ペパキャンのサバイバル日記

円形脱毛症で髪の毛がなくなりました。今はスキンヘッドライフ満喫です。
見た目問題当事者としての情報発信中!

鍋の蓋

2006-02-28 00:00:00 | インポート
 夫が鍋の蓋を割った。耐熱ガラスの鍋の蓋だ。私がちょっと洗面所でゴソゴソしている間に割ったらしい。気がつくと鍋の蓋はこっぱみじんになって掃除機にゴーゴーと吸い込まれていた。「どうして割ったの?」と慌てて訊いたら「落ちたら割れた。」と夫。なんだかその瞬間、頭の中でブチンと何かが切れる音がした。

 耐熱ガラスの鍋の蓋は鍋と一緒に母が結婚する時持たせてくれた嫁入り道具の一つだった。今のように高機能の炊飯ジャーがなかった時代だったので、二人分のご飯を上手に炊くのは難しく、この鍋なら上手に炊けると母がわざわざ取り寄せてくれた鍋と蓋だったのだ。おかげでくまたさんにも鍋でご飯を炊く方法を教えてさしあげることができた。

 そんな大切な鍋の蓋を割ったというのに夫は鼻歌まじりで掃除機をかけている。そうだ。この男はいつもこうなのだ。とりかえしのつかないことをしでかしたのにその認識が薄い。反省の色がない。法律用語で言えば改悛の情がないのだ。「だって割れたものは仕方ないだろ。」と平気でのたまう。『あんたはそうやって借金だけでなく信用や友情や親子の絆なんかもばっさり失ったんだよ。鍋の蓋を割ったみたいにさ!』

 そう言おうとしたが頭の中が混乱して飛躍しすぎていて言葉がうまく出ない。「あわわわ。うぶぶぶぶ。」などという変な音が口から漏れるばかりで涙がポロポロこぼれてくるだけだ。私達夫婦が16年かけて少しずつ積み上げてきた目には見えないけど大切な何かが鍋の蓋と同時にバリンと割れてしまったように思えてならなかった。形あるものはいつかは壊れる。でも形のないものだって壊れる時もあるよね?


二種類の人間

2006-02-26 00:00:00 | インポート
 今日はいつもより少し長くなりそうな気がするので、いつもとは違った体裁で書いてみようかな。うまく書けるかな。お暇な方はお付き合い下されば嬉しいです。

 子どもが生まれる前に会社勤めをしていた頃の話だ。その日は給料日でお昼に私達同僚はささやかな贅沢をしようと前から決めていた。会社の近くにある紅茶専門店に行こうと。紅茶をちゃんとティーポットとティーコージー付きで出してくるお店で店の雰囲気もなかなか老舗という感じのお店だ。

 そのためには12時きっかりに仕事を終わらせ、速攻でお弁当を食べなければならない。何しろその紅茶専門店は結構な値段の割にはいつもひどく混みあっているからだ。12時ちょうどに私が休憩室に行くと同僚のA子が既に来ていた。ところが湯のみ茶碗がない。

 当時私達は女性が100人ほど一つのフロアで働いており、お昼に使う湯のみ茶碗をそれぞれ持参していて当番制でその100個の湯飲み茶碗を洗うことになっていた。あいにくその日は前日の茶碗洗い当番が洗うのを忘れていたのだと思う。忙しい職場ではよくあることだ。

 さて困った。この湯飲み茶碗100個を今から洗うと間違いなく紅茶専門店は諦めなければならない。何しろ女性が使った茶碗にはどれも口紅がべっとり。どう短く見積もっても15分は洗う時間が必要だ。その時ふいにA子が言った。「私たちの分だけ洗えばいいやん。そうすれば紅茶専門店に行けるよ。」なかなか合理的な意見に思えた。

 だが私は汚れた茶碗の山を前にして、100個の茶碗の中から自分達の分だけを探し出し、それだけを洗い、さっさと紅茶専門店に行くことができなかった。うまく言えない。それはなんだかとても自己中心的で人間としてやってはいけないような行為のような気がしたからだ。それは綺麗事でも何でもなく性分のようなものだ。

 結局私はA子を含む同僚の茶碗を先に洗い、彼女達だけ紅茶専門店に行ってもらった。ただそれだけのことだ。この話には教訓もなければオチもない。でも何故だか最近このことをよく思い出す。A子はきっとこのことを忘れているだろうし、覚えていなければならないような大切なことは何もない。

 A子は関西では誰が聞いても知っているような有名な私立大学を卒業し、入社直後に受けた社内英語検定で過去最高のスコアを叩き出し周囲を驚かせた。英語教授を父に持ち、学生時代からプレリュードを乗り回し、色白のなかなかの美人である。社交的で行動力に富み、趣味はテニスと社交ダンス。

 学生時代からつきあっていたテニスサークルの先輩、これがまた絵に描いたようなハンサムなエリート商社マンと結婚し、夫がMBA取得のために海外に赴任するのを機に会社を辞めた。今はまた別の地で現地の言葉を習いながら、娘をアメリカンスクールに通わせ、自分は運転手とメイドつきの優雅な生活を送っている。

 一方私は大阪の片隅で今日明日を憂いながらのへばりつくような生活。正直彼女のことを羨ましいと思うこともある。人生のある時期、同じ職場で同じような仕事をしていたというのに今の彼女と私の境遇は天と地ほども違う。何がどうなって私達はこんなにも違う地点に着地してしまったのだろうと。

