猛署日が続く8月の夜、ボクたちは凶悪なヤクザ2人に監禁されている。友人の藤堂は、妻の美鈴とボクを人質にして金策に走った。2時間後のタイムリミットまでに藤堂は戻ってくるのか?ボクは愛する美鈴を守れるのか!?スリリングな展開、そして全読者の予想を覆す衝撃のラスト。新鋭の才気がほとばしる、ミステリとホラーが融合した奇跡の傑作。日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作を含む3篇を収録。
出版社:角川書店(角川ホラー文庫)
本作は、角川ホラー文庫のラインナップに入っているが、純粋にホラーと呼べそうな作品はラストの『最後の言い訳』くらいかな、と個人的には思う。
収録作のうち、『熱帯夜』はサスペンス風のミステリであり、『あげくの果て』はちょっとダークな近未来SF、『最後の言い訳』のみが近未来を舞台にしたゾンビ小説だからだ(もっともこわさという観点から言えば、疑問符はつくけれど)。
だがそれは裏を返せば、作風の幅が広いということなのだろう。
そしてその広い作風でつづられる物語は、どれも楽しめるものばかりなのである。
個人的に本作を読んで、もっともすごいな、と思ったのは、物語構築の上手さだ。
たとえば『熱帯夜』。
これは50~60ページほどの短い作品だが、予想外の展開だな、と思った場面がいくつもあった。
多くは語らないけれど、ああそっちに行くんだ、と感心する場面にはいくつも出くわす。
加えてオチも秀逸であり、ミステリとしての切れ味を存分に味わえる一品でもある。
また物語構築だけでなく、世界観の構築も光っている。
『あげくの果て』は、先に記したように近未来を舞台にしている。そこは高齢化社会が進行した世界だ。
そこで描かれる老人たちの扱いと、社会情勢の描き方が非常にすばらしい。
はっきり言って内容は暗いし、極論に過ぎるのだが、それでも非現実な世界を生々しく描く手腕は見事と言うほかない。
『最後の言い訳』も世界観の構築という点では光る作品だ。
そして物語のつくり方も上手い作品である。個人的にはこの作品が一番好きだ。
本作はゾンビが街にあふれる世界なのだが、その世界観の設定が本当にすばらしい。
そしてラストに至るまでの伏線の張り方も含めて、本当にほれぼれするような作品だ。
『最後の言い訳』は、そのほかにも、キャラやユーモアも光っている。
主人公と初恋の相手とのやり取りは本当におもしろく生き生きしていて、それが読んでいて楽しく、ニコニコしてしまう。
また作中にいくつも引用されるニュースの内容はおもしろく、いくつかは本気で笑ってしまう。
どれも現在起きているニュースをパロっているところがなかなかブラックだ。個人的には、パンダの記事が一番受けた。
ともあれ、どれも何も考えずに楽しめる作品ばかりで、満足そのものだ。
エンタテイメントの冴えを見せつけるような短編集である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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