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マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

『ザ・ロード』

2010年06月06日 | 映画


これは、自然災害で滅びた後の地球なのだろうか?
それとも、第三次世界大戦が勃発し、世界中を滅ぼしてしまった核戦争後の地球の姿を描いた物語なのだろうか?

そんな疑問を投げかけたのだが、実はこの背景がなんであろうが、太陽が地球から消え、すべての動植物は地球から失われ、わずかに残った人類が生き抜く物語であることは確かである。

生き残るよりも死を選ぶほうがどんなにか容易いかという希望のない終末の地球で、あえて生きることを決意した父親と息子の生への渇望、人間として生きることの最後の矜持と誇りと尊厳を描いている。

飢えをしのぎ、敵(これが人類であることも皮肉であるが)との闘いに勝利しながら、南、南へと新たな境地を求めて旅する親子の姿。

これと似た往年の作品に『渚にて』や『猿の惑星』という傑作があったが、『ザ・ロード』はこれらの現代版と言っても過言ではないだろう。

『渚にて』『猿の惑星』がある種の絶望で幕を閉じたのならば、『ザ・ロード』には絶望の中に一筋の光が見えてくる。

暗く閉ざされた絶望の世界で、まさに人類再生の壮大な歴史劇を見ているようなたくましい作品でもある。





【監督】ジョン・ヒルコート
【出演】ヴィゴ・モーテンセン
    コディ・スミット=マクフィー
    ロバート・デュヴァル
    ガイ・ピアース
     シャーリーズ・セロン

2010年、6月26日より公開

『あの夏の子供たち』

2010年05月03日 | 映画
パリが大好きだ。

パリの競馬も映画も。去年の10月、仕事でパリに行った。世界最高峰のレース「凱旋門賞」の取材とパリで活躍する日本初の調教師・小林智さんのインタビューだ。

帰国直後に、パリの映画をテーマにした講演会も開催するために、パリにある映画館を何軒か回った。『あの夏の子供たち』にも出てくる、カルチェ・ラタンにある名画座「ル・シャンポ」や「アクション・エコール」などに入ってみた。

古い映画館で趣があり、伝統ある名画館の暖かさと落ち着きにすっかり酔いしれていた。アンドレ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」、フランスが産んだ最大の美男子、ジェラール・フィリップの特集作品などを見たが、何度も見ている作品だったが、パリの名画座で見ると、なおさら一層感動も深い。

パリの魅力は、いつ行っても街の姿や風景が変わらないことである。古い物をすぐぶっ壊してハイテクのビルに変貌させる日本人の愚かさに辟易しているので、カフェで一日中過ごすパリジャンやパリジェンヌのまったりとした姿、美術館や教会が都市の中に溶け込み、街そのものが一級の芸術品のようなパリの街は荘厳であり偉大だ。

と、こんなこと書いていると、またパリに行きたくなってしまう。

しかしである。

『あの夏の子供たち』を見て、ちょっとだけパリへの認識、いやパリの映画界への認識が改められた。

この作品の主人公は、個性的でクオリティの高い映画作りに熱中する映画の敏腕名プロデューサーである。

しかし、フランスにも確実に世界不況の波が強く押し寄せている。映画作りにスポンサーがつかないために、貧窮に陥った主人公は、美しい妻とかわいい3人の娘を残して、自殺してしまうのだ。

このプロデューサが実在の人物であることを知り、なおさらショックが大きかった。これは作り物ではなく真実なのである。

芸術や映画を大切に守る国であるはずのフランスにも、確実に深刻な不況が訪れていることを。少なくともフランスでは、映画の世界だけは厳然と守られているものだとばかり信じきっていた。

パリを彩る名画座やインディペント系映画の存続が危ぶまれる作品が、フランス自身から登場したことに、やるせなさを感じていた。

その代わり、皮肉なことに、今ではどこの国にもあるプロパーなシネコンが台頭し、人気を集めているという。

実は参考のためにも、セントエミリオン12区に建設されて間もない巨大シネコンで「プチ・ニコラ」というホームドラマも見てきた。字幕もなく、全シーンフランス語だったので、ありったけの拙いフランス語の知識で映画を理解した。内容は両親に対する子供の不安、兄弟が生まれる喜びが描かれていて、面白かった。

フランス人にポップコーンやコーラは絶対に似合わない! と思い込んでいたので、パリの週末、家族連れが楽しそうにポップコーンを頬張り、映画に興じている姿を見ていて、ちょっとだけ残念だった。

が、これも時代の流れ。映画の流れ。映画が生き延びる唯一の手段であれば、仕方ないかも知れない。

しかし、これで本当にいいのだろうか?映画文化の土台がどんどん崩れていく。歴史のあるフランスからもその崩壊が始まっている。

自殺したプロデューサーがそんな警鐘を命がけで鳴らしているようで、感慨無量。そして、残された家族がいかにして生きていったか…。

いい映画であるが、映画好きには悲しくもある作品であった。


5月29日より公開

【監督】ミア・ハンセン=ラヴ
【出演】キアラ・カゼッリ/ルイ=ド・ドゥ・ランクザン/アリス・ドゥ・ランクザン




『てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~』

2010年04月09日 | 映画
はたから見たら、「なんでこんな無駄でアホなことをして生きているんだろう?」的人間が大好きな私。

この作品の主人公役の岡村隆史演じる金城健司がまさにその通りのアホで、汚れていく沖縄の海に珊瑚礁を再生させようと、見果てぬ夢を追い求めるがゆえに世間から煙ったがられる。

普天間問題ではないが、真剣になって沖縄の海を守る純粋な男とそれを支える家族愛の物語でもある。

ニュートンは木からりんごが落ちるのを見て、万有引力の法則を確立し、ライト兄弟は鳥がなぜ空を飛べるのかと真剣に考え込み、飛行機を発明した。

発明や文明というものは、本来こういったどこにでもあり得ることを、そして誰もが疑問に思わなかったことに「なぜ?」と疑問符を打つことから始まるのかもしれない。

平たく言えば、ニュートンやライト兄弟も、その時代には、この主人公と同じに「奇跡に向かって夢を追い求める」一人のアホだったに違いない。

ナインティナインの岡村隆史のちょっと関西弁交じりの沖縄弁セリフが実にいい。最近メキメキと演技力をつけてきた妻役の松雪泰子のおっとりとした演技も新鮮でほのぼのとして、見終えた後、心の中がじわーっと程よい温かさになっていた。

