これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

1030円の傘

2010年10月28日 19時59分43秒 | エッセイ
 最近、雨が多いので、傘を忘れないように注意している。
 苦い経験があるのだ。

 いつもはバッグの中に、折り畳み傘を準備しているのに、たまたま別のバッグにしたのが仇になった。定期や財布は入れ替えたが、急いでいたせいか、傘の存在をすっかり忘れていた。
 電車から降りて改札を出ると、真っ黒な雲が広がっている。とても、朝8時の空とは思えない。バッグの中を探り、私は青ざめた。「しまった」と舌打ちしたときには、もう遅い。待ってましたとばかりに、天から大粒の雨が落ちてくる。たちまち、ドドドという響きに変わり、水煙が上がる。
 ちょうど、改札の屋根の下に写真屋があり、店先には地味な雨傘が、澄ました顔で並んでいた。値札を見ると1030円と書いてある。平成5年の当時、まだ消費税は3%だったし、100円ショップはなかった。人の弱みにつけこむような強気の価格だが、背に腹は代えられない。私は財布を取り出し、傘を買って職場に向かった。
 駅から職場までは徒歩10分である。土砂降りの中を歩くと、傘があってもズブ濡れだ。髪もスカートも重くなってしまう。「でも、あとちょっとだわ」と自分を励まし進んだ。
 すると、急に空が明るくなった。
 見上げると、雨雲が回れ右をしている。「撤収~!」という掛け声は聞こえなかったが、一斉に駆け足で立ち去るところだった。
 とたんに雨がやむ。私は「ウソ……」と力なくつぶやき、遠くの雨雲をにらみ付けた。

 せっかく傘を買ったんだから、もっと降りなさいよ~!!

 自分勝手な理屈だが、そんな気分になる。
 ちょっと待てばよかったのだ。まったく、朝からついていない……。
 だが、ついていないのは朝だけではなかった。

 帰ろうとしたら、また雨が降っている。一日中、大気の状態が不安定なのだろう。「今度は傘があるから大丈夫だも~ん」と、私は冷静に傘立てに向かった。しかし、どこを探しても、1030円の傘は見あたらない。私は顔色を変え、目を剥いて傘立てを探した。

 そういえば、さっき、生徒がここをウロウロしていたな……。

 下校時間にも雨が降っていたせいだろう。どうも、傘のない生徒がこっそり盗んでいったらしい。
「わざわざ、1030円も出して、傘を買った意味があったのだろうか」と悩んでしまった。

 職場から、少し歩いたところにコンビニがある。
 そこでも傘を売っていたが、意地でも買いたくなかった。1日2本も買うのは面白くない。
「傘ないんだ。い~れてっ」
 私は同僚の傘に乱入し、体半分を濡らしながら、駅まで歩いていった。
 おかげで、傘を忘れることは滅多になくなったけど……。



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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
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コメント (12)
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