読みました

本を読むのが好きです。
忘れないように感想等を書いています。
その他、ねこのひとり言…。

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映画と原作

2006-10-30 21:54:40 | 読書
 小説が原作のおもしろそうな映画の宣伝を見ると、私は(原作を読みたいな)と思います。何故なら映画では味わえない細かな描写や表現が原作にはたくさんあると思うからです。

 決して映画ファンに喧嘩を売るつもりはないのです。
でも事実、原作を知っていて映画を観た時には少なからず不満が残ります。
きっと原作を読んだ時の解釈の仕方や想像する部分が、人によって少しづつ(もしかしたら、かなり?)違うからなのだろうと思います。
 しかしその想像が出来ることが、小説を読む楽しさなのだと思います。
 
 それに映画は限られた時間(2~2時間半?)の中で、1冊のあるいは上下2巻にわたる話を映像であらわす時、細かな感情や表現はある程度切り捨てなければ纏まらないからなのでしょう。

 だから私は原作を読んでしまうと、もう映画は観なくてもいいかな、と思ってしまうのです。でもこんな私が原作にも負けないと思うくらい感動した映画が昔ありました。松本清張の「砂の器」の映画版を観たときです。
 
 主人公が幼い時、ライ病の祖父と共に村を追われ、漂泊の旅に出たことを回想するシーンで、日本の美しい四季の中でさすらう二人の姿が一層悲しげに映像化されていて、胸を打たれた思い出があります。

 私の想像を超えた表現をしてくれる映画がたくさん出てきてくれるといいなあ、そして自分も誰かが映画にしてくれるような小説を書いてみたいな、と思うこの頃です。
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ついに終了!

2006-10-26 23:34:59 | 読書
 10月15日の記事を訂正しました。
 主人公ジャスティンの仕事は高等弁務官ではなく、英国外務省一等書記官でした。すみませんm(_ _)m
 
 「ナイロビの蜂」(下)も終盤をむかえました。
 襲撃を受けたジャスティンは辛うじてホテルを後にする。「家にかえらないと妻と同じ目にあうぞ」という脅迫文を手にしながらスイスに向かい、ケガの養生もそこそこに疑惑の人物達を探しだす。

 同じ頃妻のテッサが可愛がっていた高等弁務官事務所で働くギタは、偽りの休暇願いを出しテッサ達が死の前に立寄った町で、参加したセミナーの出席者に会って話を聞く。セミナーは口実で別の行動をしていた事を知る。

 テッサの幻影とともに移動するジャスティンが、疑惑の人物達と接触する度に襲い掛かる黒い手。次第に明らかになるテッサ達の死を賭けた真実。そして最終の地にたどり着いた彼を待っていたのは…

 小説とは思えない程リアルな話でした。多くの人が出合った現実の体験談を基に書かれた「今まさに世界で起きていること」が題材だからなのでしょう。
 原書で読めたらもっと雰囲気があり、おもしろいのではないかと思うと少し残念でした。でも睡魔と闘って読んだ甲斐はありました。
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出かけましたⅢ

2006-10-23 23:35:36 | お出かけ(日帰り)
 昨日法事があり、大阪へ行ってきました。
 朝6時半の快速で東京へ。8:13発の新幹線で新大阪へ。 

 車内は7割位の乗車率。品川、新横浜でほぼ満席。
 意外にビジネスマンも多く、車内は静かなのに眠れません

 昼前には大阪郊外に到着。
 朝、関東では曇っていて、長袖+上着で過ごしやすい天気でした。
関西では薄い長袖一枚でも、歩くと蒸し暑い陽気でした

 法事は3時からで、先にお墓参りをすませました。
 神式なので二礼、二拍手、一礼が基本です。
来ていただくのも神主さんで、お祓いから始まります。
 
 そう言えば、お昼にラーメン店に入りました。
 新しいお店らしく、お勧めは「塩」との事で「あっさり」のほうを注文しました。お魚のダシも入っていて少し懐かしい味…。美味しくてお汁まで完食。

 帰りの大阪駅は「USJ」のお土産袋を提げた人が一杯。
電車のドア付近にいたら、「新大阪」に停まりますか?」と三人くらいに訪ねられました。地元のオバちゃんに見られたかしら

 9時過ぎに東京駅に着き乗換えに歩いて行くと、向かって来る人の多くが「ディズニー・ランド」のお土産袋と一緒。 何処へ行くにも気持ちのいい一日でした。

 10時過ぎに電車を降り、駅前の駐車場に停めておいた車にエンジンをかけた途端、バケツを逆さにしたように大雨が…。 空から誰か見ていたみたい…   
 
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途中経過・・・その2

2006-10-20 23:25:31 | 読書
 先日主婦仲間で夜、"炭焼き"の店へ行きました。
 子育てが終わり早くも孫に恵まれた人、介護に忙しい人、仕事に忙しい人、人生色々あるけれど1~2ヶ月に1回会いましょう、っていう集まり。

おしゃべり有り、愚痴あり、笑いありで、食べても飲んでも美味しくて仕方がありませんでした。10時すぎには解散。「天高く主婦肥ゆる秋」の夜でした。

 「ナイロビの蜂」(上~下1/3まで)
 ジャスティンは妻テッサの葬儀を終えて帰国し、妻の従兄で弁護士のハモンドを訪ねる。テッサは子供を死産した病院で知りあった友人の不審の死から、他国籍企業と官僚たちの癒着、製薬会社のアフリカなどに対する医薬品の供与とその裏側の事実を、医師アーノルドと探っていた事を知る。