いい映画だ。

『デトロイト・メタル・シティ』で、ヘビーメタル、デスメタル界をコミカルに描き、大爆笑させていただいた李闘士男監督。

やはり、この監督って凄い力を持っているんだと発見できたことも収穫だった。

【監督】李闘士男
【出演】岡村隆史、松雪泰子、吉沢悠、國村隼、渡部篤郎、原田美枝子

2010年4月24日よりバルト9ほか全国にて公開


『シャッターアイランド』

2010年03月29日 | 映画
マーティン・スコセッシ監督が、なぜに『シャッターアイランド』を撮ったのか?

あまりにも強い印象を残したので、スコセッシファンの私は、この新作を見た後、すぐにスコセッシの監督デビュー作品『明日に処刑』(1972)を見ることにした。

30年代の大不況のアメリカを舞台にしたギャングもので、主演はバーバラ・ハシーとデヴィット・キャラダイン。小規模だが、社会的矛盾、男と女の個性的かつ偏執的恋愛感、バイオレンスが込められていて、これがスコセッシのたたきなのだと納得した。この作品の後に、軒並みに『アリスの恋』や『タクシードライバー』という大傑作が生まれた。

デビュー作にこそ監督の原点や描きたかったテーマがあり、必ずヒントが隠されているのかもしれない。

最近では、レオナルド・ディカプリオとペアリングを組み、『ディパーテッド)』(2006)
『アビエイター(2004)』『ギャング・オブ・ニューヨーク(2002)』などの、巨大な制作費を注ぎ込んだ大作を撮っている。

スコセッシ監督は多分、ディカプリオにオスカーを与えたいのだろう。この3作はともに良作で一点非の打ち所がないのだが、魂を揺り動かされるほどの大きな感動はなかった。

さて、『シャッターアイランド』に話しを戻すことにしよう。

今回のスコセッシ監督は今までにないほど異常な異臭を放っていた。ジャンル的に見れば、サイコサスペンス、サイコホラーになるだろう。

宣伝文句が、「4月9日謎解きに参加せよ」である。確かにオープニングからエンディングまでハラハラドキドキで目が離せないというストーリーだということだけを書いておくことにしよう。

書いてしまうと見る楽しみがないからである。

驚嘆すべきは、今回のスコセッシ監督とディカプリオのタッグは、今までの作品とは一線も二線を画した素晴らしい作品(これでは説得力がない表現か)に仕上がっていた。

スコセッシ監督とディカプリオの埋もれていた異様さや新しい面が、続々とスクリーンを駆け巡る。

ストーリーテリングに満ち溢れているだけでなく、心に傷を持った人間の深淵にも迫り、人間の弱さと脆さを露見させようとする強い哲学をも主張している。

見終えた後、私は大尊敬するスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』を見た時と同じような感想が心をよぎった。

ということは、『シャッターアイランド』も、わが人生で心に残る作品の一作になること間違いなしである。


4月9日から全国公開

【監督】 マーティン・スコセッシ
 
【出演】 レオナルド・ディカプリオ 、 マーク・ラファロ 、 ベン・キンズレー

『ウディ・アレンの夢と犯罪』

2010年03月15日 | 映画
ウディ・アレン監督の虜になったのは、今から33年前のダイアン・キートン主演の『アニー・ホール』だった。アメリカのデザイナー、ラルフ・ローレンを一躍有名にしたのも、この作品で、それはスタイリッシュで都会的で、当時の若者たちは、『アニー・ホール』にぞっこん、魅了されていた。

かくいう私も『アニー・ホール』みたいな女の子になりたくて、大枚はたいてラルフ・ローレンのコットンのロングスカートを買ってしまった思い出がある。

今じゃ、猫も杓子もニューヨークに行くようになっているが、まだまだ、30年前には、夢のハワイ以上に、日本の若い人たちの憧れのトレンディシティだった

ウディ・アレンと言えば、マンハッタンである。マンハッタンを舞台に、そこで生きる芸術家、インテリ、スノッブ、似非インテリなどをシニカルなタッチで描く天才である。ウディ・アレンという人そのものが、一時代のエポックメーキングになっていたと言っても過言でない。


しかし、最近何を思ったか、ウディ・アレンはマンハッタンを離れ、拠点をヨーロッパに移し、ヨーロッパを撮りまくっている。もう、マンハッタンでは描くものが無くなってしまったのだろうか?

『ウディ・アレンの夢と犯罪』は、『マッチポイント』『タロットカード殺人事件』に続く、ロンドンを舞台にした3部作の最終章。

この3作の中で、私は今回の『夢と犯罪』が絶品、一番気に入った。

ロンドンの南部を舞台にした、野心家の兄弟が殺人事件を巻き起こす話である。2度ほどロンドンに行ったことがあるので、こんな兄弟みたいな風貌のロンドナーって、ロンドンの町のどこにでもいそうなあんちゃんていう感じがして、笑ってしまった。

実業家志望の兄役をユアン・マクレガーが、ギャンブル好きの弟役をコリン・ファレルが熱演している。

ちょっと見にはチャライ作品のようだが、さすがウディ・アレン。ドストエフスキーの「罪と罰」がモチーフにしているのではないかと思うほど、「道徳」と「罪悪感」の悲劇を、実に巧妙に知的に抉り出している。

またしても、私はウディ・アレンのトリックにかかってしまった!と、見終えた後大満足だった。

何よりも、ユアン・マクレガーとコリン・ファレルの恐ろしいほどヴィビットで、シニカルな激演。もしかしたら、ユアンとコリンが最大の力を出し切った作品になるかもしれない。



