵を切ろうとした親露派で汚職塗れの(V.ヤヌコービッチ大統領)をマイダン革命により打倒、ロシアに亡命させたが、これに不満を持ったドンバス地域(ドネツク州とルガンスク州)で、ロシアが支援するウクライナからの分離独立派が「人民共和国」として独立を宣言を行い、内戦状態に陥った。同時にロシアはクリミア自治共和国に独立宣言させ、半島をロシアに編入する措置を取った。更にウクライナのドンバス住民は(プーチン・ロシア)にとって「国外の同胞」に他ならない故、改正憲法によりロシアはドンバス住民の権利と利益を保護する義務を負っていることになる。2022年2月21日、遂にプーチン大統領はウクライナ東部の親ロシア派2地域の独立を承認するとテレビ演説で表明した。ロシアはドンバス地域をウクライナの一部とは見なさないとし、分離独立地域に公然と軍隊を派遣し、国外の同胞である独立派を保護するために同盟国として介入するという主張に道を開くことになった。全て筋書き通り、用意周到な準備工作であった。
ドンバス地域(ドネツィク州とルハーンシク州)はウクライナ国土面積の10%を占め、重要な採炭地域である。ロシアから炭鉱景気の出稼ぎ先を求めて大勢の貧しい小作農が集まり、1897年のロシア帝国の国勢調査によれば、地域人口の52.4%がウクライナ人であり、28.7%がロシア人だった。ドンパス地域はスターリン、ヒトラーにより第2次世界大戦前後に壊滅的被害を受け、戦後復興の為多数のロシア人労働者が流入した為、人口比率はさらに変動した。ロシア人居住者は1926年の63万9千人から、1959年にはほぼ4倍の255万人に伸びた。1989年ソ連国勢調査では、ドンバスの人口に占めるロシア人の比率を45%と報告している。一方2015年11月にRating Group Ukraineによって行われた調査ではドネツィク、ルハーンシク州(親ロシア派占拠地域を除く)の住民の75%が(ドンバス全体がウクライナに留まる)ことを望んでいる事が判明した。7%は(ロシアへの併合)を、1%は(ドンバスが独立国になる事)を、3%は(親ロシア派テロリストが出て行き、ドンバスはウクライナに留まる事)を選択している。
この様にドンパスの過激な親露独立派もロシアからの移民に過ぎないにも拘らず、彼等の意向だけを受けてドンパスはロシア同胞の地だと称してロシアに併合する動きは、ウクライナ全体は勿論多くのドンパス住民の意向を無視した暴挙であり、民主主義国家の対露批判を招く事に繋がった。例えば多数の移民を行け入れている米国で移民が一か所に集まって独立を叫び、出身国が軍事支援を行ったらどうなるか。7千万人近い世界に散らばった華僑が各国でチャイナタウンを独立国家として宣言したら、当然その国家は排除しようとするだろう。ウクライナが行っている事はこれと左程違わない様に見えるがどうだろう。
プーチン大統領はウクライナ侵攻を命じた時、ロシア帝国の栄光を取り戻すことを夢見ていた。 しかし思惑通りにことは運ばず、自身が尊敬する(スターリン)の恐怖政治を復活させることになった。3月には偽情報オンパレードのプーチン政権が偽情報を流した者は最長15年の禁固刑に処するとの法律を作り、多くの言論人を逮捕した為政府批判の声は全く聴かれなくなり頭脳の海外流出を加速させた。 過去に例のないほど嘘と暴力を多用し、パラノイア(偏執症)にとらわれている21世紀のスターリンに変身し、国際原則など平気で踏みにじり、民主主義が育たず人権意識が希薄な社会主義ソ連の姿を如実に再現したのである。
【ウクライナがEU加盟を望む理由】
イギリスのブレグジットが行われるような時代に、ウクライナの国民がEU加盟への希望を募らせ、ロシア政府傀儡の独裁者打倒に立ち上がり革命を行った事は世界を驚愕させた。人々を革命に駆り立てたのは、EUへの加盟が、ウクライナを(独立した)(自由で)(豊かな)民主国家へ導く道が開かれていると考えたからである。EUへの加盟条件は厳しいが課題をひとつ一つクリアーすることで洗練された近代国家に脱皮していくことが可能になる。EUに加盟することで、ウクライナはロシア世界の一部ではなく、欧州の独立主権国家という地位を確立し、同時にヨーロッパ並みの生活水準に近づくことが出来るという見本が近隣に存在したからである。
