Peace!!のブログ

岐阜県富加町の古い家で、小さな店をしていました。暮らしや、ご飯について、政治について思うことなど。

2020年

2020-12-30 14:47:00 | 日記
26日に今年最後の営業が終わりました。
金曜日、土曜日は、私にしてはずいぶんたくさんのパンを焼いたのですが、ほとんど無くなってしまうという大変嬉しい結果でした。
2020年は新型コロナウイルスにオロオロして終わってしまった1年のような気がします。店を休んだり、テイクアウトにしたり、なんと意気地のないヤツだ、とイライラしながら最終日まで来てしまいました。
コーヒーを飲んだりご飯を食べながら、仲間とお喋りしたりぼんやりひと息ついたりできる。Peace!!でそれができないなんて、意味あるのかな…。と不安だらけで続けてきたテイクアウトですが、毎回お客様に恵まれ、品物をお渡しする少しの時間お喋りができるのが、励みでした。
皆さま、仲良くしてくださってありがとうございました。

ここからは、私の、ごく私的な話になるかと思います。ひょっとしたら興味のある方が居るかも知れませんが、もしかしたら不快な方もおられるので、前もって書いておきます。



昨年末、娘が学校でトラブルを起こしました。親である私は何度も学校へ通うことになりました。同じ時期に母が急病で入院したこともあり、私の頭の中は一時てんやわんやになっていました。
娘の事は個人の話ですから書きません
が、学校で先生方と話しているうち、私がスクールカウンセラーさんとお会いする事になり、娘にも問題はあるのだけれども、私自身にケアが必要なのではないか、と言われてしまいました。私としても、子どもとの関わり方において、これで良いのか、という気持ちは持っていましたが、私そのものにそれほど問題があるとはあまり感じていなかったので、驚きました。
それで今年の初めから、私はある相談機関でだいたい月に一度面談を受けています。これがいわゆるカウンセリングというものなのかは、よく分からないですが、私にとっては、とても有益な体験でした。
いま、私が自分で気づけていることは、
①自分の事をジャッジし続けている
②悪いことが起こると全て自分のせいにする
③嫌われる事を極端に嫌う

今は治ってはいないけれど、こういう傾向があることを知っているおかげで「あ、またよくない癖が」と気づくことができます。
これは、面談してくださる先生が、私の話を冷静に受け止めてくれるからです。
いくら本を読んでも、夫や友人に話しても癒やされることはあっても気づけなかった気がします。

例えば、私は第一子を死産で亡くしていますが、それを未だに悔やみ、「私の持っている何かの因子が死産を引き寄せたのだ」と考え続けています。死産の体験がショックで、だから、うちの娘や息子が病気で何度も入院したりしている事も「私の何かの因子が…」という思考パターンなんですよ。と先生に話すと、「うーん、そうですか?もっと、ずっと前からそういう考え方じゃないですか?」
と言ってもらえるわけです。

やり取りを繰り返すうち、私はずっと、自分を許せていないんだ。と思い至りました。これを書いている間も、泣いてしまいますが、「許せない」それに尽きるのです。
常に、自分の許せないポイントを探していて
①頭が悪い 又はセンスがない
②容姿が悪い
③性格が悪い 又は暗い
主にこの三点で否定しています。もちろん自己肯定感も乏しいです。軸が無いというか。
コロナが不安で仕方がない(こんな状況なので、不安がないひとなんて少数かも知れませんが)理由もここにあるのかも知れません。
感染予防をしながら楽しむ、その塩梅を判断できる自信がないのです。

今年、コロナの感染が欧米ほどにはひどくないのにも関わらず、日本の自殺者数は世界的に驚かれるほどの数値だと聞きます。しかも、女性が多いとも。
経済的に弱いゆえの方もいらっしゃるでしょうが、精神的に追い詰められている方もいると思っています。
だから今日この話を書きました。

もし、私が店を持っておらず、相談機関に通う権利も持っていなければ、私だってどうなっていたか分からない気がします。

今まで、死産をしたときや、妊娠中に苦しいときなど、何度も病院へ行こうかと考えては思い留まりました。私くらいの苦しさで、人を頼るのは良くない、と考えたからです。
でも、苦しさは人には計れないものです「お母さんなんだから、ドンと構えなきゃいけない」とか「暗いことを考えると良くないことを引き寄せる」とか言う人が居ますが、笑う気力が無くなるときもある。
もし、行き詰まったら、保健センターでも、例えば子どもの保育園や病院でも、どこでも良いと思います。相性もありますが、きっと探せば親身になってくれる人がいます。お金が掛からない場合もあります。

長くなりました。お付き合い頂いた方ありがとうございました。
拙い書き方ですが、まだ途中経過の、私の正直な気持ちです。




近所の子ヤギたち。