マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

「あの胸にもういちど」と「2007年度映画クロニクル」

2007年12月30日 | 映画
 年末の渋谷に出かけた。最近、渋谷駅のハチ公口で降りると、あまりにも人の数の多さで、波に飲まれそうになり、めまいがする。学生の頃には一番大好きな街だったが、最近はあまり行きたくない場所の一つになっている。

 しかし、ハチ公口の交差点を渡りきり、東急デパート沿いにある文化村通りにまで歩くと、全くロケーションが変わる。「109」「センター街」にたむろっていたガキ共の姿が消え、一気に洒落た大人の通りに変貌するのだ。

 今唯一渋谷で好きな場所である。文化村にあるレストラン「ドゥ マゴ パリ」でコースディナーを食べた。メインディッシュはサーロインステーキ。オードブルは盛りだくさんきのこのテリーヌだった。サーロインステーキは、柔らかくて薄味、食感がよく、石ちゃんじゃないが、「まいうー!」なのだ。渋谷で私が唯一愛しているレストランだ。

 ディナーを満喫した後、夜9時30分から上映されるマリアンヌ・フェイスフルのデビュー作「あの胸にもういちど」を見た。「やわらかい手」の大ヒットで、抱き合わせの1本として公開されている。

 「やわらかい手」で40年ぶりにマリアンヌ・フェイスフルに出会い、オバサンになってもカッコいいマリアンヌのデビュー作をこの目でもう一度見たかった私は、とても満足した。

 21歳のマリアンヌはキュートでセクシーで、今の時代でも全くアナクロニズムを感じさせず、私の記憶の中にある女神マリアンヌ・フェイスフルそのものだった。愛人役のアラン・ドロンの美しさと男の色気、コケットリーにも度肝を抜かれていた。ストーリーも綿密に計算されていて、シナリオも完璧だった。二人のセックスシーンの撮り方は実にシュールでエロチックで、今の時代でも古臭くない。
 
 当時、中学生だった私は、こんなませた映画を見ていたのか…。映画館だけが娯楽で、庶民の唯一の憩いの場であった頃、子供でも大人の男女の複雑な恋愛感情や心の葛藤をスクリーンの中で考え、味わうことができた。

 それなのに、今の子供たちにとって、映画というのは、あまたある娯楽の「ONE OF THEM」になっているので、かわいそうな気がする。多種多様の娯楽が横溢し、飽和状態になっているので、それだけ選択肢は多くなっても、楽しみは希薄になっているのが実情なのではないだろうか。

 年末最後の試写となったジョニー・デップ主演の新作「スウィーニー・トッド」はティム・バートン監督の新作でもあり、かなり楽しみにしていたが、切り裂きジャックさながらのジョニー・デップの首切りシーンがあまりにもえぐく、残酷過ぎてちょっと刺激が強かった。もし、ジョニー・デップが主役でなかったら、この作品は大変なことになっていただろう。

 ウォン・カーウァイ監督の新作「マイ・ブルーベリー・ナイツ」はジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、ジャズ界の女王ノラ・ジョーンズが主演すると知って、とても楽しみにしていた。特にウォン・カーァイ監督の「花様年華」は私にとって珠玉の一本だった。「恋する惑星」よりも好きな作品だ。しかし、今回の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」は、音楽や映像は斬新で素晴らしかったが、内容が今一で残念だった。

 その中で、2007年度の幕引きをしてくれる映画が40年前のリバイバル「あの胸にもういちど」だったことに感慨深く、複雑な思い。

 しかし、今年は仕事柄、例年にないくらいの数の映画を見た。今手帖を見て数えてみると、約250本。月平均では約20本の割り当てである。
 
 その中で特に心に残る洋画は

「エディット・ピアフ~愛の賛歌」「やわらかい手」「ヘアースプレー」

「ディパーテッド」「あるスキャンダルの覚え書き」「パフューム」

「フリーダムライターズ」「ルオマの初恋」「それでも生きる子供たちへ」

「ツォツイ」「イタリア的恋愛マニュアル」「オフサイド・ガールズ」

「パンズラビリンス」「インランド・エンパイア」「私の小さなピアニスト」

「ブレイブワン」「アニー・リーボヴィッツ」「ディセンバー・ボーイズ」

「アース」「ブレードランナー ファイナルカット」「いつか眠りにつく前に」

「フローズン・タイム」「ラストコーション」「潜水服は蝶の夢を見る」

「君のためなら千回でも」「ジェイン・オースティンの読書会」etc。


 邦画では

 「それでも僕はやってない」「あかね空」「さくらん」「キサラギ」

「自虐の詩」「夕凪の街、桜の国」「母べえ」「シアトリカル」「接吻」

「椿三十郎」etc。


 この中には来年ゴールデンウィークに公開予定も早々に入っているので、公開近くになったら、感想を書きたいと思っている。

 競馬と同じように、映画も追いかけているとあっという間に1年が過ぎてしまう。来年もまた、感動的作品が何本待っているのだろうか?約2時間の映画の中には、行ったこともない国、見たこともない自然、風景が映し出される。そして、何よりも世界中で生きる人々の、様々な人生とも出会える。

 暗闇の濃密な2時間の中で、未知の人々の人生の一生分を共有共感し、時には励まされ、時には笑い、時には勇気や元気をもらうことだってできる。


 だから、私は映画が大好きだ!



 




やわらかい手

2007年12月02日 | 映画
 
 協力している女性誌「グレース」(世界文化社)12月号に俳優の豊川悦司さんが、「やわらかい手」のコラムをお書きになっている。その文章は映画コラムというよりは、映画ポエムに近い。既存の映画評論家や映画ライターが書く文章とは一線を画している。作品の感想を正直なお気持ちで綴り、実に新鮮で爽やかで、心の底から暖かい気分にさせてくれる。

 私もマリアンヌ・フェイスフル主演のこの「やわらかい手」にはいたく感動した。ここで、マリアンヌ・フェイスフルと言っても、往年の映画ファンなら誰でも知っているだろうが、今の若い人たちには馴染みのない名前なので、ちょっと彼女の説明をしたい。

 マリアンヌ・フェイスフルは今から40年前には、女性シンガーだった。マリアンヌの名前を世界に知らしめたのが、ローリング・ストーンズのミック・ジャガー、キース・リチャーズが作詞、作曲した名曲「アズ・ティアーズ・ゴーバイ」。この曲で彼女は大ブレイクした。その後は、ミック・ジャガーの恋人として君臨し、実生活ではドラッグに溺れ、時代の先端を行くカッコいい女、ハチャメチャな女だった。

 私とマリアンヌ・フェイスフルの出会いも今から約40年前だった。それは中学生の時の中間試験の最終日のことだった。一夜漬けの勉強でも、試験が終わったとなると、解放感に浸り、それはウキウキと楽しい気分になってくるのはどの生徒も同じだと思う。

 10代の頃からシネマディクトの私は、試験が終わった日には即行、映画館に飛び込むのが常だった。当時は、アメリカンニューシネマも全盛であったが、フランス映画もそれに負けないくらい台頭していた。アラン・ドロン、 リノ・バンチェラ、ジャン・ポール・ベルモンドなどなどの俳優陣。

 その中でも世界一美男子のアラン・ドロンの人気は、現在のブラッド・ピッド、ジュード・ロウ、ヒュー・ジャックマンなど問題にならないくらいの大人気だった。彼の主演する映画は、全て大ヒットした。私の好きな作品は「太陽がいっぱい」「地下室のメロディ」「冒険者たち」「さらば友よ」。名作ばかりであげたらキリがない。

 いつも共演する女優とスキャンダルを起こすのも世界一のプレイボーイ、アラン・ドロンの真骨頂で、共演したナタリー・ドロンは奥様になり、あのファニーフェイスのミレーユ・ダルクとの愛人関係はあまりにも有名な話だ。おまけにミレーユ・ダルクとは「愛人関係」という作品で共演しているから、そのスケールの大きさからも、本当の意味での映画全盛の「銀幕の大スター」だったのである。

 そんなアラン・ドロンの新作が来ると聞いて、私は放課後、千葉の某映画館に転がるように飛び込んだ。その映画の題名が「あの胸にもういちど」だった。アラン・ドロンと共演する今度のマドンナが、マリアンヌ・フェイスフルだと分かった時、私はびっくりした。なんとミック・ジャガー様の恋人だったからだ。ミックがこれを知ったら、どんなに逆上するのかと、子供ながらに心配した。

 スクリーンの中のマリアンヌ・フェイスフルは、均整の取れたシンメトリーな豊な胸、なだらかな曲線を描くウエストのくびれ、カモシカのように細い足の全裸を堂々とさらけ出していた。ブロンズ像のような美しいその全裸の上に、きっちりと体の線を映し出すタイトな皮のジャンプスーツを着込み、颯爽とバイクに跨っているではないか!愛人のアラン・ドロンに会いに行くためのコスチュームなのである。

 なんてカッコいいんだろう!溜め息が出ていた。このシーンだけで、私は完全にマリアンヌ・フェイスフルにイカれてしまった。女が惚れる女。それが、伝説の女神、マリアンヌ・フェイスフルなのだ。

 それから、40年の歳月が流れた。あのマリアンヌ・フェイスフルも今では61歳。そのマリアンヌが40年ぶりに主演する映画「やわらかい手」がやって来ると、宣伝部の方から試写のご案内を頂いた時、実は最初、見るのをためらった。女にとって40年の年月の残酷さは重い。あの私のミューズ、マリアンヌをどのように変えてしまっているかが心配でたまらなかった。もちろん、私だってマリアンヌと同じように年を取っている。

 その再会が恐かったが、青春時代の女神が40年ぶりに主役をやるのだから、なんとしても見るしかないと決心して、完成披露試写会場に行った。

 マリアンヌが画面に現れた。中年太りした姿に、スティーブン・キング原作のホラー映画「ミザリー」で主役した性格女優、キャシー・ベイツとダブった。

 がっかりした。夢が壊れた。これが、マリアンヌと再会した私の最初の感想だった。しかし、しかし、しかしである。マリアンヌが演じるマギーという初老の女性の生き様が画面を走り始めた瞬間、もうマリアンヌの老いた姿へのこだわりなどすっかりと消えていた。

 マギーの最愛の孫が、不治の病を患っている。オーストラリアで手術すれば、生存の可能性が出てくる。しかし、息子夫婦も祖母のマギーも莫大な金のかかる手術の費用などあるわけがない。

 そこで、マギーは孫の命を救うために、ロンドンのソーホーの風俗店で働くのである。初老の女では体は売れない。しかし、マギーには天賦の才があった。それは、彼女の「やわらかい手」なのである。マギーは男を手でイカす最高のゴッドハンドの持ち主だったのだ。たちまち売れっ子になり、彼女はあっという間に孫の手術の費用を稼ぎ出してしまう。

 ややもすると、エログロになりそうな話だが、孫の命を助けるために、連日のように風俗店に出勤するマギーの歩く姿を見ているうちに、無償の愛情の素晴らしさに誰も胸が打たれるのである。

 マギーを嫌っていた息子の嫁も、その風俗店の店主も、その健気で異色な「無償の愛」の姿に胸を打たれ、いつしかマギーを見つめる彼らの表情が、いぶし銀からプラチナの輝きに変わる瞬間の演出も見事だった。風俗店の店主・ニキとの間に芽生えるマギーの恋愛感情も素晴らしかった。

 「あの胸にもういちど」の伝説のマリアンヌ・フェイスフルだって、年を取る。当たり前だ。しかし、年をとっても、カッコいい女は永遠にカッコいいのだ。老いても風俗店で働け、ナンバーワンになれるマギー(マリアンヌ)がそれを証明してくれたのである。

 
「やわらかい手」公式サイト  http://www.irina-palm.jp/

監督:サム・ガルバルスキ
出演:マリアンヌ・フェイスフル/ミキ・マノイロヴィッチ/ケヴィン・ビショップ
12月8日公開