夫が鍋の蓋を割った。耐熱ガラスの鍋の蓋だ。私がちょっと洗面所でゴソゴソしている間に割ったらしい。気がつくと鍋の蓋はこっぱみじんになって掃除機にゴーゴーと吸い込まれていた。「どうして割ったの?」と慌てて訊いたら「落ちたら割れた。」と夫。なんだかその瞬間、頭の中でブチンと何かが切れる音がした。
耐熱ガラスの鍋の蓋は鍋と一緒に母が結婚する時持たせてくれた嫁入り道具の一つだった。今のように高機能の炊飯ジャーがなかった時代だったので、二人分のご飯を上手に炊くのは難しく、この鍋なら上手に炊けると母がわざわざ取り寄せてくれた鍋と蓋だったのだ。おかげでくまたさんにも鍋でご飯を炊く方法を教えてさしあげることができた。
そんな大切な鍋の蓋を割ったというのに夫は鼻歌まじりで掃除機をかけている。そうだ。この男はいつもこうなのだ。とりかえしのつかないことをしでかしたのにその認識が薄い。反省の色がない。法律用語で言えば改悛の情がないのだ。「だって割れたものは仕方ないだろ。」と平気でのたまう。『あんたはそうやって借金だけでなく信用や友情や親子の絆なんかもばっさり失ったんだよ。鍋の蓋を割ったみたいにさ!』
そう言おうとしたが頭の中が混乱して飛躍しすぎていて言葉がうまく出ない。「あわわわ。うぶぶぶぶ。」などという変な音が口から漏れるばかりで涙がポロポロこぼれてくるだけだ。私達夫婦が16年かけて少しずつ積み上げてきた目には見えないけど大切な何かが鍋の蓋と同時にバリンと割れてしまったように思えてならなかった。形あるものはいつかは壊れる。でも形のないものだって壊れる時もあるよね?
耐熱ガラスの鍋の蓋は鍋と一緒に母が結婚する時持たせてくれた嫁入り道具の一つだった。今のように高機能の炊飯ジャーがなかった時代だったので、二人分のご飯を上手に炊くのは難しく、この鍋なら上手に炊けると母がわざわざ取り寄せてくれた鍋と蓋だったのだ。おかげでくまたさんにも鍋でご飯を炊く方法を教えてさしあげることができた。
そんな大切な鍋の蓋を割ったというのに夫は鼻歌まじりで掃除機をかけている。そうだ。この男はいつもこうなのだ。とりかえしのつかないことをしでかしたのにその認識が薄い。反省の色がない。法律用語で言えば改悛の情がないのだ。「だって割れたものは仕方ないだろ。」と平気でのたまう。『あんたはそうやって借金だけでなく信用や友情や親子の絆なんかもばっさり失ったんだよ。鍋の蓋を割ったみたいにさ!』
そう言おうとしたが頭の中が混乱して飛躍しすぎていて言葉がうまく出ない。「あわわわ。うぶぶぶぶ。」などという変な音が口から漏れるばかりで涙がポロポロこぼれてくるだけだ。私達夫婦が16年かけて少しずつ積み上げてきた目には見えないけど大切な何かが鍋の蓋と同時にバリンと割れてしまったように思えてならなかった。形あるものはいつかは壊れる。でも形のないものだって壊れる時もあるよね?