 一切の連絡を絶って、偽名のパスポートを持ち、ジャスティンはテッサの足跡を追う旅に出たものの、行く先々に付きまとう影。妻とメールを交わしていた人達は何故か最近パソコンが故障していたり、盗難に遭って書類を盗まれたりしていた。

 イタリアに行き、テッサの援助を受けていた12歳の少年に接触して、妻のパソコンを開けてもらうジャスティン。残された膨大な書類も読み、ドイツに渡り、製薬業界の監視組織のメンバーと接触する。
 その夜ホテルに帰ったジャスティンは数人の男達に襲撃され、暴行を受ける…。

 緊迫感の漂う局面を読んでいるのに、日本の小説のようにペースが早まらない。
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途中経過・・・。

2006-10-15 23:24:24 | 読書
 私はこの1週間、翻訳物の小説を読み出した事をひどく後悔しています。
 
登場人物が多い上、名前がカタカナで覚えにくいので、読んでいる時はもちろん次に読み出すときにも、表紙の見返し部分に書かれた、人物の名前と紹介を幾度も見直さなければ読み進めないということ。

その作業を毎日繰り返しているうちに、物語への興味を半ばで失ってしまうという、私にとっては天敵(?)とも言える欠点の為、途中何度も睡魔に襲われてしまいました。
 まだやっと上巻の3/4までしか読んでいませんが、とりあえず今日までの感想を書いておこうと思います。

  「ナイロビの蜂」ジョン・ル・カレ
 庭の手入れをこよなく愛する中年男のジャスティンは、英国の外務省の1等書記官でナイロビの高等弁務官事務所にいる。その若き妻テッサが、共にボランティア活動をしている若い医師と人類学者のもとに向かう途中で襲われ惨殺された。

 失意のうちにも、警察の取調べを受け、英国外務省のマスコミへの口止めを指示されているうちに、妻が巨大企業の秘密を知り、その証拠となる文書をパソコンに残していた事を知る。

 原題「THE CONSTANT GARDENER」は「熱心な園芸家」という言葉で本文に出てきました。
 「蜂」は巨大企業の名前の「~THREE BEES」からとったようです。
 ジャスティンはこれからどんな風に真実の解明に乗り出すのでしょうか?
 
 硬い翻訳文と、英国風のウィットが直訳された表現を理解するのに時間と思考力を試されている気がします
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出かけましたⅡ

2006-10-09 21:14:07 | お出かけ(日帰り)
 5日に親戚が上京のため迎えに行きました。
 そのまま茨城に住むもう一人の親戚宅に向かいました。

 その日は一泊して次の日は朝から雨。それでも地元の親戚の案内で筑波山までドライブ
 「天気が良ければ絶景」となるはずが、熱帯低気圧のせいで風交じりの大雨… ふもとの神社で手をあわせ、柿畑で早生の柿をごちそうになり帰宅

 昨日は法事があり多摩方面へ
アクアラインから富士山や東京湾をながめ、首都高を抜けたまでは順調でしたが、中央高速を進むにつれ渋滞情報が…
調布でついに大渋滞に  普通三十分ほどで着く目的地が2時間以上の表示

途中で仕方なく運転手だけを残し、地方から出てきた親戚を連れて京王線に乗り換えてやっと時間に間に合いました 

 ただ今「ナイロビの蜂」(上)を読んでいます。 
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何を捨てる?

2006-10-04 00:19:01 | 読書
 今週、親戚が遊びにくるので、普段から散らかし放題の家の中(3K)を片付けていますが、ゴミが出るわ出るわ。

 一番多いのは紙ゴミ(冊子、ダンボール、メール類の封筒チラシ等)とスーパーの袋(出来るだけ持参してスタンプも貯めているのに…)
 一番片付けるのが大変なのは「本」。場所をとるので図書館で借りるようにしているのですが、どうしても買いたい本も有るし、その割りに家は狭いし。
うーん、捨てられない…

  伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」
 もうすぐ30歳になる脚本家志望の佐藤敦は、アルバイトで飲料水の運搬トラックに乗っている。明日トラックを降りて事務職になる水城さん(女性、×1、子供有り)が運転する隣で、「あんた、いつ離婚するの」と聞かれる。

 大学生の時から付き合っていた妻、知恵子は希望通りの編集社員になったが、かなり忙しい生活の果てに人間関係に躓いて辞めた。徐々に病的に神経質になり、ある日二人で大喧嘩の果てに別々の部屋で生活するようになる…。

 読み終わって、敦と水城さんの仕事仲間という距離感が、「沖で待つ」の太ちゃんと主人公の間の雰囲気を思い出させました。そこが芥川賞に共通する点なのでしょうか…
 ありふれた日常と離婚の話であり、ストーリーの起伏も少ない淡々とした印象の作品でした。確かに文学的な表現はちらほらありましたが、こういう作品が「今時」なのでしょうか

 読んだ人の多くが「これが芥川賞?」という感想が多いようです。
 結局、作者が路上に捨てたかったのは何だったのでしょう?
 私は結局「純文学」は苦手みたいで、ハラハラドキドキするか、感情に訴える作品の方が面白いと思うようです。(自分では書けないのに ) 
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