 ただ一つ言えることは人には二種類の人間がいるということだけだ。そこに100個の汚れた湯飲み茶碗があった時、何も考えずに洗ってしまう人間と、きちんと自分の分だけを選りすぐって洗える人間。どちらがよいとか悪いとかの話ではない。ただ二種類の人間がいるというだけのことだ。


テレビは語る

2006-02-25 00:00:00 | インポート
 ええ、私も朝5時半からテレビにかじりついていましたよ。女子フィギュア。今回のトリノオリンピック、ほとんど時差の関係でライブで見ていませんでしたからね。これだけは何があっても見ておこうみたいな感じで張り切って見ていたら、荒川選手の演技が始まったのです。恐ろしく静かにそして荘厳に。

 テレビというものを時々すごいなあと思う瞬間があります。今回もそうでした。テレビから伝わってくる雰囲気やあるいは「気」のようなものがあるんです。今回の荒川選手は、それはそれは落ち着いていて、ああ、この人は今無心で滑っているんだろうなと感じました。堂々としていて自信に溢れていてミスすることなどチラリとも考えていないんだろうなと。

 対してメダル候補のアメリカのコーエン選手とロシアのスルツカヤ選手は、メダル獲得のプレッシャーでガッチガチに緊張しているのが、画面からビシバシ伝わってきました。ほら、国旗が肩に重圧としてのしかかっているみたいな。だからコーエン選手がジャンプ着地に失敗したときも、スルツカヤ選手がまさかの転倒の時も、ああ、やっぱりと。そして気の毒だなあと思いました。スルツカヤがそんなことスルツカヤ?

 だから今回の女子フィギュアはマラソンで言えば荒川選手の独走態勢のぶっちぎりの金メダルだったんじゃないでしょうか。文句なし!お見事!胸がすく思いでした。表彰式の後に荒川選手所属のプリン○ホテルの応援団と村主選手所属のav○xの応援団の様子も放映されていましたが、これまたきっちりフォーマル系の会社とめちゃめちゃくだけたカジュアル系の社風が画面から伝わってきました。テレビは本当に多くのことを語るのです。


担任はイルカ

2006-02-23 00:00:00 | インポート
 息子の授業参観に行く。転校して初めての参観だが、3学期最後の参観なのでたぶん息子のクラスメイトを見るのはこれが最初で最後。授業は発表会形式で自分達が小さかった頃の思い出を話したり、歌を歌ったり、ピアニカを披露してくれたりと皆可愛かった。幼稚園の頃一緒だったメンバーがほとんどなので私も「みんな成長したなあ」と久しぶりに会う子ども達の表情に頬が緩む。

 息子が新しく転入した学校は団塊ジュニアが誕生した頃この地域の人口が爆発的に増えて新しく作られた学校だ。だから比較的設備が新しい。だがそれ以降だんだんと少子化が進み、今では全学年2クラスというめちゃめちゃ小規模な小学校になってしまった。だが前の学校と大きく違うのはジモティ(地元民)が過半数を占めることだ。

 息子の代から見て祖父母やそのもっと前からこの地でずーっと暮らしている人たちが異常に多い!なんか皆知り合い?ひょっとしたら遠い親戚?みたいな、そう日本の田舎独特のあの濃~いねっとりとした人間関係が根付いている。コンビニやPCなどなくても暮らしていけるのは、なんかこの地域自体が「It's a small world」的に完結してしまっているから?なんて考えてみたり。

 でもどこそこの○○ちゃんのおうちのお隣は××ちゃんのおうち!という今時珍しい地域力があるのは子どもの安全面、情操教育面では非常に頼もしいと感じた。後は私がその濃い人間関係の輪にうまく入っていけるかどうかだ。息子は既にしっくりと馴染んでいるように見えた。少なくとも私の目には。あ、そうそう、息子の担任の先生が「なごり雪」のイルカそっくりだった。オーバーオールを着せてフォークギター肩から掛けたらもっと似てるのに!


人はなぜ物語を求めるのか。

2006-02-22 00:00:00 | インポート
 トリノオリンピックを観ていて思うのは一つ一つの競技自体にストーリーがあるんだなあということ。試合や競技展開そのものにも一つの物語があるし、選手がオリンピックに出場するまでの経緯や、あるいは冬季五輪独特の用具メーカーの苦労話なども一つのエピソードとして語られている。

 もし私がアフリカ出身で何語を喋っているのかわかない、ルールも何もわからないトリノオリンピック中継を観ても何かそこに物語性を感じるというものなのだろうか?答えはたぶんイエスだ。それは多分に私達人間が自然と物語を欲しているからなんじゃないかと思うからだ。だから病気や怪我やお国の事情で出場を挫折しかかった人がメダルを手にすると皆必要以上に喜ぶのではないだろか。

 古代から私達人間はきっと物語と共に生活してきた。字を持たない時代の人々は夜火を囲んで車座になって村の長から口承という形で民話や寓話やあるいは教訓めいた話を聞いただろう。巫女やシャーマンのお告げもきっと一つの物語に違いない。宗教と言う形が確立されてからは、人々は聖書の教えや仏教の説法やイスラム教の経典の中に物語を見出したに違いない。

 物語は今や私達の生活の周りに氾濫しているといってもいい。先に述べたオリンピックのようなスポーツは物語を語る上での格好の材料だ。映画、小説、ドラマ、音楽の中はもちろん、仕事、恋愛、受験、就職といった日常生活の中にも物語は日々存在する。そして私達はそれを語ったり、文章にしたり、映像や音楽にして人から人へと伝える。人は何故こうも物語を求めるのか?これを科学的に証明できたらノーベル賞ものだと思わない?