追憶の彼方。

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宗教について

2016年09月21日 | 宗教
法社会学者、小室直樹氏によればインド人はこの世の本質は苦であると思っていたし、一方ユダヤ人は虐殺・追放・迫害と苦難の連続であった。
このインド人、ユダヤ人が優れた宗教を生み、世界諸宗教の母体を作ったのである。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教である。


中国への仏教移入は三蔵法師の一人、玄奘三蔵等唐代の僧達の努力もあって盛んに行われたが中国では「人生皆苦」という考えはあまりなじまず、道教や儒教が大勢を占めた。
一方「人生は楽しい」「苦もすぐに自然消滅する」という意識・無意識的に記憶が継続しない日本人の特性から中国から伝わった仏教は大きく変質し、国家鎮護、災厄回避、病魔退散、祖先崇拝,先祖供養と云った、現生的利益を願う祈祷仏教に変質し、しかも釈迦や如来等仏を中心に据えず宗祖中心の宗派仏教になって、もはや宗教とは云えなくなってしまった。 
或る意味日本は世界でも珍しい無宗教国家である。

仏教、それは必ずしも釈迦(如来)の教えではなく、まず秩序・法則・慣習・道徳と云った「法「ダルマ)」があり、これこそ真理であると悟ったのが仏(釈迦)である。
神やキリストが居ないとキリスト教は成立しないし神の教え、命令は絶対であるが、仏教では法さえあれば成立するし、釈迦の教えは必ずしも絶対ではない。
釈迦の悟りは法の自覚であり、釈迦の伝道は法の伝達であった。
(法を学ぶ仏の弟子の集団が僧である)
釈迦の教える真理としての法には「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三法印がある。
「一切のものは刻々変化する」「すべての存在には我がない」「煩悩の炎が吹き消された悟りの世界(涅槃)は静やかな安らぎの世界・境地である」
又「一切皆苦」とは現実を生きることは本質的に人間にとって苦である。無常・無我の世界に常住や自我を求めるから苦になる。

仏教の経典の中で6百巻に及ぶと言われる般若経の経典を最も簡潔に表した経典、般若心経のうち玄奘が訳したのが大般若波羅密多経である。
そこに書かれた空の思想、即ち最高の真理(般若[はんにゃ])から見るとすべてのものは実体がない(空[くう])だという教え、これこそ仏教の真髄であると言われている。

色即是空…即ち仏教の空理論によれば、魂もなく地獄・極楽などあるわけがない。地獄・極楽などと云うのは無知な人を自分の宗派に惹きつけ、金もうけを企む為の方便に過ぎないということである.
病気・老衰・苦痛何れも妄想に過ぎないという事を自覚すればすぐ消える。
欲望は実在しない。それは妄想に過ぎないことが自覚できれば、一切の煩悩は消え輪廻の苦からも解き放たれ、解脱して涅槃に入り仏陀になる、即ち成仏である。
日本の多くの宗派では簡単に成仏できるように伝えられているが、仏教の考えとは異なる。
これについては改めて書いてみたい。

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