緑香庵通信

三軒茶屋から世田谷線で6分・松陰神社前のアロマテラピーサロン。

変化について

2007-04-28 17:09:59 | 「緑香庵」的なもの
だいぶ間があいてしまいましたが、前回の続き。

人は変化しか感じることができない。
言い換えれば変化しない物は、感じ取れない。

肩が痛くない状態から、痛い状態に変化した時に
はじめて「痛い」と認識できる。
ずーっと痛い状態が続くとそれがあたりまえとなり、
痛いという感覚を意識できなくなってしまう。
痛かったものが痛くなくなると、実は痛かったのだなと認識できる。
トリートメントを受けるとこんなことがよくおこります。

別に痛いとも張っているとも感じなかった背中が、
触ってもらって初めて、あー凝っていたんだなあと気がつく。
全身がゆるゆるになって初めて、
あー実は長いこと緊張がつづいていたのだなと気がつく。

人は、命に関わるような新しい刺激を優先的に
意識に上らせるようにできているらしい。
長く続く同じ刺激は、とりあえずすぐに危機的状況へは
至らないだろうということで、無意識の底へ追いやられてしまう。

でもそれは存在しないのではなく、ただ単に無視されているだけで、
身体の奥底に静かに溜まり固まっていくのですね。

Mintbrothers
《緑香庵のブラックミントとスペアミント》

これは、精神的な部分でも同じです。
自分では気がつかない心身両面での硬直、これは感覚を鈍らせます。
知らないうちに日常生活を息苦しくさせます。

これを防ぐためにも、少しだけ身体や心を揺さぶるような手段を
何か持っていると大きな助けになります。
大雑把に言ってしまえば心も身体もいっしょなので、
なんでもいいのです。

大人に向かって趣味をもちなさいとか、身体を動かしなさいとか、
若い頃は「何言ってんだか」と思っていましたが、
すごーく大事なことなんですね。

「趣味」と言えるほどのことじゃなくていいのです。
自分を揺らす術を何か持たなければ、大人はだめでしょ、
だめな大人になるでしょ、固まってつまらなくなる一方ですよ...。
ということだと思います。

大人になると、「初めて」のことがどんどん減って来ますよね。
新しいことに直面せざるを得ないような環境も無くなってくるし、
自分からチャレンジする必要も意欲も減ってきます。
また、新しいことに次々出会ってるよという人でも、
それに対する心身の対応の仕方がパターン化してきたりします。
そういうことも肩凝りと同様、「硬直」の一種ですよね。

ちょっとだけ「揺らして」変化を感じ取ること、その方法を見つけたいものです。









私はどこにあるのか

2007-04-20 10:00:00 | 「緑香庵」的なもの
緑香庵の窓から見える国士舘大学のイチョウの木が
日に日に緑に覆われていきます。
極小のイチョウの若葉はとてもかわいい。

若林公園にもクレーンが出動しての大規模な剪定が入り、
以前、ここはヨーロッパですかというくらい深く暗かった常緑の森が、
あっけらかんとした風通しのいい公園に生まれ変わりました。
枝越しに空が見えて、向こうの建物が見えて、
こんなふうに空間が広がるとそれだけで
公園の面積も広く感じます。
かなりの大木が何本もあったため、
剪定し終わるのに数日かかりました。
毎朝10時には、ニッカポッカのお父さんたちが
公園にずらりと腰を下ろしてのお茶タイム、
なかなかの眺めでした。
Wakabayashi_koen2
《緑香庵より剪定後の若林公園》


緑香庵のベランダにも春がどんどんやってきます。
本当にあらゆるものが動き変化していることを確信させる春ですね。

自分自身の変化について考えてみるに、
過去の自分は今と全く別人であるような気がする時があります。
(といっても、学校をずる休みしていた小学校5年生の頃から
頭の中は何も変わっていないような気がするときもありますがノ)

ミクロのレベルでは、食べ物をとると一瞬にして
新しい分子が古い物と入れ替わるとのこと。
それは、細胞の新陳代謝などと言われているスピードより
ずっと速くおこるので、物質的には昨日の私と今日の私では
だいぶ違う人なのでそうです。

私が私であるところのものがどう引き継がれているかの
メカニズムはわかりませんが、
どうも確固たる私などというものは存在しないのじゃ
ないかしらと思う今日この頃です。

 ◆ ◆ ◆

私というものは脳の中にあると一般的には
皆うっすら思ってますでしょ。
でも、脳の働きを作っているのは身体なんですと。
最近読んだ本に書いてありました。

例えば指が6本あったとしたら、
その6本目の動きを制御する部分が脳にできてくるそうです。
つまり、身体が最初にありきなのね。

もちろん脳が先行して身体を制御している部分も
多々あるでしょうが、それが全てではない。

ということは、日々入れ替わる物質的な身体が、
脳のほうを変えていっている訳ですよ。

じゃあ、この毎日揺れ動く気分やら心やらは、何なのさ。
私という性格やら人格やらはどこにいるのさ。

不思議ですねえ。
まだわからないことだらけです。

 ◆ ◆ ◆

現時点での落としどころとしては、私はこう判断しました。
私というのは「ある状態」にすぎないのじゃないか。
どこかにコアな私がいるというのは幻想で、
日々変化し揺れ動く状態こそが「私」であると。
だから、何か思い通りにできないからといって
自己嫌悪に陥るのはやめよう。
だめな私がいるのではなく、今そういう「状態」にあるだけ。
すべては変化の途中であって、
決着点というのも実はどこにもない。