【監督】ウディ・アレン
【出演】 ユアン・マクレガー、コリン・ファレル、トム・ウィルキンソン、サリー・ホーキンズ

2010年3月20日より恵比寿ガーデンシネマほか全国順次公開




『しあわせの隠れ場所』

2010年02月17日 | 映画
 

 サンドラ・ブロックが最高の演技で大爆裂してくれた。
 
 94年、『スピード』でサンドラ・ブロックという女優とスクリーンで出会ってから、早16年の歳月がたつ。

 この間、サンドラが出演した作品で印象深いのが、ポール・ハギス監督の『クラッシュ』での満たされない人妻役、『あなたが寝ている間に』、そして私が一番大好きな作品が、カーリー・クーリー監督のコメディ作品『ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密』だ。

 この作品は単なるラブコメでなく、母と娘の確執を実にリアルに描いていた。奔放な娘役のサンドラと頑固な母親役エレン・バースティンの丁々発止のやり取りがとても面白かった。エレンの若い頃を演じたアシュレイ・ジャドの演技も素晴らしく、アシュレイ・ジャッドにとっても最高傑作だったのではないだろうか。


で、『しあわせの隠れ場所』である。

 大金持ちの妻のサンドラは、ある日、ヤク中の母親を持ち、家族と離ればなれになってしまった薄幸の黒人少年を引き取ることにする。彼女は少年を無償の愛で包み、家族の一員として大切に育てていく。

 いつしかその黒人少年が、アメフト全米代表の大スター選手になるのだ。その大スターこそ、マイケル・オアー選手。私は知らなかったが、実在の伝説のスター選手だそうだ。

 こういったストーリーなら、ハリウッド映画にはどこにでもゴロゴロと転がっている。確かに、『しあわせの隠れ場所』も、そんな在り来たりのストーリーだ。絵に描いたようなアメリカンドリームであり、サクセスストーリーなので、作品そのもののクオリティーを言えば、悪くもなければ良くもない、まあまあ、というところが正直な感想である。

 しかし、しかし、しかし…。

 圧倒的な存在感のサンドラ・ブロックが、この在り来たりのストーリーに絶妙なスパイスとエッセンスをばら撒き、大して意味もない出来事に大きな意味を深く持たせ、見る側をこれでもか!これでもか!と、グイグイと引っ張り込んで行くのだ。

 その力は、競馬で言うのなら、ゲートが開い瞬間、脇目も振らずに先頭に立ち、猛スピードでターフを駆け抜け、あっという間にゴールしてしまう超高速牝馬、伝説のテスコガビーのような疾走感であった。

 一人の女優の演技が、普通レベルの作品を映画史上に残すような傑作に変えてしまうこともあるのだと、ただただ感服、感心するのみであった。

 これこそ俳優の生業。これこそ俳優の存在証明である。
 
 この作品は、間違いなく、サンドラ・ブロックの代表作になるに違いない。

 そう確信していたら、サンドラ・ブロックはこの作品で「ゴールデングローブ賞」ドラマ部門で主演女優賞を受賞しているではないか。

 ゴールデン・グローブ賞の審査員たちも、きちんと見てくれているんだと、安心した。


【監督】ジョン・リー・ハンコック
【出演】サンドラ・ブロック、キャシー・ベイツ 、クイントン・アーロン

2010年2月27日より新宿ピカデリーほか全国にて公開


『恋するベーカリー』

2010年02月07日 | 映画
 

 「恋するベーカリー」なんていう甘いタイトルなのだが、実はこの作品ではあまり大きな意味を持ってなかったようだ。

 夫を若い女に取られた熟年の妻役のメリル・ストリープが経営するパン屋さんのシーンは、そこそこ楽しくて美味しそうなのだが、「めざましテレビ」などのスイーツ情報に長けたスイーツ愛好家の女性たちが見ても、さほどの新しい発見は無いかもしれない。

 こういったタイトルにすることによって、より多くの女性ファンを集客しようとする意図が見え見えなのだが、このタイトルで、より多くの女性たちが映画館に足を向けてくれるなら、この作品は別の意味での価値と意義があるので、うれしい。

 原題は「It‘s Complicated」である。

 拙い英語の知識から直訳すると、「複雑だわね」かな。この原題の方が、この作品を深く意図し、的を射ている。

 若い女と再婚した元夫をアレック・ボールドウィンが演じている。若い妻の料理は高たんぱく高脂質の食べ物ばかり。いつの間にか、アレックは二段腹のメタボの巨漢になってしまった。

 このメタボが伏線になり、ある日、アレックは元妻のメリルとセックス関係を持って、復縁してしまう。

 古巣の元女房は、若い女に比べたら、肉体や容姿は劣っているものの、同じように年を重ねているからこそ健康管理に対してはパーフェクトだ。

 メタボになった元夫を自宅に呼んで、塩分や脂質を抑えた食事をご馳走する。実はこのあっさり系の食事が、この二人の今後に大きく関わってくるのだ。

 20代の今妻に熟年の元妻が勝利するこの痛快な瞬間に、劇場で見ているアラフォー、アラフィー、アラカン世代の人妻たちはきっと、溜飲を下げてこう言うだろう。

 「古妻を裏切って、20代の若い女と結婚するとこうなるんだよ!おとつぁんよ!3大成人病で死にたくなけりゃ、古女房を大切にしなよ!」と。

 何度も言うけど、「恋するベーカリー」なんてという、甘いタイトルだが、実は熟年離婚された妻の孤独感や、若い女の下に走ったオッサン年齢の夫たちへの未来への残酷な警鐘を、実にコミカルに描いている。

 さてと。これは、更年期障害に散々悩んだ私だけが気がついたシーンで、若い女性たちは、ややもすると見落とすかもしれない。

 劇中、メリル・ストリープはホットフラッシュ(突然、かーっと体が熱くなる更年期障害の特徴的な症状)に悩まされているらしい。手をウチワ代わりにして、顔に滲む汗をバタバタとはたいているシーンが何度も出てきた。

 ナンシー・マイヤーという女性監督だからこそ描ける貴重でリアルな演出だ。
 汗かきメリルのこのシーンも絶対に見逃してほしくない。

 わたくし自身はすでに更年期障害は克服したものの、同病相哀れむ…。

 もう一丁。

 女は「10年間もセックスしていないと処女に戻る」という真髄をついたセリフ。
 
 うーん。これは同世代の私にとっては、かなり身につまされ、泣けてきた。

 
2月19日から公開

【監督・製作・脚本】 ナンシー・マイヤーズ
【出演】
 メリル・ストリープ
 アレック・ボールドウィン
 スティーヴ・マーティン

『インビクタス 負けざる者たち』

2010年01月14日 | 映画
 虚しい逡巡を繰り返している。

 今年の南アフリカで開催されるサッカーワールドカップ日本戦のチケットを息子がすでに手に入れてくれ、現地に行けばいいだけになっている。おまけに「カテゴリー1」というかなりいい席なのでなおさらだ。日本の初戦相手はカメルーン。インテルの覇者・エトーがいる国だ。多分、日本は苦戦するだろう。

 サッカーファンでもある私は、その試合を見たいのだが、まだ踏ん切りがついていなかった。開催国・南アフリカの危険性をニュースで聞いたりすると、気の強い私でも、ちょっとだけビビってしまうのだ。

 南アフリカを舞台にした最近の作品では、『ツォツィ』にはかなりの衝撃を受けた。貧困や黒人差別がまだ強く根付いているヨハネスブルグで、犯罪でしか生きることのできない荒んだ心の少年が、ある日、人を愛する(これは赤ちゃんだが)ことの素晴らしさに目覚める物語。衝撃作であるとともに、心の汚れを洗い流してくれる感動作でもあった。

 次に深い印象を残したのが、『マンデラの名もなき看守』。アパルトヘイト、つまり黒人差別を撲滅し、人種差別のない国にするために、牢屋に27年も投獄されながらも、平和と平等を訴えたネルソン・マンデラ大統領と、彼の生き方に自らも自由と平等と平和の大切さを思い知る白人看守のヒューマン物語だ。

 極東の日本に住んでいる私は、ネルソン・マンデラ大統領が、かくも偉大な人物であったのかと、この作品を通して痛切に教えてもらった。今の日本に、マンデラみたいな無償の愛で国民を包んでくれる政治家がいれば、この不況や雇用削減体制は解決できただろう。そんなことを思った。

 そして、『インビクタス 負けざる者たち』である。こちらは、『マンデラの名もなき看守』のその後のネルソン・マンデラ大統領を描いていると言っていいだろう。平和と平等、人種差別のない心豊かな南アフリカにしようとするマンデラの勇気ある行動とその姿を微細に描ききっている。

 南アフリカでは、ラグビーファンとサッカーファンと2つに大きく分かれている。マンデラの時代にはまだラグビー選手は白人が多く、黒人が少なかった。ゆえに、南アフリカの黒人たちは、決して自国のラグビーチームを応援せず、他国のチームを応援していたとは皮肉な話である。

 1995年、マンデラが大統領に就任した翌年にラグビーのワールドカップ開催国に南アフリカが選ばれた。マンデラ大統領はこれを機に、本当の意味で黒人と白人との融合を企て、バラバラになっていた南アフリカをラグビーというスポーツを通してまとめようとするのだ。

「スポーツには世界を変える力がある。人々にインスピレーションを与え、団結させる力があるのだ。ほかの何かには、まずできない方法で。」と、マンデラは語る。

 けだし名言である。

 マンデラ演じるモーガン・フリーマンの演技がどんなに素晴らしいかは、言うまでもないだろう。チームのキャプテンを演じるマッド・デイモンは、実を言うと、私は苦手な俳優さんなのだが、この作品ではキラ星のごとく光っていた。そして、監督はクリント・イーストウッド。『グラントリノ』を去年のベストワンにした私だが、またも今年もイーストウッド監督から始まるとは…。ただただ畏敬の念を捧げるだけ。

 この作品が逡巡していた私の南アフリカ行きの肩を押してくれた。
 
 こんな素晴らしい大統領を産んだ南アフリカに行ってみよう。そして、この目で、肌の色が虹色で染まる球場で、世界の人々が人種を超えて一体になり、輪になり、サッカーというスポーツに自らの人生を投影しながら、自国を応援する姿の素晴らしさを堪能してこよう!

 岡田ジャパン、がんばれ!

【監督】クリント・イーストウッド
【主演】マット・デイモン、モーガン・フリーマン

2010年2月5日より丸の内ピカデリーほか全国にて公開


『Dr.パルナサスの鏡』

2009年12月18日 | 映画
 28歳で夭折した個性派俳優ヒース・レジャーの遺作である。

 『ダークナイト』でアカデミー賞助演男優賞に輝いたが、彼の本当の遺作が、このテリー・ギリアム監督の『Dr.パルナサスの鏡』だった。

 私はかなり前からこの作品に注目し、首を長くして公開を待っていた。ヒース・レジャー亡き後、誰がヒースの役を演じるのかと、一時は完成が危ぶまれていたが、撮影途中のヒースの出演部分をジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルが代役してくれたことによって無事完成となった。

 テリー・ギリアム監督作品を理解するのは難解なことである。『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』などなど。

 異次元にいる人々、それはもしかしたら人々ではなく、宇宙的空間に浮遊する一種の生物体を描いているからだと思う。

 テリー・ギリアムの作品は理解してはいけない。あくまでも味わうことなのである。味わうことで、自分の内なる想像力がかき立てられ、感性が熟成され、自分自身もまた、宇宙空間に浮遊する生物に一体化できるからだ。

