留守中、15年ぶりくらいに、高校時代の恩師から電話があった。
「帰ったら電話してほしいって。これが番号だよ」
夫にメモを手渡され、番号をプッシュする。恩師は父と同じ歳だから、今年で72歳になる。とうの昔に定年退職し、悠々自適の毎日だと聞いている。
「ああ、久しぶり。実は頼みがあって電話したんです」
この恩師は、通称ミキオ先生といい、暇さえあれば旅行に出かけるアウトドアな社会科教師である。
「お姉さんは、たしか税理士だったね。相談したいことがあるから、連絡先を教えてほしいと思って」
……なんだ。私ではなく、姉が目的だったのか。
ちょっと気が抜けた。
「自宅に連絡先のFAXをもらえれば、こちらから電話しますと伝えてください。番号は……」
先生が言うFAX番号は、電話番号と同じだった。
「わかりました。姉は今、時間がないという話なので、連絡可能な時間帯も書いてもらったほうがいいですね」
「ああそうなの。こちらも留守がちなので、FAXがいいですね。番号は……」
また同じことを言い始めたので、途中でピシャリと遮る。
「先生、さっき聞きましたから大丈夫です。じゃあ、姉に伝えておきますので、少々お待ちください」
そこで電話を切った。
翌日は土曜日だった。仕事がないので家にいると、珍しく電話が鳴るではないか。我が家の着メロは「森のくまさん」である。
「ハイ、もしもし」
「……」
応答がない。いたずら電話か??
「もしもし、もしもし?」
受話器を置こうと思ったとき、ようやく相手のモグモグした声が聞こえてきた。
「あの、ワタクシ、実は……」
どこかで聞いたような男性の声である。誰だったかなと記憶の糸を手繰り、答えにたどり着いた。
「……失礼ですが、ミキオ先生ですか」
「ああ、そうそう。よくわかりましたね。ちょっと教えてもらいたいことがあって、電話しました」
昨日のことだろうか。
それにしては何か変だ。
「声が妹さんにソックリですね」
そこでピンと来た。先生は姉に電話している気になっている。
「先生、だって私、妹ですから」
私は名乗り、再度、姉からの連絡を待つよう説明をして電話を切った。
大丈夫だろうか……?
義母は10月で88歳になるが、こちらも高齢のため、ときどき対応に困ってしまう。
我が家は二世帯住宅なので、イベントのケーキなどは義母の分も買ってきて、おすそ分けするのが常だ。
出勤前で忙しい朝、出かける前に一階の義母に声をかけ、「いってきます」と挨拶することにしている。だが、あるとき、「ちょっと待って」と引き止められた。
早く行きたいのにと思いつつ、イライラしながら待つと、ようやく義母が戻ってきた。
それからノンビリと、「昨日はごちそうさま。美味しかったわ」と言って、ケーキの載っていた皿を返そうとした。
今、返されても!!!
仕方がないので、ひとまず受け取って階段の隅に置き、家を飛び出したということもある。
歳をとるのは喜ばしいことだが、年齢を重ねるにつれ、善し悪しの基準を測る物差しが狂ってしまうようだ。その結果、本人がよかれと思ってした行為が、茶飲み話になるのだから恐ろしい。
だが、私の物差しは、元々狂っているらしい。子どものときから、何度も「ズレている」と言われて育った。
歳をとったら、さらにズレていくのではないか。
たとえば、ケーキをいただいたら、空の皿を持って「美味しいからもっとちょうだい」とたかるかもしれない。蟻並みだ……。
食べた皿を洗いもせず、汚れたまま返そうとする可能性もある。口に合わなかったときは、「不味かったわよ」と正直に言ってしまいそうだ。
今なら、「そんなことをしてはいけない」という理性が働くけれど、お年寄りになってもそう思えるか、自信がない。
嫌われ者の砂希バアさんにならぬよう、丈夫な物差しを持たなければ。
楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「帰ったら電話してほしいって。これが番号だよ」
夫にメモを手渡され、番号をプッシュする。恩師は父と同じ歳だから、今年で72歳になる。とうの昔に定年退職し、悠々自適の毎日だと聞いている。
「ああ、久しぶり。実は頼みがあって電話したんです」
この恩師は、通称ミキオ先生といい、暇さえあれば旅行に出かけるアウトドアな社会科教師である。
「お姉さんは、たしか税理士だったね。相談したいことがあるから、連絡先を教えてほしいと思って」
……なんだ。私ではなく、姉が目的だったのか。
ちょっと気が抜けた。
「自宅に連絡先のFAXをもらえれば、こちらから電話しますと伝えてください。番号は……」
先生が言うFAX番号は、電話番号と同じだった。
「わかりました。姉は今、時間がないという話なので、連絡可能な時間帯も書いてもらったほうがいいですね」
「ああそうなの。こちらも留守がちなので、FAXがいいですね。番号は……」
また同じことを言い始めたので、途中でピシャリと遮る。
「先生、さっき聞きましたから大丈夫です。じゃあ、姉に伝えておきますので、少々お待ちください」
そこで電話を切った。
翌日は土曜日だった。仕事がないので家にいると、珍しく電話が鳴るではないか。我が家の着メロは「森のくまさん」である。
「ハイ、もしもし」
「……」
応答がない。いたずら電話か??
「もしもし、もしもし?」
受話器を置こうと思ったとき、ようやく相手のモグモグした声が聞こえてきた。
「あの、ワタクシ、実は……」
どこかで聞いたような男性の声である。誰だったかなと記憶の糸を手繰り、答えにたどり着いた。
「……失礼ですが、ミキオ先生ですか」
「ああ、そうそう。よくわかりましたね。ちょっと教えてもらいたいことがあって、電話しました」
昨日のことだろうか。
それにしては何か変だ。
「声が妹さんにソックリですね」
そこでピンと来た。先生は姉に電話している気になっている。
「先生、だって私、妹ですから」
私は名乗り、再度、姉からの連絡を待つよう説明をして電話を切った。
大丈夫だろうか……?
義母は10月で88歳になるが、こちらも高齢のため、ときどき対応に困ってしまう。
我が家は二世帯住宅なので、イベントのケーキなどは義母の分も買ってきて、おすそ分けするのが常だ。
出勤前で忙しい朝、出かける前に一階の義母に声をかけ、「いってきます」と挨拶することにしている。だが、あるとき、「ちょっと待って」と引き止められた。
早く行きたいのにと思いつつ、イライラしながら待つと、ようやく義母が戻ってきた。
それからノンビリと、「昨日はごちそうさま。美味しかったわ」と言って、ケーキの載っていた皿を返そうとした。
今、返されても!!!
仕方がないので、ひとまず受け取って階段の隅に置き、家を飛び出したということもある。
歳をとるのは喜ばしいことだが、年齢を重ねるにつれ、善し悪しの基準を測る物差しが狂ってしまうようだ。その結果、本人がよかれと思ってした行為が、茶飲み話になるのだから恐ろしい。
だが、私の物差しは、元々狂っているらしい。子どものときから、何度も「ズレている」と言われて育った。
歳をとったら、さらにズレていくのではないか。
たとえば、ケーキをいただいたら、空の皿を持って「美味しいからもっとちょうだい」とたかるかもしれない。蟻並みだ……。
食べた皿を洗いもせず、汚れたまま返そうとする可能性もある。口に合わなかったときは、「不味かったわよ」と正直に言ってしまいそうだ。
今なら、「そんなことをしてはいけない」という理性が働くけれど、お年寄りになってもそう思えるか、自信がない。
嫌われ者の砂希バアさんにならぬよう、丈夫な物差しを持たなければ。
楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
ミキオ先生はなんだか難儀そうですね。
ところでお姉さんは税理士さんのようですね。
相談ですが、弥生会計2005は古すぎでしょうか?。
弥生会計2005ですか。
アプリケーションソフトですね。
5年前だと、やっぱり古いんじゃ…(笑)
ミキオ先生は、昔からマイペースなので、かなり心配です。
姉には、こういう電話があったと報告しておきました。
話が長引かないといいんですけど。
夫は、退職後、服装のセンスが悪くなりました。
赤瀬川源平の『老人力』はまだ読んでいないんですよ。
興味がわきます。
まさか、青島さんが都知事になるなんて思わなかった~!
オジさんでも、おばあさんの役ができるんだ、とビックリしたよ。
意地悪を考えると、脳に刺激があって生き生きするのかも??
寿命は延びたけど、精神面は未熟な人が増えているそうですね。
(私を筆頭に)
自分のペースに周囲を巻き込み、迷惑がられる老人たち。
自身がすべきことを見つけて充実させれば、若い世代とのギャップも縮まると思います。
年齢差は埋められないけど、何か共通項があれば、同じ物差しを使えるのでは、と 今は思います。
医学の進歩により、平均年齢は伸びましたが、せっかくの時間を持て余している気がします。
配偶者を失い、淋しい思いをしているのに、自分の生き方に固執してしまい、子や孫に疎まれる高齢者がいます。
会社から解放されたのに、逆に居場所を失うおじいさんも多いですね。
長生きできるようになっても、その時間を充実させないと、つまらない時間が増えるだけ…。
いい老後を迎えたいものです。
複雑ですね。
体力の衰えは年々感じています。
昔はもっと動けたのに!ってついつい愚痴っちゃうし、
老眼も始まって見えづらくてイライラするし。
精神的にマイナスになる要素は確実にあると思います。
そのマイナスを補うために意地悪ばあさんになっちゃったら・・・
それはイヤだなと思うけど
う~ん、その可能性も大きいからな~(汗)
私も丈夫な物差し、用意しておかなくちゃ!
あと数年後の自分を考えると、恐ろしいよ~~。
ああっ、私も最近地図が見にくくて~!
老眼が始まったようです。
これからもっと見えなくなっていき、体も不自由に感じるんでしょうね。
でもまあ、歳をとるってそういうことだから。
心と体の変化を受け入れ、甘え上手なおばあさんになりたいです。
しかし、実際は…。
頑固で聞き分けのないクソババアになる自信があります♪
悲しくつらいことですが、もうあちこちが老いであります
老いていくかたのことも
受け止めてあげられればいいのですが、
とても難しいことですね
砂希さんはうまく、対処なさっていらっしゃるように思います
なんだか、言葉に重みがありますね。
夫がどんどん変わっていく様子を目の当たりにしております。
皮膚がたるみ、急激に老人となっていきます。
仕事がなくなると、気持ちに張りがなくなるからかもしれません。
私はもうちょっと緩やかに老けたい…。
義母は美しく老いていると思います。