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日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

あの時のカレンダー

2005-11-21 07:12:29 | 子育ての周辺
我が家の冷蔵庫にいくつものメモが貼り付けてあります。
その中に2002年のカレンダーの切れ端(1月、2月分)も。
前年の12月下旬から、娘がひとり中国の陸路経由で雲南からラオスへ向かうといって出かけた時の足跡。
何十時間も汽車に乗る旅は、2001年の夏に体験していたから2度目だったけれど、その度ごとに心配なものでした。
「中国の僻地ではね、手足をもぎ取られて見世物にされた旅行者もいるのよ」と、その暮れの忘年会で、私に忠告してくれた人もいました。
そんな話を聞いて、母親の私はどうしたと思いますか。
「今晩は寝ないでいよう」「寝なければ夢を見ないで済む」そう考えて、床の中で時間をすごしたものです(勿論いくらかは寝たでしょうが、嫌な夢は見ませんでした)。
そんな冬の記録があのカレンダーの日付につけられた○印。
メールで連絡があった日の印です。
ローマ字入力されたメールの文言がどんなに短くても、あぁ、この日まで消息があったと安堵したものです。
「よくそんな危ないところに若い娘をやるわね」
こんな忠告は、当然なんだろうなと思うのです。
一方、「そんなに中国過疎地を危ないというのは、そこに住む人を疑っているということだから失礼だよ」と諭す声も近いところから聞こえてくるのです(土産話で聞いたいくつ者、ほほえましいエピソードに、人への気遣いのバリヤフリーを感じたものでした)。
そんなあれやこれやの心配の中、南京まで戻ってきたとメールが入ったときの安堵感というか、体が楽になったというあの感じはまだ覚えています。

そして、今朝カレンダーに目が行きました。
彼女、今週を区切りとして、新しい世界へチャレンジするとのことです。
命までとられることはないから大丈夫だよ(まあ、なんと表現の大げさな…)。
どこまでできるか判らないけれど、ワクワクしているからね。

道は自分で作っていくもの。彼女の切り開いてきた道は耳に聞くだけで、血肉となっているのは彼女自身の五体なのだから、こちらには判りません。
あの、カレンダーに○印をつけて無事を祈ったこともあるのだから、それに比べたら…、そう私の心を整理している昨今です。

脚注 ○印のついたカレンダー(よくある朝日新聞の)は捨て難く、切り取って残したものです。

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