隣国ポーランドはベルリンの壁が崩壊した1989年に西欧側に鞍替えした。それに比べてウクライナはどうか。余りにも長くロシアに強く束縛されている状態が足を引っ張っている。
ポーランドの1人当たりGDPは1990年から3倍になったが、ウクライナの1人当たりGDPは1990年代に半減し、2020年現在でも30年前の水準より25%低い。
元共産主義国だった15カ国(*Ref)のうち、2013〜2019年間の1人当たり所得の伸びは、他の国々の平均が年間3%だったのに対し、ロシアはわずか0.5%と3番目に低い伸びを記録した。これよりひどかったのは、ベラルーシと、ウクライナである。
【Ref;(スラブ4か国)ロシア、ウクライナ、ベラルーシ モルドバ、(旧カザフカース3か国)グルジア(ジョージア)、アゼルバイジャン、アルメニア、(中央アジア5か国)カザフスタン、トルクメニスタン、    ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、(バルト3国)エストニア、ラトビア、リトアニア】
バルト3国は91年に旧ソ連から独立したが、人口が少なく(各国とも100~350万人程度)、経済規模も小さかったこともあって社会主義の計画経済から市場経済への移行に必要な各種構造改革がスムーズに行われ、財政も健全に維持され、EU加盟条件クリーアーに大きな混乱が無かった。只ユーロ圏諸国との経済格差はまだ大きく一人当たりGDPはユーロ圏平均の半分弱に止まっているが、こうした格差をビジネスチャンスと考え、他のEU加盟国などからの投資が増加している。例えば、エストニアへの対内直接投資はGDPの20%強に達する。国内の投資ブームとも相俟って、不動産価格は一昨年、昨年と大幅に上昇した。雇用の拡大による所得増加を主因に、個人消費も拡大している。又北欧諸国、ドイツとの密接な経済関係もあって、それら諸国への輸出が増加している。
この結果、これら3カ国は高い実質経済成長を続けて居り、01~05年の実質GDP成長率は年率8%弱を記録した。
比較的貧しかったポーランドの成長は目を見張るものがある。ポーランド経済は、2000年代以降、マイナス成長になった年が一度もなく、また、近年の成長率は、EU全体の成長率を上回り、個人消費、投資、輸出がいずれも好調に推移している。個人消費の好調さの背景には、FDI(外国からの直接投資)流入による雇用、所得環境の改善がある。投資の拡大を後押ししているのは、EU基金を利用したインフラ工事である。輸出の拡大は、ドイツ向けの自動車関連が牽引している。
好調な景気を背景に、2000年代には20%にも達していた失業率が2018年には3%台まで低下した。今や人手不足の深刻化が話題になるほどである。この低失業率が示すような雇用所得環境の好転は、個人消費拡大を支える要因になっている。
景気拡大を背景に、税収増加によって財政赤字が縮小しており、また、公的債務残高の対GDP比率もEUが定めるマーストリヒト基準(60%)よりも低く、財政状態は比較的健全である。
ポーランドは人手不足が深刻化しているが、労働需給ギャップを補っているのが、主に2百万人に昇るウクライナ人出稼ぎ労働者を中心とする外国人労働者である。

ウクライナ人は出稼ぎ等を通じ、いち早くロシアの頸木(くびき)から逃れた隣国が、(独立した)(自由で)(豊かな)民主国家を謳歌している状況を見てロシア・プーチンへの決別を決意したのである。

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