モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

梯子

2021-08-29 05:51:06 | わたしに従って…
「梯子を上るときは一番下から初めて一段ずつ登って行かなければなりません。…福音…も同じです。第一のものから始め…すべて…を学ぶまで続けて行くのです」
(わたしに従ってきなさい 8月29日)


皆さんにとって最初の一段は何だったでしょうか。
わたしには宣教師の言葉を受け入れることでした。

二段目は教会に行くこと、そして宣教師の話を聞き、モルモン書を読み、祈り…
そのようにして一段づつ昇り、ここまで来ましたました。


振り返ってみれば、その一段ずつは確かなものであり、
まさに神から与えられた梯子の一段でした。
途中の一段が真実ではない偽りであったとしたら、どうなるでしょう。
そこで足を踏み外し、或いは手が空を掴み、転落していたかもしれません。

今ここにいることは、これまでの一段ずつ、そのすべてが
神から与えられた真実であったことの証といえるかもしれません。
なんだか奇跡的ですね。


この梯子はどこまで続くのでしょうか。
「主にあって死ぬ死人は…その労苦を解かれて休み」黙示録14:13
この人生を終えた向こうで休めるようですね。

梯子は階段のように途中で休むことはできません。
途中で寝ぼけて手を滑らせたり足を踏み外したりすることのないように注意しましょう。

「わたしと一緒に目を覚ましていなさい…誘惑に陥らないように目を覚まして祈っていなさい」マタイ26:38~41
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2021-08-29 05:43:29 | モルモン書
「アルマの父は…82歳…、モーサヤも63歳で死んだ」モーサヤ29:46


私事ですが、61歳になりました。
「あなた方は…72歳になると…わたしのもとに来て…安息を得るであろう」3ニーファイ28:3
あと11年、楽しみにしています w


‟死”とは何でしょうか、多くの人は‟人生の終わり”と考えます。
その通りです、そして来世の始まりです。

多くの人は死を‟悲しみ”と考えます。
終わりと考えればそうかもしれません。
始まりと考えればその意識は少し変わるかもしれません。


母はもうすぐ88歳になります。
元気で一人暮らしをしています。

彼女はいつもこう言います。
「延命治療するくらいなら安らかに逝かせてほしい、寝たきりとか認知症も絶対に嫌だ」

母と時々‟死”について語り合います。
ひとつの約束をさせられています。
‟息子であるわたしが先に逝かない”ことです w

わたしはこう言います。
「それじゃぁ、健康で長生きもいいけれど、ほどほどのところにしといてね」
 「あぁ、先に逝って待ってるから」
「じゃぁ、この続きはそっちに逝ってからにしようか」
そう言って二人で笑い合います


福音は‟生”だけでなく、‟死”の意味をも教えています。
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