オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった―。英語とスペイン語、マジックリアリズムとオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーとなった傑作長篇。
都甲幸治、久保尚美 訳
出版社:新潮社(新潮クレストブックス)
独裁国家ドミニカにおける親子三代の物語を、マジックリアリズムで描いた小説。
本書をつまらなくまとめるなら、そういうことになる。見ようによっては、アジェンデの『精霊たちの家』に通じる面もなくはない。
だが本書が特徴的なのは、そういった先行作品とはちがうオリジナリティがあるからだ。
その最大の点は、主人公のオスカーがオタクであるという点にあるのだろう。
オスカーはかなりディープなオタクである。
特に『指輪物語』に関する知識は深く、かなり思い入れの深いことがわかるし、そのほかのアニメやSF作品(主として映画)に対する知識も豊富だ。割注なんかはそこかしこに入りまくっている。
アメリカでも本書のすべてをカバーできる人はどれほどいるだろうか、なんて思えるほど、中身はマニアックだ。
そしてオスカーはそのオタク性と、デブという体型もあり、女の子にはまったくモテなかったりする。
日本のオタクとちがい、アメリカのオタクであるオスカーは、結構アグレッシブに女性にアプローチしているけれど、それらが報われることはまったくない。
個人的にオスカーはいいやつだと思うけれど、なかなか幸せになれないタイプらしい。
そしてその非モテ属性ゆえに、最後はフク(言うなれば災厄だ)に見初められることになる。
だがそこを深くつっこんで語る前に、ドミニカの歴史について、触れねばいけない。
僕は寡聞にして、この本を通して、初めてトルヒーヨという独裁者を知った。
彼はドミニカを近代国家には仕立て上げたが、その統治スタイルは権力の私物化にほかならない。
自分の政敵を暗殺し、きれいな女を見つければそれを手に入れ、密告を推奨するような環境をつくり上げる。
特にオスカーの祖父アベラードに対する拷問は残酷なものだ。
裁判なんてまともには行なわれず、理不尽な暴力をひたすら浴びせる。娘を守ろうとして、そんな状況にあうとしたら、それはあまりに悲惨なことだ。
また、オスカーの母のベリは、権力者の男と不倫関係に落ちたために、半殺しの憂き目にあう。
そういった暴力が当時は当たり前のように行なわれていたのだな、とこの本を読んでいると知らされる。
しかし、トルヒーヨ暗殺後のアメリカで育った、ロラとオスカーには、祖父母や母に訪れた暴力の影はない。
ロラが母親に反抗する姿は非常に胸に迫って、おもしろく読めたのだけど、そこにあるのは、独裁国家の風景ではなく、近代国家での少女の姿だ。
もちろんオタクのオスカーは言うまでもない。彼の趣味自体、資本主義国家でなければ成立しない。
だけどそんな孫の世代にも、トルヒーヨの影響が訪れることとなる。
ドミニカという国家は、いまだトルヒーヨの影響下にある、と感じる面がある。そう思ったのは、ラストの大尉の存在が大きい。
トルヒーヨ後のドミニカを牛耳ったバラゲールの下で活躍した大尉は、自分の恋人に手を出したオスカーを、徹底的に痛めつける。
場所は母親が痛めつけられたときと同じ、サトウキビ畑だ。言うまでもなく、暗示的な話である。
つまりはトルヒーヨの影響が、トルヒーヨが暗殺されたいまとなっても続いているということだ、と深読みしてみる。
そこにある暴力的な雰囲気はいまとなっても消えない、と僕には見えた。
そのために一途に女を愛したオスカーがあのような結果となってしまったことが、あまりに悲しい。
だけどラストは決して悲観的ではない。その理由は、もちろんオスカーの手紙にある。
個人的にはちょっと笑えるのだけど、そこにある愛の予感が非常に優しく、何となくほっとする。
本作は描きようによっては、陰惨になりかねない話である。しかしそれをオタクの勢いで描ききっており、楽しい作品に仕上がっている。
個人的にはわりに好きな作品であった。
評価:★★★★(満点は★★★★★)