昨日は、冷たい春の雪が降りました
今朝も、まだ少し残ってます。
ひめちゃんとタバサねーちゃんは、岩神沼目指します。
アオサギさん、いるかな?
静かにそーっと覗きます
いました
ズームと思っていると、彼女(?)は弾丸のように飛び去ってしまいました
もっとゆっくり、ご対面したいよね。
赤城山には、まだしっかり雪が残っています
最近、必要があって桐生市川内町の史跡を訪れました。
ついでに、付近の史跡も探訪です。
でも、東毛のカテゴリーに入れてしまうと見付けにくい。
別のカテゴリー、川内町を流れる山田川にちなみ「山田川紀行」でいきましょう
まずは、山田川が渡良瀬川に合流する近くにある、千網谷戸遺跡(ちあみがいどいせき)です。
県道338号線が大間々方面から東に行き、川内小学校の信号を南に下ります。
まもなく、用命の砦跡という永明寺の反対側に左折します。
しばらく行くと、住宅地の中にありました
千網谷戸遺跡の地
この付近一帯は縄文時代晩期を代表する遺跡です。
桐生市HPにはもう少し詳しく、
渡良瀬川と山田川の合流する河岸段丘上である。昭和21年以降繰り返し発掘調査が行われ、縄文時代終末期の土器群は「千網式土器」としての標識遺跡となっている。縄文時代ほぼ全体をはじめ弥生、古墳、平安と長期間にわたって人々が生活した集落跡である。とくに縄文時代晩期の住居跡からは、土器や石器とともに、大型の土製耳飾をはじめとする豊富な装身具や特殊な遺物が発見された。その一部は重要文化財に指定され群馬県立博物館に寄託してある。
そうだったんですか
西の桐生市民は知りませんでした
縄文の昔から、人間が住んでいる場所なのですね
振り返って、西側の風景です。
あの山が、用命の砦かな?
東に道なりに進みます。
渡良瀬川沿いに出て左折、まもなく山田川と渡良瀬川の合流地点です
山田川最終章の流れです
穏やかな流れに見えます。
ここには、実は橋が架かります。
橋の名は、「しもすながはし」です。
山田川に架かる最後の橋、「しもすながはし」です。
昔々、桐生市内に通勤していたころ、朝の通勤ラッシュに悩まされながら、いつも通っていました
でも、橋などと意識したことはありませんでした。
ここが、山田川が渡良瀬川に合流している所だったのです
そうと知っていたなら、通勤ラッシュのストレスも、もっと少なかったでしょう
追記 2023.03.06
先日、北群馬郡榛東村(しんとうむら)の耳飾り館を訪ねました。
『おしゃれな縄文人』(1993 榛東村耳飾り館)という小冊子を購入してきました。
そこにはなんと、最初に、「桐生市千網谷戸遺跡」が紹介されていました
土製耳飾り、大型土製耳飾り、岩版・岩偶の写真もあります。
桐生市のHPにすらない、貴重な縄文時代の人々の記憶に、遠く離れた榛名山の東の村で逢いました
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます