Oregon on The Breeze ~ サトリの森

Yaplog時代のブログをこちらへ引っ越ししました。

ある老夫婦の話

2008-12-02 22:00:00 | 病院・病気
は当時の某大手商社の韓国支店長を最後に定年退職をし、その後は趣味の俳句三昧。
会社人間だった夫は家の事も子供の事もすべて妻にまかせきりで、子供たちにとっては父親の存在はあってないようなもの。
特に長女は口癖のように

「私たちを育ててくれたのは母。父は生活費を持ってくる人」

と友人に言っていた。
もただ黙って夫に従い、子供を育てるだけの女性ではなかった。明治生まれで長州人の厳格な父親(参考写真:山口県 錦帯橋)と北海道に広大な牧場(参考写真:北海道 美瑛)を持つ裕福な家庭に生まれ、40歳までご飯を炊いたこともないと言う母親の間に、2人の兄を持つ末っ子の一人娘として生まれた。
しかし2人いる兄のうち、一人は肺結核、一人は上海で戦死。
結局、将来両親と肺結核の兄の面倒を看るのはまだ若きその妻の肩にかかっていたわけだ。
色々な仕事をしながら生計を立てている中、勤めた商社の同じ部にいた男性と知り合い結婚をした。妻の両親と病弱な妻の兄も引き受けると言う寛大な心を持った当時エリート街道をまっしぐらだった夫と・・。

それから50数年間、2人は越え、谷越えながらも3人の孫に恵まれて平凡な毎日を幸せに暮らしてきた。
しかし、夫が退職をしてから数年後、健康診断で夫が『骨髄異形成症候群』と言う難病にかかったことがわかった。この病気は、血液細胞等々に問題がある病気で、赤血球が造れないためたびたび輸血をしなくてはいけないと言う厄介なものである。
妻は、夫の食事や日常生活をさりげなく管理しながら10年余りやってきた。
けれど、当然ながら人は年を取る。ましてや、そんな厄介な病気を持っている者はある日突然に体調を崩す事があるのだ。
何回目かの輸血をするので夫は入院をしたのだが、そこでかなり病状が悪化している事が判明。
食べ物は一切口に出来ず、歩く事も出来ず、目は閉じたままと言う状態から一時は、もう駄目かと思われたものの、奇跡的に症状が少しいい方向へ向き、点滴と共に多少の食事も口にするようになった。
意識ははっきりとしていて、見舞いに来た人とちゃんと筋の通った会話もするし、新しく点滴を替える時、注射するときは、どんな点滴なのか、注射なのかを尋ねるくらいである。
面会にくる親戚もちゃんと会話が出来るので来た甲斐もあろうかと言うものである。

しかし、やせてしまった血管に点滴の針をさせるのももうこれで最後だと言う日が来た朝、入院先の医者から
「この点滴が終わったら数日家に戻りますか?」
と連絡を受けた妻は、その意味がどう言うものか聞くまでもなかった。
医者は
「意識がとてもしっかりとしているので、ごまかしてやるような処置は行えない。」
と妻に告げた。
家に戻って今病院でやっている事をすべて妻がやる覚悟があるのか、痛みが襲った時に対処していけるのか、その時はまた病院へ戻るのか・・・。それを決めるのは妻である。
妻は決心した。
身体は動かなくとも頭ははっきりとしている夫。
50年以上も共に生きてきた夫。
今病床にある夫。
でも、妻はそうせずにはいられなかった。
医者から聞いたすべてを夫に話したのだ。

「この点滴が終わったら、もう点滴、出来なくなるそうよ。
そうしたら、ちゃんと食事をしなくちゃいけないのだけれど、今のままでは・・・・。
どうなっていくか、わかりますよね。先生が、数日家に帰ってみるかとおっしゃっているけれど、あなたはどう思われますか?家へ戻りますか?」


夫はじっとそれを聞いて

「ここにいる」

と言った。
2ヶ月間、ほとんど寝たきりの夫の世話を家でしてきた妻が尋ねた

「それは私の事を思ってですか?」
鼻から酸素を摂っている夫は静かに頷いた。

「家に帰ればいつでも私に会えるけど、ここ(病院)にいて何かあったらすぐにこれるわけではないのよ。」
夫はそれでも、
「家へ帰ったりまた病院へ戻ったりは(身体が)辛い」
と気持ちを変える事はなかった。
妻は家に戻り、今夫がいる病院を紹介したかかりつけの医者に報告かたがたその話をした。

「(病床にいる夫に)こんな事を話した私はひどい妻でしょうか。私のした事は間違いではなかったのではないでしょうか。」

生前何かがあったらこうしようと、夫と話していたとはいいながら妻の心には何かがひっかかっていたのかもしれない。
夫との話し合い、かかりつけの医者への感謝の気持ち、そんな妻の話を聞いていた医者は沈黙の後、ゆっくりと、そして静かに
「奥さん・・・。私は感動しました。そんなご夫婦が本当にいるんですね。」
と妻を見て言った。
「結局は何も力になれなかった無力な自分を申し訳なく思っていた所にそんなお話をうかがわせて頂いて、本当に感動で一杯です。」

妻は家に戻ると、長女に連絡をした。長女は父親の本心が家に戻りたいのならそのようにしてあげたらいい、自分がその間、実家に泊まって手伝うからと言ったが、妻は
「もう決めたから・・・。」
と穏やかに、そしてきっぱりといいきった。
そして、

「『こんな人なら死んじゃえばいいのに!!』って思ったことだってあったわよ。でもそれはその場だけの事だし・・・。」
「紅茶を飲ませるとおいしい、おいしいって言うのよ。」
と、電話の向こうの声は苦笑いをしているようだった。
mama記)

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