ソムタム学級通信 ★さちえのタイ生活★

2010年6月より青年海外協力隊、養護隊員としてタイへ。バンコクより北へ450キロ東北部のコンケンで日々試行錯誤の記録。

感謝を込めて

2012年03月14日 20時29分14秒 | 日記
カウンターパートから朝、電話がかかる。
「さちえ、送別会をしようと思うんだけど、今日の夕方はあいてる?」
今日?!
今日は昼にソイローポーショで二度目の送別会、
夜はナムプリック屋のお父さんお母さんが送別会をしてくれる。
じゃあ、明日は?と聞かれるけれど、明日はコンケン出立の日。
無理無理、明日はきっと無理。

みんながみんなではないけれど、日本では考えられないほど急に予定がかわる。
ドタキャンもよくある。
それらにくわえて、出発のギリギリまでプレゼントを、しかもかなりかさばる
大きな物をもらってしまうので、荷物の片付けがいっこうに進まない。


朝ごはんを食べていると、ラッキーが泥んこでしっぽをフリフリ遊んでほしそうに登場。
お父さんたちみんなが悲鳴を上げ、「こっちにきちゃだめ!」と言うので
ラッキーはしょんぼり。
      


ここ2日、寝ないで作ったナムプリック屋のお父さん、お母さんへの
感謝を込めたムービー、店の前で上映会。
イサーンの曲と、日本の曲を入れて作ったムービーで、
みんなで楽しくうたったり、しゃべったり、でも最後にはお母さんが途中で泣いてしまった。
      


  

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お昼は、ソイローポーショの屋台のおばちゃんたちが送別会をしてくれる。
この間、果物屋のおばちゃんがやってくれたのだけど、なぜか2回目。
それも、今回は規模が大きくなっていて、みんなで料理を持ち寄る。
     


大好きなソムタムも。
     


めずらしい、まだ青いバナナのソムタムをリクエストすると、私好みに
バナナとまだ酸っぱいマンゴーをあわせてソムタムに作ってくれた。
これは、バンコクでは探してもなかなか見つからないという。
     


料理ができたら、お店を閉めて、道の向かいの家に集まる。
涼しい部屋を借りて、送別会。
料理を持ってあつまってくれる屋台の人たち。
    


お店は閉めてしまったので、なんだか、 ソイローポーショーが静まりかえっている。
      


しかし、送別会の部屋の中はきゃあきゃあにぎわっていて、ごちそうをならべて
楽しい時間を過ごす。
センターでの送別会も嬉しかったけれど、
この人たちといるのはまた気持ちが違ってホッと休まる。
    


果物屋のおばちゃんの帽子姿もかわいいったらもう。
      


後から後から集まってきて、ある屋台のおじちゃんはヤム(辛いサラダ)を
作ってきてくれた。
      

こんなふうに屋台の人たちと一緒に過ごすお別れ会って、タイに来たばかりの時には
想像もしていなかった。





ナムプリック屋にもどると、
「どうだった?私の娘!」とお母さんが聞く。
どんな料理が出て、こんな話をして、と報告すると
自分のことのように嬉しそうにうなずきながら聞く、お母さん。

「お母さんはこれをさちえにあげるの。」と指さしたのはタイのかわいい木でできた家。
「これはね、お母さんのお気に入りで、長いこと大事にしてきたの。
 さちえにも同じものをあげたかったけど、探してもどこにも売ってないの。
 だから、お母さんのをあげるのよ。」
      


ナムプリック屋の従業員が、お母さんに頼まれて、ささくれを削ったり、
ニスを塗ったり、店の前でミニチュアの家の修復作業に真剣。
          

コンケンでは今、大きなスポーツイベントが行われていて、
最終日の今日は店も予約でいっぱいなのだと、カラオケつきの部屋がとれなかったことをとても残念がるお母さん。
美味しい料理を電話注文してはりきっているのがかわいらしい。
      





送別会は私の希望でタイ料理。
     


朝のサイバーツで出会って、一緒に寺に行ったこともある女性が、
私を一緒に送りたいといってわざわざきてくれた。
私からは日本の扇を渡す。
      


お母さんとお父さんには日本の景色の本。
      


お父さんからはお父さんがレイアウトしてくれた写真をもらう。
おお、また大きな荷物が。
その大きな荷物に、大きな愛情がつまっているから、大事に持ち帰らなきゃ。
      


お父さんは隣に座って、ずっと目を赤くし、涙目で
いつものように私に優しく話しかけ、料理を私の皿に常に運んでくれる。
お父さんは途中から「何も言えない。言葉が出ない。」と
赤い眼で、黙ったままで涙をこらえていた。

お母さんは
「さちえは幸せだったわね。だってお父さんとお母さんがいたんだもの。
 もうさちえと一緒にごはんが食べられないなんて。
 さちえがどこにいてもさちえの幸せを祈っているからね。」
とボロボロ泣き出す。


私もオイオイ泣いてしまう。
お父さんから背中を撫でられ、お母さんから抱きしめられ、
鼻水をお母さんの肩でふいて、ビービー泣く。
   


お父さんもお母さんも、私のタイで出会えた宝物。
      


めそめそして店に戻ると、お父さんとお母さんが私にあげるプレゼントを取り出す。
「これは貯金箱になっているの。お金を貯めて、またコンケンにきて。」

タイでは財布や貯金箱、バッグをあげるときには、その人がお金持ちになれるようにと
お金を少し入れてから渡すのだと教えてくれた。
以前、渡したもらったバッグにも、お母さんが1バーツ入れていたと。
そうだったのか、私の財布から出てきたんだろうくらいにしか思っていなかったけど、
あのときの転がりでった1バーツはそういうことだったのか。

お母さんが 100バーツ紙幣を取り出して、貯金箱に入れる。
ええ!そんなにたくさん?!とびっくりしていると、
お父さんもやってきて、お父さんも100バーツ紙幣を入れる。
さちえにあいたいからだよといって、眼を赤くしたままでいるお父さんと、
今日は朝から何度も泣いているお母さん。
      




二人に作ったお礼のムービー。
23分のムービーは、私の活動とは全く関係のない、
でも、私の生活の支えであり、喜びであった時間をおさめた。
愛すべきお父さんとお母さんと離れるのはさびしいけれど、
そんな出会いができたことは幸せだったと思う。



お父さんとお母さんが大好きな
① イサーンの有名曲 「サオイサーンローラック」 
② イサーンの有名曲 「コンバーンディアオガン」
タイ人に人気の
③ 「昴」 タイ語バージョン
私の大好きな、そしてお父さんたちに送りたい
④ 「一期一会」
⑤ 「糸」  
お父さんたち分かってもらいたく、歌詞をタイ語に訳してのせた。
⑥ お別れの曲 「カムラー」












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