元インドネシア代表監督、スリランカ代表監督(野中寿人- 66番の部屋)

インドネシア野球、アジア途上国の野球、国際大会、日本のアマチュア野球、プロ野球情報、日大三高時代の面白エピソードを発信

バリ島初の野球グランド取得 

2006年11月15日 12時56分16秒 | レッドソックス ボールパーク グラウンド
チーターズカップ終了後の11月、事務局長の神代から電話を受けた。
{親分、ポリテクニック短期大学の構内に敷地があるそうです}
・・・(何故だか神代は野中総監督のことを”親分”と読んでいるのです)
即効、グランド候補地の視察を経て、ポリテクニック短期大学側と当財団法人と細かい詳細を打ち合わせを交わすことに・・・

↓これが最初のグランド候補地の画像です






数点の短期大学側からの申し出を受諾し約1ヘクタール弱の土地を無償で借りることに!
そしてポリテクニック短期大学の学長と財団法人代表のプトゥ女史との間で調印式を行なったのです。






グランド建設費用については100%レッドソックス側にて負担。儀式、グランドの寸法出しや図面引きなどの打ち合わせを繰り返す日々に突入して行きました。








ジャァァーーーーーン 
「レッドソックス ボールパーク」の登場です!
楢林施工チーム班を中心に他のメンバーも率先してグランド設営に汗を流してくれ、ついに、手作りホームグランドが完成したのです。








インドネシア国内広しと言え、ホームグランドを保持するのは我がクラブチームのみなのです。思えば・・・今まではサッカー場を転々としながら野球をしていました。マウンドと打席の部分が掘れるからと言われ、幾度と無く使用禁止を食らい、サッカー場を転々とするのが日課でした。

確かにデンパサールの中心からはバイクで1時間くらいかかると言うハンデはありますが
贅沢なことは言ってられません。1ヘクタール弱の土地を無償提供してくれる機関などそうそうは無いのですから・・・感謝感激です。

このグランド施工に当たり、J'z軟式野球チームの創始者である三井さんから莫大な協賛金を、また、お茶の間のオーナーであるジョージさんからもダッグアウト費用を、現在では阪神タイガース施設応援団の田中さんがバックネットの全面張替え費用を・・・と、
大勢の方々からのご支援にて完成、そして維持をさせて頂いております。
本当に有難う御座います・・・心より御礼申し上げます。


(じゃかるた新聞より)
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする