マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

恋空

2007年11月19日 | 映画
 
 仕事柄、ほぼ毎日のように新作映画の試写を見ている。その全てを拝見したいのだが、体と頭は一つ。約2時間の上映時間の試写は、見ても1日に3本くらいだ。

 その中で先週はかなりいい映画にめぐり合った。ロンドンのスーパーマーケットを舞台にした「フローズン・タイム」と邦題が決まったばかりの、母と娘の感動作品「いつか眠りにつく前に」の2本だ。来年公開の映画なので、公開間近になってから、この作品の感想を書いてみたいと思う。

 平日は試写三昧だから、土日は競馬三昧に決めている。しかし、大学2年の娘が「今大ヒットしている『恋空』だけは映画ライターなら、絶対に見るべきよ」と、いつになく強く勧めたので、競馬のG1レース「マイルチャンピョンシップ」のテレビ放映前に、見ることにした。

 試写室はメディアの業界人、映画のプロの人ばかりが見ているので、座席に座る人や試写室内の風景は変わりばえしない。しかし、映画館に来る観客たちは、身銭を切って、その作品をずっと心待ちしていたわけで、その思い入れや期待感が劇場一杯に溢れる。その瞬間の現場の反応を取材するのも映画ライターの仕事だとも思っている。

 シネコンにいる「恋空」の観客は、ほとんどが女子中学、高校生ばかりだった。ポップコーンを頬張りながら、コーラをガブガブ飲んでいる。最近、劇場内が満席になっている映画は、この「恋空」くらいかもしれない。私がお薦めしている「ヘアスプレー」は空席が一杯あった。

 まだまだお尻に青いものが残っているような女子学生たちにとって、「恋空」の魅力はなんなんだろうか?とても興味が出てきた。私の隣に座った女の子は中学2年生だと言った。友達と3人で来ている。「『恋空』って、面白いのかなぁ?」と何気に私は隣の女の子に尋ねた。すると、「マジ、これ見て泣かない人いないって。見た友達が最高だったって言ったから」

 うーん。久々に映画ファンの興奮している肉声を聞いた。そうか、「恋空」はこんな女の子たちに支持されているから、大ヒットしているんだ。

 映画が始まった。なかなかストーリーは面白そうだ。新人の新垣結衣ちゃん、三浦春馬君の演技も悪くない。今の女子高生の心理を上手く掴んでいると思った。

 ただし、この作品には誰一人として、悪い人が登場しないのが不思議だった。

 ヒロ(三浦春馬)が美嘉(新垣結衣)を好きになる動機も弱い。図書館でセックスした後で、美嘉の妊娠が発覚。ヒロは学校を辞めて働き、父親になると言う。美嘉を守るためなら、人殺しだってやってやると言う。

 ここに登場するヒロと美嘉の両親の存在も不思議だった。あまりにも二人の恋に寛容なのである。結果、流産して美嘉は子供を失う。ヒロはそれ以来、美嘉から故意的に離れていくのだ。美嘉がヒロを忘れようとしていた時に、現れるのが大学生の小出恵介。この男の子も、まるごと掛け値なしに美嘉を愛し尽くす。

 美嘉の周囲の友達も、みんな美嘉に寛容的で優しい。くどいようだが、この映画には悪い人が全く出てこない。

 そして、ラストのドンデン返しには、愕然とした。まるで、韓流メロのエンディングではないか!

 ところどころ、涙を誘われるシーンもあった。隣の女子中学生は映画が始まって15分くらいで、ひっくひっく泣き始め、ラストまで泣きっきりだった。

 「恋空」を見て思った。この劇場にいる子供たちは、純粋な物に餓えているのだ。女の子なら、ヒロのような任侠気質の男の中の男の強さを求めているのだ。好きな女のためなら命も捨てる。まるで、高倉健主演の任侠映画じゃないか。

 最近の女の子は強くなったと言われるが、この映画の観客を見ていると全くそう思えない。多分、彼女たちが、この映画に魅了されるのは、今現実に生きている社会の中では、決して起こり得ない、有りえない、桃源郷のような、メルヘンのような、美しい物語が展開されるからだろう。

 だからこそ、なお一層、現代の悪い人だらけの社会背景や家族関係の歪が浮き上がってくるのである。

 「恋空」を見て、映画館を出た後、彼女たちには絵空事でない厳しい現実が待っている。それを痛いほど承知で見、束の間現実から逃避して、スクリーンの中のヒロと美嘉の純愛に陶酔するのであろう。

 まさに「恋空」のあの劇場内の空間は、彼女たちにとって、母親の子宮の中にいるように、守られ愛され慈しみられ、どこよりも安全で力強く、心地いい空間なのかもしれない。


原作 美嘉
監督今井夏木
主演 新垣結衣、三浦春馬、小出恵介

全国で公開中


 

シアトリカル(唐十郎と劇団唐組の記録)

2007年11月03日 | 映画
 70年代。新宿・花園神社の赤テントに何度出入りしただろう。

 唐十郎の「状況劇場」は私の青春時代の偶像だった。私は「状況劇場」で感性を育ててもらったと言っても過言ではない。あまたある作品の中で「ベンガルの虎」は演劇史上の最高傑作だと思っている。

 この劇団からは多くの俳優が育った。元妻の李麗仙、後に舞踊家で一世を風靡している麿赤児、根津甚八、小林薫、佐野史郎など。

 あれから、約40年。67歳になった唐十郎の芝居に対する熱は枯渇することなく、さらに加速して、当時よりもパワフルになっていた。

 ややもすると、アンダーグランド劇団は時の流れに姿を変え、メジャー路線に走ることもある。

 しかし、唐十郎はあの60年代から70年代にかけてのアグレッシブな芝居作りのスタイルを全く変えていなかった。手作りの赤テントで、芝居狂の観客のためにだけ脚本を書き、熱い演出をする。格差社会、経済至上主義が蔓延する日本の社会とは全く対極的な所で、唐独自の感性と情熱が爆裂する。ただ一つ変わったと言えば、劇団名が「状況劇場」から「唐組」になったことだけだ。
 
 「唐組」の現在の劇団員は14名。平均年齢は30歳。本作は唐十郎とこの劇団員たちが、新作を発表するまでをドキュメンタリー仕立てにしている。あえて「仕立て」という言葉を使ったのは、100%ドキュメンタリーのようでいて、映像の中にいる唐さんや俳優たちが、ちょっとだけ演技をしているのではないかという、コミカルなシーンが挿入されているからである。

 実に新鮮なタッチである。吸盤に吸い込まれたように画面から目が離せず、その魅力に獲り付かれてしまう。

 監督の大島新氏は元フジテレビのディレクターで「ザ・ノンフィクション」「NONFIX」「情熱大陸」など、画期的なドキュメンタリーを撮った方だ。そして、今病に倒れていらっしゃる日本のヌーベルヴァーグの巨匠・大島渚監督のご次男でもある。

 さすがに「蛙の子は蛙」。あの偏執狂で目をギラつかせ、異常に威勢のいい唐十郎の核心に迫った。古から役者は河原乞食と言われ、お金がなくて赤貧洗うが如し状態だ。だが、芝居にかける情熱だけは誰にも負けない。そんな劇団員の日常までを密着取材し、カメラに収めた。

 この切り口に、大島新監督ご自身もまた唐十郎と同じ、「ものづくりへの偏執狂」であったことが明確になるのである。

監督 大島新
出演 唐十郎、鳥山昌克、久保井研、辻孝彦、
製作・配給 いまじん 蒼玄社
2007年12月 シアター・イメージフォーラムにてロードーショー
公式サイト http://www.theatrical-kara.jp/