 観念的な言い方をすれば、想像力は宇宙よりも偉大ということだろうか。

 『Dr.パルナサスの鏡』はロンドンが舞台。パルナサス博士(クリストファー・プラマー)が座長を務める旅芸人の一座の物語である。旅芸人の話だから、芝居が出てくると思うだろうが、この一座の十八番は博士が作った「鏡」をくぐり抜けることによって、観客が異次元の世界を彷徨うというサーカス団と魔術団を足して2で割ったみたいな幻想的劇場である。

 鏡をくくり抜けた世界に待っているものは、己の欲望、野心、ロマンチシズム、憧憬、妄想などが剥き出しになり、現実には起こりえない内面を「鏡」の中で具現化させる。

 ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」やマルセル・カルネ監督『天井桟敷の人々』を彷彿とさせた。

 シュールであり、魅惑的なロマンチシズムに溢れた映像。

 ヒース・レジャーの圧倒的な存在感と、代役を受け継いだジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの三つ巴に変化する役柄の異様さを鮮明にリリーフさせている。

 さすがテリー・ギリアム監督だ。

 この作品を味わうことによって、いつの間にか私自身に内面に潜む、ありったけの想像力が爆裂し、鏡の世界をくぐり抜けて来た心地よい疲労感に酔いしれていた。

 2010年1月公開

監督・脚本: テリー・ギリアム
出演:
ヒース・レジャー
ジョニー・デップ
コリン・ファレル
ジュード・ロウ
クリストファー・プラマー
リリー・コール
トム・ウェイツ
ヴァーン・トロイヤー
アンドリュー・ガーフィールド

『おとうと』

2009年12月05日 | 映画
 山田洋次監督の『キネマの天地』(1986年)とアルフレッド・ヒッチコック監督の『泥棒成金』の映画解説をした。『キネマの天地』は松竹映画が蒲田撮影所から大船撮影所に変わるまでの映画に関わる人々の姿をユーモアを交え、当時の松竹映画を鮮明に映し出していた。

 『泥棒成金』の主役はグレース・ケリーとケイリー・グランド。貴婦人女優グレース・ケリー生誕80年を記念して、お客様に見ていただいた。この作品については後日記述する。


 『キネマの天地』の主役は渥美清。「フーテンの寅さんシリーズ」の渥美清が唯一寅さんから離れて、女優を目指す娘の頑固な父親を演じていた。しかし、渥美清は何を演じても、イコール寅さんになってしまうのだから、渥美清自身は多分、複雑な心境だったに違いない。いずれにしても、この作品は日本の映画界の世相、風俗、歴史が上手く描かれている。「活動バカ」への強烈なオマージュと愛情が注がれ、私は映画を愛する山田洋次監督の最高傑作だと思っていた。

 ところが、である。

 山田洋次監督の最新作の『おとうと』の試写を見て、そのランクが変わってしまった。

 『キネマの天地』をはるかに超え、未だにその物語の素晴らしさの中に浮遊しており、2ヶ月前から『おとうと』の感動が覚めやらないのだ。
 
 この幸田文原作の作品は1960年に、すでに市川昆監督が撮っている。姉役は岸恵子、弟役は川口浩だった。

 今回の山田洋次監督の『おとうと』にも「幸田文に捧ぐ」とあった。未亡人になり女手一つで娘を育てた母親に吉永小百合、その弟で大阪でプー太郎をやっているどうしょうもないハンパもんの弟役をこなしているのが笑福亭鶴瓶 。

 吉永小百合、姑役の加藤治子の演技も素晴らしかったが、今回の鶴瓶の演技はオスカーもんである。鶴瓶の最近の作品では『ディアー・ドクター』があるが、あの免許のない憎めない医者の演技もオスカーもんであった。

 演技とは、俳優や役者がマニュアル通りの芝居の訓練を受けてきて、それを基本にどうアレンジしても濾過しても、もうそれだけでは、見る側に感動を与えることができなくなったということだろうか。

 演技は与えられた役を演じる俳優の人生観やその生い立ちによって、まるでジャズの音楽みたいにアドリブで繋がり、縦横無尽に変化していく。その変化こそが俳優の生業なのだ。落語家、お笑い芸人という異色のポジションにいながら、鶴瓶の演技は大御所の俳優陣を差し置き、群を抜いていた。まさにダメ弟役の魂に取り憑かれたような迫真の演技だった。きっと、鶴瓶さんの家族や親戚に、役作りにインスパイアされた、必ず一家に一人はいるというやっかもんの存在がいたのかもしれない。

 ただ、ここで演じる鶴瓶にも「フーテンの寅さん」の匂いがしてくる。山田洋次監督は何を撮っても、「フーテンの寅さん的という、一家には一人はいるであろう市井の落ちこぼれ人間」への、迷惑をかけられながらも捨てて置けない家族たちの細やかな愛情と優しさを正直に描くことのできる天才なのかもしれない。

 理屈抜きに、本来日本映画はこうあるべきである。

 私はこの作品を見終えた後、日本人である自分が誇らしくさえ思えてきたのだ。

 来年の1月公開だが、今年の私の邦画ベストテワンになってくれた最高傑作だ!

 そして、老若男女問わず、必ずこの作品を見た人なら、私と同じ感想を持ってくれると信じている。

 
おとうと公式サイト


1月30日、全国公開

監督・脚本: 山田洋次

出演

吉永小百合
笑福亭鶴瓶
蒼井優
加瀬亮
小林稔侍
加藤治子

『パブリック・エネミーズ』

2009年11月05日 | 映画
 
 最近、講演会のためにフランス映画ばかり見ていたので、久しぶりにガチガチの硬派なアメリカ映画が見たくなっていた。そんな時、前評判の高い『パブリック・エネミーズ』の試写を見ることができたので、とても新鮮な感じがした。

 このオリジナルともなる、実在の稀代の銀行強盗・ジョン・デリンジャーを描いた映画『デリンジャー』を見たのは、1973年度公開だから、確か大学1年の時だった。一番、私が映画を見ていた時代だ。付き合っていたカレシが映画研究会に属すほどのシネマディクトだったので、本当によく映画を見ていた。1日に3本は当たり前で、池袋の文芸座などで、オールナイト作品を夜を徹して見た日もあった。

 なんか、懐かしいなぁ、あの時代…。映画館も禁煙じゃなかったし、映写機の光線に反射した煙草の煙が館内に漂っていた。若さゆえに芸術家ぶって、不健康で怠惰な時間を弄び、そしてその時間を持て余してもいた。


 もちろん当時はシネコンなんてなかったし、入れ替え制もないから、一日中暗闇の映画館で過ごした日もあった。今じゃ考えられない…。

 監督は新鋭のジョン・ミリアス。『デリンジャー』は彼のデビュー作であった。主役はウォーレン・オーツだった。決してハンサムではなく、むしろ強面のオッサン顔のファニーフェイスなのだが、私はなぜかウォーレン・オーツが大好きだった。彼の出演作品ではニューバイオレンスの鬼才サム・ペキンパー監督の『ガルシアの首』が一番印象深い。実はこの『デリンジャー』の詳細については記憶が曖昧になってしまったのだが、虚空の銀行強盗のデリンジャーの哀愁がとても叙情的に描かれていて、かなり感動した憶えがある。ジョン・ミリアスという新鋭監督の斬新さや詩的なタッチに唸った憶えもある。

 そんな昔の『デリンジャー』を懐かしんで、『パブリック・エネミーズ』を見た。

 ジョン・デリンジャー演じるのはジョニー・デップ。彼を追うFBIの捜査官にクリスチャン・ベイル。そして、デリンジャーの愛人になるのが『エディット・ピアフ 愛の讃歌』でアカデミー主演女優賞に輝いたマリオン・コティヤール。ピアフ役のマリオンの怪演、見事!監督はマイケル・マン。彼の『ラストオブ・モヒガン』や『ヒート』が大好きだ。

 つまり好きな俳優陣と監督の結集でもあった。

 「面白い作品でしたか?」と聞かれると、即座に「とても面白かった」とは言えない。しかし、「いい作品でしたか?」と聞かれたら、私は開口一番「非常にいい作品でした!」と答えるだろう。

 舞台は1930年代の大恐慌時代のアメリカ。この暗澹たる時代を、縦横無尽にのびのびと銀行強盗を重ね、警察から社会の敵ナンバーワン(パブリック・エネミーズ)と烙印を押されたジョン・デリンジャー。彼は、銀行強盗はするが、決してカタギの人は殺さないので、庶民のヒーローにまで登りつめて行った。

 心のやりどころのない真っ暗な時代を浮き上がらせるように、カメラワークはセピアやダークグレイに包まれている。この演出にはハッとする。


 銀行強盗、逮捕、投獄、脱獄、そしてまた銀行強盗を繰り返すジョニー・デップ演じるデリンジャーの虚空感は、ウォーレン・オーツ演じるデリンジャーよりもシャープで非情でテキパキしていたが、恋人・マリオン・コティヤールとのはかない純愛のエピソードの挿入が、それを優しく綺麗にロマンチックに溶かしてくれる。

 ジョニー・デップが一瞬涙を流す。見逃してはならない。ジョニー・デップの涙ってこんななんだ…。

 そのシーンはあまりにも悲しくて切ない。

 12月12日からTOHO系で公開

監督・マイケル・マン
出演・ジョニー・デップ
   クリスチャン・ベイル
   マリオン・コティヤール
   ビリー・クラダップ

『クヒオ大佐』

2009年09月19日 | 映画
 結婚詐欺師・クヒオ大佐が逮捕された時の新聞を見て、大笑いした記憶がある。

 もちろん、クヒオ大佐は実在の人物である。逮捕された年が1984年。20年間も女性を騙し続けた大胆不敵な日本人詐欺師であった。

 名前はジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐。米軍特殊部隊パイロット、父親はハワイのカメカメハ大王の末裔、お母さんはエリザベス女王の妹の夫のいとこ(なんだかわけわかんないが)、映画には出てこなかったが、実際の報道では、りんごの銘柄ジョナゴールドの生産者とも嘘はったりを吹いていた。


 この事件が強烈に印象に残っているのも、実際のクヒオ大佐の顔である。アメリカ人に成り済ますために「つけ鼻」をして、『愛と青春の旅立ち』のリチャード・ギアみたいな軍服に身を包んでいる。しかし、その顔は、テレビ番組の「オレたちひょうきん族」でたけしさんがやっていた赤ら顔のタケちゃんマンにそっくりだったからだ。

 どう見てもアメリカ人には見えないヘンチクリンな顔でよく女を騙せたな!とガハガハ笑っていた。

 この事件のその後がどうなったかが気になってはいたものの、月日が経つうちに、いつの間にか忘れてしまっていた。が、今回、映画化されると聞き、私は見るのが楽しみで、真っ先に試写を見て来た。

 堺雅人演じるクヒオ大佐は実物よりもずっとハンサムだったが、クヒオ大佐はかくして女を騙し続けたのかという、巧妙でいてどこか陳腐な手口がはっきりと分かった。

 セコイ、狭い自分の部屋で、あたかも戦闘機に乗っているかのように演出し、バックミュージックをかけ「イスラエル上空からだ」と、女に電話するシーンは圧巻である。大爆笑ものだ。

 だが、「僕は人がやって欲しいと思うことをやってあげただけだ」
こんなセリフだったと思うが、作品の終盤に出てくる。これが、クヒオ大佐の犯罪へのエクスキューズなのだが、なんとなくしんみりしてくる。そして時々挿入されるクヒオ大佐の子供の頃の生い立ちシーンにも涙が滲む。


 そうこうしているうちに、被害に合う弁当屋の女主人の松雪泰子や博物館学芸員の満島ひかりが、なぜクヒオ大佐に騙されてしまったのかが、妙に納得できてしまうのだ。

 あの実物のタケちゃんマンそっくりのクヒオ大佐にも、きっと憎めない男の可愛さと哀愁があったのだろう。

 それにしても、女というのは「結婚」という言葉に実に弱い動物であることを、がっつりと証明してくれた作品でもある。

10月10日から公開

クヒオ大佐公式

監督 : 吉田大八
出演 : 堺雅人 、 松雪泰子 、 満島ひかり 、 中村優子 、 新井浩文 、 児嶋一哉 、 安藤サクラ 、 内野聖陽


「パリを語ろう!」~わが青春のフランス映画  作家・小中陽太郎講演会

2009年09月09日 | 映画
 
  【講師プロフィール】

小中陽太郎(こなかようたろう) 作家、 日本ペンクラブ理事  星槎大学教授
 
「作家。日本ペンクラブ理事、星槎大学教授。 昭和9年、神戸市に生まれる。NHKを経て「ベ平連」に至る半生を、母の手記や日記を織り込んで小説『ラメール母』にまとめ、2004年6月平原社から上梓。1958年、東京大学フランス文学科を卒業、NHKテレビディレクターとなる。この間の経緯については『愛と別れ』(河出書房)、『王国の芸人たち』(講談社)、『不思議な箱のテレビ考』(駸駸堂)などに詳述。歴史、市民運動、教育問題などを題材にノンフィクションを発表する。初期の作品に『天誅組始末記』(大和書房)、『小説内申書裁判』(サンケイ出版)、『ぼくは人びとに会った』(日本評論社)などがある。現在、テレビのコメンテーターとして論陣をはり、今年20年目の西日本放送「おはようホットライン」のキャスターをつとめる。10月にオーストリアのリンツで開催された国際ペン大会で「源氏とアニメ」について報告予定」




 ●瀧澤陽子代表の「実験的表現舎」企画第2弾ティーチインは「パリを語ろう!」です。フランスに造詣の深い作家の小中陽太郎氏にご登壇いただき、「わが青春のフランス映画」について語っていただきます。フランス映画がお好きな方にはたまらないトークイベントだと思います。下記をご参照の上、お友達をお誘いの上、ご参加のお申し込みをお待ちしております●

      
           「実験的表現舎」第2弾企画 ティーチイン

                【パリを語ろう!】
      
           (小中陽太郎のわが青春のフランス映画)


「今年の秋、フランスの伝説的デザイナー、ココ・シャネルの生誕125年を記念した映画が日本中を席捲しております。シャーリー・マックレーン主演の「ココ・シャネル」と本場フランスから到来したオドレイ・トトゥ主演の「ココ・アヴァン・シャネル」です。また、来年のお正月には「シャネル&ストラヴィンスキー」というフランス映画も公開されます。シャネルといえば、高級服やアクセサリーを思い浮かべますが、実際のココ・シャネルは孤児院で育ち、貧しさと闘いながら、自分のブランドを立ち上げたのです。「人生がわかるのは、逆境のときよ」という名言を残したシャネル。華やかさの裏には一庶民の貧困と弱さが隠れている。今、不況の日本はなぜかそんなパリブームなのです。そこで、東京大学仏文科卒業、NHKで元敏腕ディレクターだった、フランスに造詣の深い作家の小中陽太郎氏にご登壇していただき、「わが青春のフランス映画」(「パリの屋根の下)から「シャレード」まで)やパリの魅力について、熱く語っていただくことになりました。「人はなぜパリに憧れるのか?」。秋が深まる日本、相変わらず不況連鎖は続くばかりですが、ロマンチックなパリの魅力を堪能しようではありませんか。」


【講師・パネラー】
  
 小中陽太郎 (作家、日本ペンクラブ理事、星槎大学教授)プロフィール上記

【テーマ】 「パリを語ろう」(わが思い出のフランス映画)

【司会】瀧澤陽子(エッセイスト)
小中陽太郎氏のトーク前に、10月初旬に旅してきたばかりの
パリの報告を10分ほど話します。

【日時】10月31日(土)PM2:00~

【場所】船橋市勤労市民センター 第一会議室
    電話 047-425-2551

【入場料】もちろん無料です!

【お申し込みと予約】 「実験的表現舎」代表・瀧澤陽子
            電話047-433-6499      
            メールアドレスdonnamonjai@kcd.biglobe.ne.jp

詳細は瀧澤陽子オフィシャルサイトのパリを語ろう、小中陽太郎講演会をご覧ください。

※定員60名さまをもって締め切らせていただきます。

    

『戦場でワルツを』

2009年08月15日 | 映画
 今日8月15日は終戦記念日。忘れてはならない日である。

太平洋戦争で犠牲になった人々に心から哀悼の意を捧げる。

 広島、長崎の原爆投下、東京、神戸大空襲と、幾多の罪もない人々が家族や友を失い、その体を爆弾で焼かれ溶かされ、一瞬のうちに命を失った。

 今ある日本の平和は、この戦争で犠牲になった人々がいたからこそである。

 昨晩、テレビで『火垂るの墓』を放映していた。もちろん、このVHSは持っていて、私の子供たちがまだ小さい頃に、我が家では8月15日になると、『火垂るの墓』を見るのが恒例になっていた。すでに30回は見ているだろう。

 監督・脚本は高畑勲氏。以前、高畑さんにお会いした時、

「『火垂るの墓』は永久に語り継がれていくべき戦争の犠牲者の物語であり、アニメーションというスタイルが、よりリアルに戦争の悲惨さを表現していて、私はこの作品を超える反戦作品はないのではないかと思います」と、言った。

 高畑さんは

「僕だけの力でなく、スタッフ皆さんの努力で出来上がった作品ですよ」
と、優しい笑顔で謙虚にお答えになってくれたのが印象的だった。

 戦争孤児の兄・清太と幼い妹の節子。二人ぼっちで飢えをしのぎ、戦火を生き抜く姿は、戦争そのものよりも悲惨であった。もしかしたら、これが本当の人間の戦争の姿なのかもしれない。

 節子のあどけなさと可愛さに胸が打たれ、涙が溢れて溢れて、嗚咽が止まらない。節子の姿を思い出すたびに涙が滲んでしまう。私は息子と娘を持っているのでなお更なのかもしれない。自分の子供がもし戦争孤児になったら、こんな風になってしまうのかと、未知への恐怖さえ抱くのである。