こう考えていくととてつもない無常観に襲われますが、
とかくネガティブ方向に走りがちな更年期には少し救いになります。

もし仮にコアな私がいるとしても、
きっとそれは脳には認識できないだろうし、
気にしないことにしましょう。

 ◆ ◆ ◆

まあ何のことはない、ブログが遅れがちな言い訳なんですけどね。
変化こそが大切。変化こそが私
ということで、次回は変化について。






「ムードオルガン」

2007-04-19 21:24:13 | 「緑香庵」的なもの
一年の中で最も辛い時期を何とか今年も抜けました。
人それぞれ苦手な季節があると思いますが、
私は毎年2月~3月が何とはなしに調子が悪いです。
軽くはなりましたが、約30年来の花粉症も手伝って
基本的に体調が今ひとつなのがベースにあり、
その上、特に理由もなく精神的に落ち込むのがこの時期です。

今年はさらに更年期がらみの不調も手伝って、
かなり長い低迷期を過ごしておりました。
桜が散って八重桜も満開を迎え、
ようやく、長く、ぱっとしない季節が終わりそうです。

Shinryoku
《緑香庵の新緑》

「ムードオルガン」とは、フィリップ・K・ディックの
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』というSF 小説にでてくる機械で、
その日その時をどんな気分で過ごしたいかを選び、
自分の精神状態をチューニングするというものです。
小説中ではこの機械の仕組みは詳しく語られないのですが、
おそらくこの「ムードオルガン」からは香りの分子が出ていた
のではないかと私は考えます。

特に薬をのんだり、医者にいくほどではない軽い不調、
でも、すっきりしない、やる気が出ない、元気になれない、
肩や首がこる、背中も張ってる、いわゆる不定愁訴。

こういう状態が私にも訪れることがあります。
本当に体調が悪ければそれなりの治療が必要ですが、
この程度だとかえって打つ手がなく、
気分転換をしたり、休養をとったりしてやりすごすしかありません。

こういう時にアロマは本当に助けになります。
アロマは脳に直接働きかけることができます。
嗅覚は、視覚・聴覚・味覚・触覚のどの感覚とも異なり、
古い脳、本能の部分に直接作用できる唯一の感覚です。
人の気分、精神状態を一番簡単に変えることのできるのが、
この嗅覚を使った方法ではないでしょうか。

アロマは意識の介在しない感覚的な部分で働いてくれるので、
考え事で頭が「わやくちゃ」な時、
自律神経が混乱して体調がすぐれない時、
そういう時こそ活躍してくれます。

どんよりして、何にもする気がしなくて、
自分が無価値に思えたら、とにかく手当たり次第、
効能効果は関係なく精油瓶の蓋をきゅるきゅると開けてみます。

すると一瞬にして気分が変わります。
ほんの少し光が射したようにかすかな元気が出てくるので、
いくつか蓋を開けて、今の気分に合う物を探してみよう
という気持ちになってきます。
そして、気に入った物が見つけられる頃には
すでにもう、かなり大丈夫なラインに上がっています。

こうして気分をチューニングしながら日々を過ごしている私にとって、
まさにアロマは「ムードオルガン」なのです。

Mokkobara
《緑香庵の木香薔薇 (もっこうばら)のつぼみ》






緑香庵のご近所紹介

2007-04-04 17:27:50 | 「緑香庵」的なもの
散歩の季節になったので、緑香庵の近所をご紹介してみます。

ちょっと前に「アド街」で紹介された松陰神社の商店街が、
先日、「段差の無い優しい道路」完成記念ということで
イベントをやっていました。
この商店街はちょいちょい縁日のようなものがあったり
して活気があります。
神社へ続く参道らしく、いかにも昔からの店もあれば、
今風のカフェや雑貨屋もあったりして、
小規模ながらもなかなか魅力的な商店街です。

商店街の2軒を入れて、この界隈には、
ぱっと思い浮かべるだけでも5件のパン屋さんがあります。
なつかしい味あり、今どきのナチュラル指向あり、
どこも特徴のある自家製パンを焼いています。
パン好きには天国ですね。

それから、TVでも紹介されていた、おでんだねのおがわ屋さん
の練り物は本当に絶品。
私もよくお昼に、揚げたての練り物を買いおかずにしています。
家からご飯だけお弁当に持ってきておけば良いので楽。

カフェLottaのケーキもとても美味しいです。
手作り感満載で素朴でほっとする味。
そのかわいい外観からはやや意外にも、
夜のおつまみ系食事メニューも充実していて、
女の子が一人でワインを飲みたい時にも安心な場所です。

Lottaの雰囲気にも通じる素朴な雑貨屋Calmで、
私はよく買い物をします。
小さな店内は品揃えがどんどん変わるので、ただのぞくだけでも楽しい。
緑香庵のグラスやリネン類もここでみつけたものがいくつかあります。

そして、毎日通うようになって知ったこの街一番の特徴は、
なんといっても美味しい居酒屋が多いこと。
それもことごとく独立系なので、チェーン店と違い、
お店の方の人柄も反映されてそれぞれ個性があります。
こんな小さな街なのに、飲み屋がやたらと充実しているのは、
区役所や国士舘大学の職員の方など大人のおじ樣がたくさん
いらっしゃるからでしょうか。

こじんまりしたところばかりですが、
地元オンリーの排他的な感じも無く、距離感もほどほど。
とても居心地の良い店が多いです。

緑香庵にお越しの際は、
商店街をプラプラ散歩したり居酒屋巡りも楽しいですよ。
トリートメント後のお酒はNGですが、
お食事だけでも結構楽しめます。

もちろん松陰さんへのお参りは一番のおすすめです。
松陰神社の入り口にあるお菓子屋さんの黒糖蒸しパンはたまらんです。
今年は終わりましたが、境内の桜も素晴らしいです。