 戦争をテーマにしたアニメーションでは、『火垂るの墓』は日本映画史上に残る大傑作だと信じている。

 そして、今年の秋、イスラエルからも戦争の傷跡をテーマにしたアニメーションが到着する。

 『戦場でワルツを』である。

 今年、イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザ地区を攻撃し、かなりの犠牲者を出した。『戦場でワルツを』は遡ること27年前。レバノンで起こったパレスチナ難民大虐殺に従軍したイスラエルの兵士、アリ・フォルマンの自伝的なノンフィクションである。

 大量虐殺したトラウマから未だに復活できないアリ・フォルマンが戦争の矛盾と残虐さに真っ向から向き合い、自らが監督となり作った作品でもある。

 アニメーションという独特なカメラアングルで語られるからこそ、戦争の証言者の表情は、生身の人間よりも独創性を持って生々しく、深層心理が解明され、戦争の愚かさが抉り出される。

 イスラエル側から、こういった戦争反省が出てきたことも、実に画期的で清々しい。

 『火垂るの墓』と『戦場でワルツを』。アニメーションだからこそ描ける戦争の真実だ。


監督アリ・フォルマン
キャスト・声の出演 アリ・フォルマン

2009年10月、シネスイッチ銀座にて公開


『ナイアガラ』~⑦映画解説作品

2009年08月01日 | 映画
            


              ④『山の音』

 監督・成瀬巳喜男 。原作・川端康成。主演は山村総、上原謙、原節子の日本のオールドムービーだ。鎌倉を舞台にそこに住む家族の物語であり、高度成長に向かう日本を背景にした、のどかでまったりしたホームドラマであった。

             ⑤『9時から5時まで』
 
 1980年度の製作のアメリカ映画。監督はコリン・ヒギンズで、主演のウーマンリブの旗手・ジェーン・フォンダ。この作品はリアルタイムで見ている。当時はかなり面白く見たのだが、30年もたってから再度見たら、あまりにも稚拙な作りに驚いていた。実に退屈なストーリーだった。なんでだろう?

           ⑥『風雲児信長』

 監督・マキノ正博 主演・片岡千恵蔵。1940年度の日本映画。ひゃー、とにかく古い。日米戦争開戦前の映画であるから、戦争前にこんなに斬新な作品ができたということに驚嘆しきりである。「尾張の大うつけ」と呼ばれた、戦国の武将・織田信長の青年期を描いた作品である。信長を演じるのが片岡千恵蔵。70年前の昭和初期でもいい男はいい男。千恵蔵は妻夫木君に共通するほどのイケメンぶりだった。因みの「大うつけ」とは、奇行つまりヘンチクリンな行動をする人という意味。こんな性格の幼少期だった信長だからこそ、桶狭間の戦いで今川義元を倒すことができたのだろう。


 この3作はここ2ヶ月の解説作品だが、その中で今回の『ナイアガラ』は、会場にいらしたお客様にとっても、私にとっても、最高の作品だったようだ。会場は50名ほどのお客様で満杯になり、立ち見まで出る勢い。

 マリリン・モンロー。この名前はどんなに若い人でも知っているはずだ。

 ハリウッド最大級のビューティ、世界のセックスシンボル、晩年の謎に満ちた死、ケネディ大統領の愛人であったことなどと、大女優には切っても切れないスキャンダルに満ち溢れていた人生だった。華やかさに隠れた弱さ、繊細さ、正直さもモンローの最大の魅力でもある。

 そのマリリン・モンローを一躍大スターにしたのが、この『ナイアガラ』。朝鮮戦争から精神を病んで帰還した夫(ジョセフ・コットン)に隠れて、若い男との不倫に耽溺する超セクシーな人妻を演じている。恋にのめり込むあまり、恋人と一緒に夫殺害を企てるはらはらドキドキのストーリーに、会場にいるお客様は生唾を飲み込みながら、スクリーンに釘付けになっていらした。


 解説の時、

「実は私のペンネームはマリリンみたいなものですよ。出版した本は「競馬場のマリリン」「三角のマリリン」と題名にはいつもマリリンが入っています。そして、私のハンドルネームもマリリンです。つまり、私にとって、マリリン・モンローは切っても切れない縁がある女優なんです。でも、皆様は私を見て、『お前のどこがマリリン・モンローなんだよ。ふざけるな!』とお思いになるのは十分承知です。もちろん、私はそこまで自信過剰ではございませんよ。アハ(照れ笑い)。でも、わたくしは、マリリン・モンローの生き様に惚れた一人であることには間違いがありません。そして、その生き方は、どこか自分とダブルところがあると思っております。そのあたりのことは、今度ゆっくりとお話しますね」

 会場のみんなが唖然として、笑っていらしたのがおかしかった。

 マリリン・モンローについては、語りたいことが多すぎて、ブログというツールだけではとても表現できない。

 『ナイアガラ』は、マリリン・モンローが27歳の時に出演した作品であり、監督のヘンリー・ハサウェーはモンローに内在する女の色気と魔性を発掘し、世界中に露見させた超貴重なサスペンス作品でもある。

 ナイアガラの滝壷そばにあるホテルで、夜、泊り客だけのパーティが始まる。マリリン・モンローは豊かな胸を強調するようなボディコンのドレスを身にまとい、腰を左右に振り振り、実にセクシーに歩く。

 これが、かの有名な「モンローウォーク」である。そして、このウォークを初めて披露したのも『ナイアガラ』である。

 モンロー・ウォークのセクシーさに、女の私まで目がクラクラしてしまった。

 モンローはその生き方だけでなく、歩き方でも伝説になってしまうほどの偉大な女優なのである。

 こんな素晴らしい女優は2度と現れないでしょうね。

【監督】ヘンリー・ハサウェイ
【出演】マリリン・モンロー ジョセフ・コットン
  アメリカ 1953年度